LAST DANCE
シオンの表情が一瞬歪んだ――ように見えた。
VRアイドルにおいては、特殊なカメラによって中の人の表情が読み取られ、映像に反映される。
シオンの表情が歪んだ、ということは、中の人であるなずなの表情が歪んだ、ということになる。
急に私は心配になる。
もっとも、シオンの表情が歪んだように見えたのは一瞬だけだった。
その後も、シオンは、変わらず踊っており、歌唱もこなしている。
――私の気のせいだったのだろうか。
私がホッとしかけた頃、今度はシオンのダンスが乱れた。
体重移動をした方向に、そのままよろめき、倒れそうになったのである。
「シオン……」
私はペンライトを強く握り締める。
シオンは何事もなかったかのように踊り続けているが、シオンがバランスを崩したことは、シオンの背後のポジションにいたユウキも気付いたようである。
ポジションが入れ替わる際に、ユウキはシオンの肩を叩いた。マイクには拾われないものの、おそらく「大丈夫?」と声を掛けた。
それに対して、シオンは、マイクを持っていない方の手で輪っかを作り、「大丈夫」のハンドサインを出す。
しかし、その直後、シオンは再度バランスを崩す。
シオン――なずなの身に何らかの異変が発生していることは明らかであった。
シオンは明らかに苦しそうな表情をしている。
私は居ても立っても居られなくなったが、とはいえ、客席からはシオン――なずなを助けることはできない。シオンはステージの上だし、なずなはさらに別室にいるのだ。
「誰か、音楽を止めてよ……」
私はそう願ったが、シオンが一応はパフォーマンスをこなせているため、ライブはつつがなく進行していく。
ファンもいつもどおりに、ペンライトを振りながら声援を送っている。
もしかすると、客席でシオンの異常に気付いているのは、私以外にはわずかしかいないのかもしれない。
曲は二番のサビも終わり、あとは大サビを残すのみだ。
「シオン!!」
私は叫ぶ。
その時、シオン――なずなと目が合った。
シオンのキラキラしたアニメーションの目が、私をハッキリと捉えたのである。
それは多分、時間にして一秒あるかないかの一瞬のことだったのだと思う。
しかし、私にとって、それは永遠の重みを持った時間だった。
シオン――なずなは、アイコンタクトによって、私に何かを伝えようとしたのだ。
それは、なずなの身に迫っている危機について、ではない。
もっと、大事な、もっと大きな何かである。
ただ、私には、それが何なのか、具体的には分からなかった。
私と目を離して以降、シオンは、もはやいつもどおりのパフォーマンスはできていなかった。
苦痛の表情は隠しきれていなかったし、ほとんど踊れてもいない。
立っているのが精一杯という様子である。
ステージにいるメンバーは皆、シオンのことを心配し、ダンスを継続しながらも、シオンを介助しようとしたが、そのたびにシオンは弱々しくもそれを拒絶し、パフォーマンスを継続しようとする。
ファンもさすがに異変に気付き、客席の声援が「シオン!!」で統一される。
シオン!!
シオン!!
シオン!!
その声援に対し、シオンはなんとか笑顔を振り絞ってみせる。
――本当にすごい。
シオン――なずなは、真のアイドルである。
ようやく、曲が終わる。
メンバー全員の動きがストップする。
シオンも直立不動の姿勢で、肩で息をしながら、幕が閉じるのを待つ。
無事終わった――のだろうか。
左右から徐々に幕が閉じていく。
シオンコールは止まらない。
私もそのコールに加わる。
シオン!!
シオン!!
シオン!!
それは、私にとって、祈りに近い叫びである。
シオン!!
シオン!!
シオン!!
幕が閉じる間際、シオン――なずなともう一度だけ目が合う。
シオン――なずなは、私に対してニコリと笑ってみせた。
屈託のない、これまでで最高の笑顔だった。
しかし、それに対して、私は笑顔を返すことはできなかった。
本来ならば、この場面で、私もとびきりの笑顔を返すべきだったのに。
それなのに――
あろうことか、私の顔の方が、涙で完全に歪み切ってしまっていたのである。
そのことが私にとっては悔しくてたまらない。
なぜなら、これが、なずなとの最期のやりとりになってしまったからだ。
私は、なずなに、今までの感謝を伝え損ねてしまったのである。
もうすぐ幕が閉じ切る。
幕の隙間から見えたのは――
シオン――なずなが、ついにその場に倒れ込む様子である。
ただ、その身体が床につく前に、幕は完全に閉じた。
シオンは無事この日のステージを乗り切ったのだ。
客席から盛大な拍手が巻き起こる。
しかし、なずなは――
私の恋人である楠木なずなは――
――この後、二度と起き上がることはなかった。
これで第二章「LAST DANCE」は終了です。
賛否がある展開で、経験上、評価替えや星1評価を喰らいかねないとは認識していますが、この作品は、なずなの死を中心に据えた作品です。もちろん、転生もループもありません。
ここではあまり多くは語りません。
明日から第三章「容疑者=メンバー」を投稿開始します。文量的には想定どおりのペースですので、今月中、おそくとも来月頭には完結できるかなと思っています。ラストまでの構想もだいたいできあがりました。
今後ともよろしくお願いいたします。




