嘘つきは殺人のはじまり(3)
ドアの隙間から私に血のついたタオルを確認させたなずなは、アパートの裏に回り込み、ベランダからの侵入を提案した。
そして、私は、まだ間に合う可能性があると信じて、なずなとともに走ってアパートの裏側に回り込んだ。
その時、私は焦っていて、部屋の並びを気にしている余裕などなかった。
私が、このベランダが皐月の部屋のベランダで間違いないと判断したのは――
「白いタオルが干してある一階のベランダが一箇所だけあったの。私は、タオルを目印にして、皐月の部屋を特定した」
でも、と私は続ける。
「このベランダのタオルこそが、私を騙し、『密室』を作り出すためのトリックだった」
「どういう意味?」
「じゅりちゃん、実は血のついたタオルは二つ存在していたんでしょ? タオルは最初、一〇五号室にも一〇六号室にも干してあった」
私となずながハーベストタイム中野に着いた時には、タオルは二枚とも干してあったはずだ。
しかし、スマホに夢中になっていた私は、ベランダの光景を確認しないまま、アパートの敷地内へと入ってしまった。
なお、タオルに血がついていたのは、部屋を向いている片面だけである。通行人がベランダの様子を見ても、血は見えず、怪しまれることはなかったはずだ。
「私がドアの隙間から見たのは、一〇六号室に干してあったタオルだった。このタオルは、私となずなちゃんがドアを閉めるやいなや、じゅりちゃんが部屋の中に閉まった」
それにより、最初は二枚干してあったタオルが一枚だけになる。
そして、珠里は、一〇六号室に身を潜めていたのだ。ドアの隙間から見えない死角か、もしくはクローゼットの中やトイレや浴室の中に。
「すると、私となずなちゃんがベランダ側に回り込んだ時に見えるタオルは一〇五号室のものだけ」
つまり、私がドアの隙間から見たタオルと、私がベランダ側で見たタオルは、別の物だったのである。
「タオルのせいで、私は、チェーンロックの掛かった部屋と、皐月の部屋が同一だと勘違いしてしまった。ただ、実際には、二つの部屋は別で、皐月の部屋のドアの鍵は元々開いていた」
つまり、皐月が死んでいた部屋は、密室ではなかったのである。
なずなが窓を割るまでもなく、一〇五号室にはドアから普通に入ることができたのだ。
それにもかかわらずなずなが窓を割ったのは、「密室」を偽装するためにほかならない。
「浴室で皐月の死体を見つけた時、なずなちゃんは、嘔吐したのち、すぐにお風呂場を離れた。もちろん、それは、皐月の死体を見たことでショックを受けたがゆえの反応だと思う」
なずなは皐月がお風呂場で死んでいることを知っていた。
とはいえ、死体を見ても動じずにいられるかどうかといえば、話は別だろう。浴室に充満した血の臭いは、事前にイメージできるものではない。
「ただ、それだけじゃなかった。なずながお風呂場に離れたのは、一人で玄関に行って、チェーンロックを掛けるためでもあった」
それが『密室』作りに必要な最後のピースだったのである。
「私は、じゅりちゃんとなずなちゃんが仕掛けたトリックにまんまと引っ掛かって、警察に『皐月の部屋は密室だった』と証言してしまった」
これで私の推理は終わり……いや、一つ説明が抜けている。
「あ、じゅりちゃんが皐月の部屋を片付けた理由だけど、もう言うまでもないよね。皐月の部屋とじゅりちゃんの部屋を同一のものと見せかけるためには、両方の部屋を片付ける必要があったんだ。もしもどちらかの部屋に特徴的な物が置かれてれば、私が二つの部屋を同一のものと錯覚することはないからね」
珠里は、私の推理を、顔色一つ変えないまま聞いていた。私の話を肯定することも否定することもなかった。
最後まで聞き終えたところで、珠里は、やはり顔色を変えないままで、「証拠は?」と尋ねる。
物証は何もない。ただ――
「じゅりちゃんは私に嘘をついたよね?」
「……嘘?」
「じゅりちゃんは、昨日、東西線の電車内で私と二人きりになった時に、家に帰るために高田馬場で乗り換えるって言ってた。でも、それは嘘。実際には、じゅりちゃんの家の最寄駅は東西線の終点である中野駅なんだから」
この嘘さえなければ、私は、珠里のことを疑うことはなかったと思う。
とはいえ、これは、珠里にとっては必要な嘘だったのだ。
珠里は、自分の住まいを正直に私に明かすことはできなかった。なぜなら、皐月の隣の部屋に住んでいることが知られれば、私に密室トリックの存在を勘付かれてしまう可能性があるからだ。
「じゅりちゃん、嘘つきは殺人のはじまりだよ」
それから、と私は続ける。
「じゅりちゃんは、お姉さんについても私に本当のことを話してない」
「お姉さんって、私の?」
「そう」
「え? 保護猫カフェで話したよね。私の姉はアイドルで、私とは血が繋がってなくて……」
「でも、そのお姉さんがアイドルをやっていたのは七年前で、今はもう亡くなっているという話は、私は聞いてないよ」
この私の指摘には、珠里もさすがにポーカーフェイスを崩さざるを得なかった。
「……か、かのちゃん、どうしてそれを……」
「じゅりちゃん、私は知ってるの。じゅりちゃんのお姉さんが琴平麻美という名前で、セゾンstationというユニットに所属していたことも、七年前のビル火災のことも、アイラッシュはセゾンstationを……」
「もういい」と珠里は私の話を遮る。
「かのちゃん、もう分かったよ。私、かのちゃんに本当のことを全部話す」
珠里はようやく観念したのである。
「ただ、多分だけど、私の話は、かのちゃんにとっては期待外れだと思う」
「期待外れ?」
「そう。たしかにかのちゃんの指摘したとおり、さつきちゃんを殺したのは私。密室トリックについても、かのちゃんの言うとおり」
私の推理は合っていたのだ。
それにもかかわらず、「期待外れ」というのは、まさか――
「かのちゃんが私の家に来た目的は分かってるよ。かのちゃんは、決して、さつきちゃん殺しの罪を私に問いたいわけじゃない」
そのとおりだ。私が珠里の家に来た目的は――
「私に、なずなちゃんを殺した罪を問うためでしょ?」
図星である。
私は頷くほかなかった。
「でも、かのちゃん、残念だけど、私はなずなちゃんは殺してない」
えーっと、この説明で分かりましたか?
本作は図を用いらないで文章だけで戦おうと思っているのですが、書いていて若干自信がなくなったので、この密室トリックだけ図を入れようか悩んでいます。
入れた方が良いですかね?




