第61話 うろ覚え 召喚魔法 試す我
いきなり〝ダリルのお兄さんのうち、一人だけでも召喚できたら認めてやる〟的なことを言われてしまった私は。
両目をこれでもかと言うほど見開き、口をあんぐりと開けた状態で固まった。
……え? 嘘でしょ?
藪から棒に、何言ってんの?
そんなの、無理ゲーに決まってるじゃない!
ホントに自分が、ダリルとエルマーさんを召喚したのかなって、未だに半信半疑なくらいなのよ?
ダリルの兄だかなんだか知らないけど、まだ六歳の幼女に、情け容赦ない要求、突き付けてこないでくれる!?
……って、言い返したかったけど。
お兄さん達の目に見えない圧が強力すぎて、しばらくは声を出すことすらできなかった。
「フローレッタ様、いかがなさいました? ダリル様とエルマー様を召喚なさった時分のことを、よくよく思い出してください。魔法書を開き、次にあなた様は、どのようなことをなさったのです?」
「……え? え、えぇと……魔法書を開いた後は――」
ルシアンさんの言葉で我に返り、私は改めて、召喚した時のことを思い返してみた。
う~ん……。
ダリルの時は、どうだったんだっけ?
確か、魔法書を開いてたら、三角形の魔法陣が現れたのよね?
リオに教えてもらった魔法陣は円形で、真ん中に星のマークが書かれてたから、これじゃないなと思って、ページをめくろうとして――。
その時、ちょこっとだけ、片手が魔法陣に触れちゃったんだっけ?
そしたら、ホログラムみたいに魔法陣が飛び出してきて、私の頭の上まで移動して……で、ビリリッ、バリバリッ、ドッシャーーーーーンッ!!……ってなって、空中にダリルが現れたのよ。
エルマーさんの時は、魔法書を開いて、三角形の魔法陣を見つけるところまでは同じ。
後は、癒し系使い魔が欲しいって言って、魔法書をバンバン叩いてたら、またホログラムみたいに、魔法陣が飛び出してきて――……。
ああ……そっか。
どっちの時も、魔法陣に私の手が触れてるんだわ。
ダリルの時とエルマーさんの時と。
共通点を見つけた私は、同じように、見開きの魔法陣に手を置いた。
(えっと、それから……ダリルの時は忘れちゃったけど、エルマーさんの時は、『癒し系の使い魔求む』って言って、魔法陣をバンバン叩いたのよね。……ってことは、魔法陣に触れながら、使い魔が欲しいって、思うか言うかすればいいってことなのかな?)
それに気付いた私は、魔法陣に手を置いたまま、〝癒し系の使い魔が欲しい〟と、もう一度強く願ってみることにした。
(癒し系の使い魔。癒し系の使い魔。癒し系の使い魔。今度こそ、癒し系の使い魔希望します! ダリルもエルマーさんも、見た目は癒し系だとは思うけど、中身がちょっと……いや、かなり違うので、今度こそ、今度こそ! 見た目だけじゃなくて、中身まで癒し系の使い魔が欲しいです! 見た目の方は――イヌ、ネコはもういるから、他の……えっと、何がいいかな? ちっさい子は、文句なく可愛くて癒されるんだけど、ギュッて抱きつけないのが難点と言えば難点なのよね。やっぱりギュ~って抱きついて、モッフモフを堪能しまくるには、もっと大きめの体が必要なのよ。大きめで、モッフモフで癒される動物……って考えると、思い浮かぶのは――……)
『――あ! あの体、モッフモフでまるっとしてて、癒されること間違いなしだわ!』と、ある動物の姿が思い浮かんだ。
すると。
ブィンという音と共に、魔法陣のホログラムが飛び出してきて。
「ひゃ…っ!」
ギョッとして身を引くと、魔法陣のホログラムは、私の頭上に移動した。
ビリリッ、バリバリッという音の後、小さな稲妻のようなものが発生する。
「出た! また出ちゃった、小さな稲妻!」
浮いている魔法陣を見上げ、
「次は〝ドッシャーーーーーン〟よ! ドッシャーーーンって大きな音がした後に、ダリルもエルマーさんも現れたのよ! だからきっと、あと数秒くらいで何かが出現するはずだわ!」
興奮と、成功したっぽい流れの高揚感で、私は上ずった声を上げた。
横で座っているエルマーさんも、前のめりになって、食い入るように稲妻を見つめている。(ちなみに、ダリルは『兄貴たちには会いたくねー』と、部屋で一人でお留守番)
まだかまだかと、稲妻を見守っていると、斜め前にいるルシアンさんが、『は? ヒューゴ様が?……消えてしまわれたのですか?』とか言っていて、私の期待はいよいよ高まった。
(お兄さん達の中から一人消えたってことは……やっぱり、召喚に成功したってことよね!? もうすぐ、こっちに現れるんだわ!)
期待値は更に上昇。ゴクリとつばをのみ込んで、私達は使い魔――じゃなかった。ダリルのお兄さんである悪魔の出現を待つ。
十秒……二十秒……三十秒……。
まだ何も現れない。
前回も前々回も、稲妻発生から数秒~十数秒くらいで現れたはずなのに……。
だんだん不安になってきて、ルシアンさんに『失敗しちゃったのかな?』と訊ねようとした時だった。
バリバリバリッ、ギギ、ヂヂヂヂッ、グァオンッと、音がいっそう激しくなったと思ったら。
グァラグァラギッ、バリバリッ、ヂヂヂッ、ギュララヂリリリ――。
何とも形容しがたい、あまり聞いたことがないような音がして、
ズガバリズッ、ドッシャーーーーーーーンッッ!!
今までで一番、ものすごく大きな音がとどろき、私達(エルマーさんも体を丸め、前足で耳を隠すようにうずくまっている)は慌てて両耳をふさいだ。
耳をふさいだまま、チラリと音がした方へ目をやると、モクモクと白煙が立ちこめている。
「な、なんだこの煙はっ?……ここはどこだッ?……まさか……まさかこのオレが、人間の童女ごときに召喚されたとでも――っ!?」
少し高めの男性や、やや低めの女性の声にも聞こえる、美しい声がした。
『何なのこの麗しい声っ!? 男装の麗人とか、中性的な雰囲気漂っちゃってないっ?』と、一瞬ときめいてしまったんだけど。
白煙が完全に消え、クリアになった視界に姿を現したのは。
二メートル近くはありそうな、モコモコの毛皮に包まれたコロコロとした、でも意外とガッシリとした体。
あるのかないのかわからないくらい、短いしっぽ。
とどめの体色が、白と黒のツートンカラー……。
……そう。それは紛れもなく。
見ているだけで和む、動物園の人気者。
パンダだった。




