保護猫カフェ
「この短足の猫可愛いんだけど、じゅりちゃん、この猫、何て名前だっけ?」
「マンチカン」
珠里がぶっきらぼうに答える。
「そうだ! マンチカンだ! やっぱりじゅりちゃん、猫に詳しいんだね」
「……それくらい誰でも知ってる」
せっかく褒めたのに、珠里からは冷たく返ってきた。
無意識のうちに何か珠里を怒らせるようなことでも言ってしまったのだろうか。
真央李の次に私が調査対象としたのは、ミマの中の人である珠里である。
珠里は、アイラッシュのメンバーの中では、圧倒的に口数が少ない。
ゆえに、情報を引き出すためには、珠里のテンションが上がる場所を会合場所に設定し、口数を増やす必要があった。
そのために、風華に、LINEで、じゅりちゃんの好きなものは何かと尋ねたところ、「猫」と返ってきた。
そこで、会合場所を、新宿の猫カフェにしたのである。私にとっては、これが猫カフェデビュー戦だ。
猫ばかりの空間に入って早々、珠里の機嫌を損ねたのではないかと心配した私だったが、どうやら大丈夫そうだ。
珠里は、脚のない丸椅子に座り、スラッとした猫らしい猫――おそらくアメリカンショートヘアーだと思う――を膝に乗せ、頭を撫でている。
「猫好き」という風華の情報に誤りはないようだ。
私は、その様子を、思わず保護者面で眺めてしまう。
珠里は、私より年上なのだが、見た目はまるで中学生だ。
それも、とても愛らしいルックスの。
予断を持つべきではないと思うが、私は、なずなを殺した犯人は珠里ではないだろうと思っている。
それは、珠里が子どものような見た目であるから、というだけではない。
珠里には、前世でのアイドル経験がないのである。
私は、今回なずなが殺された理由は、なずなが実物アイドルをやっていた時代の何らかの因縁にあるのではないかと疑っている。
そうすると、唯一アイドル未経験の珠里は、犯人候補から外れるのである。
――とはいえ、それはあくまでも限られた情報からの推測に過ぎない。
珠里本人に聴取する前に、珠里を犯人候補から外すのはあまりにも早計である。
このあどけないルックスに引っ張られ過ぎてはならないのである。
「……か、かのちゃん、どうして私のことをじっと見てるの?」
「……え? いや、別に……」
「かのちゃんも気になる子がいたら、触ってみたら?」
猫カフェに来ているのに、じっと人間観察をしているというのは、たしかに不審である。
私は、珠里の隣の丸椅子に座り、すれ違う猫に「おいでおいで」と呼び掛けてみる。
しかし、来る猫来る猫全てが私を素通りしていく。
その様子を見て、珠里が可笑しそうに笑う。
「かのちゃん、面白い」
「私、猫に嫌われてるのかな?」
「おやつを使ってみたら?」
「おやつ?」
珠理が指差す方を見ると、壁にプラ板の掲示があり、「猫のおやつ 五百円」とあった。
要するに、課金である。
五百円硬貨と引き換えに私が入手したのは、最近CMでよく見る、スティックタイプの液状エサだった。
賢く、逞しい猫が多いようで、私が会計を済ましている最中から、すでに私の足元には猫だかりができていた。
「かのちゃん、急に大人気になったね」と、珠里が茶化す。
「人気なのは、私じゃなくて、おやつなんだけど……わあっ!」
私が元いた丸椅子に腰掛けた途端、複数の猫が襲いかかって来る。
猫たちの圧に押され、私は後ろにつんのめりそうになる。
エサのスティックを奪われないように確保するのに必死で、猫を可愛がるどころではない。
「最高」
その様子を見て、珠里はケタケタと笑う。
「そういえば、そのアメショーの子、私がおやつを持ってても、ずっとじゅりちゃんのところにいるね」
先ほどから珠里の膝の上にいる猫は、お腹を見せながらゴロゴロと鳴いており、至近距離にあるおやつには見向きもしない。
「多分、お腹いっぱいなんじゃないかな?」
「じゅりちゃんのことが好きなんじゃない?」
「そ、そうかな? じゃあ、引き取っちゃおうかな?」
このお店は、いわゆる「保護猫カフェ」である。
猫カフェと、保護猫の里親探しの二つの目的を兼ねた店であり、気に入った子を引き取って里親になることができる。
「じゅりちゃんのお家、猫は飼えるの?」
「今住んでるところは飼えない。でも、近々ペット可の物件に引っ越そうと思ってるの」
「へえ、良いなあ」
猫に「なずな」と名付け、一緒に住めば、私の心の傷も少しは癒えるのだろうか、などとくだらないことを考えてしまう。
アイスブレイクはもう十分だろう。
猫のおかげで、珠里はいつもよりも饒舌だ。
私は、珠里に、なずなのことを訊いてみることにする。
「じゅりちゃんって、なずなちゃんとは仲良かったの?」
「良かったよ……というか、なずなちゃんは誰とでも仲良かった」
私が知ってる場面は、メンバーと風華と行ったカラオケくらいだが、たしかにあの時、なずなは全員と分け隔てなく接していた。
「じゅりちゃんって、アイドル経験ないんだよね?」
「ないよ」
「本当?」
「……ど、どうしてそんなこと訊くの?」
「だって、じゅりちゃんって可愛いから」
「そ、そんなことないよ」と珠里の声が裏返る。
珠里が取り乱したので、膝の上にいた猫もビクッとして、逃げてしまった。
「……わ、私はブサイクだよ」
「そんなことないよ」
「わ、私、チビで子どもみたいだし……」
そういえば、珠里は、ミマになるときには身長を変えている。そして、珠里とミマとはキャラクターも違う。ミマは、堂々としたお姉さんキャラなのである。
もしかすると、ミマは、珠里のコンプレックスを裏返しにした存在なのかもしれない。
ミマの中の人が、珠里みたいな人だと知ったら、きっと莉亜は驚くだろう。
二人を引き合わせたときの反応を見てみたい気もするが、莉亜が「推し変する」とか言い出しかねないのでやめておく。
「じゅりちゃん、もっと自信持ちなよ。じゅりちゃんはすごい可愛いよ」
「……か、かのちゃん、変なこと言わないで……」
「じゅりちゃんは、どうしてそんなに卑屈なの?」
そんな深い意味がある質問ではなかったが、珠里は下を向き、黙り込んでしまった。
「卑屈」というのは、少し言葉が強過ぎたか。
私は、慌ててフォローする。
「あ、じゅりちゃん、私が言いたかったのは、じゅりちゃんはせっかく可愛いのにもったいないな、ということであって……」
「私、ここにいる猫たちと一緒なの」
「……え?」
ここにいる猫たちと一緒? 一体どういう意味だろうか?
「じゅりちゃん、それって……」
「保護猫って意味。私もここにいる子たちと一緒。捨て猫なの」
連載前に目標にしていた、完結前段階で20ブクマを突破しました! ありがとうございます!!
ブクマを付けてくださっている方のためにも、ちゃんと物語を終着させねばと思っています!!
よろしくお願いします!!




