第60話 身がすくむ 悪魔五名の プレッシャー
……うぅっ、気まずい。
ってゆーか、いたたまれない。
なんで、どーして……こんなことになっちゃったのかなぁ?
私は今、姿は見えないけど、何故か気配だけはするダリルの兄五名(ちなみに、六番目の兄のエルマーさんは、私の横に座っている)に、ぐるりと取り囲まれていた。
場所は、屋敷の書庫。
ルシアンさんにお願いされて、私にどれだけの魔力があるのか示すため、部屋から移動してきたのだ。
示すも何も、まだ魔法なんて習ったこともないんだから、無理に決まってる。
そう言って、一度は断ったんだけど。
「何の問題もございません。召喚魔法のみでしたら、フローレッタ様は、すでに習得なさっているはずですので。兄君五名の前で、再び召喚して見せればよいのですよ」
薄く笑みを浮かべたルシアンさんに押し切られ、嫌々ながら、魔力を示すことになってしまったのだった。
(まったく。ひと事だと思って、ルシアンさんも適当なこと言ってくれちゃうわよね。『召喚魔法のみでしたら、フローレッタ様は、すでに習得なさっているはずです』って……〝はず〟じゃ困るのよ、〝はず〟じゃ! エルマーさんが言ってたことによると、ダリルのお兄さん達って、ダリルを溺愛してるんでしょ? もし、私が魔力を示すことに失敗して、〝ダリルを元に戻すための能力〟がないって判断されちゃったら……それこそ、何をされるかわかんないわ! 相手は悪魔なのよ? ダリルやエルマーさんは、全然悪魔っぽくなくて、怖いなんて感じたことは一度もないけど……他のお兄さん達も、そうとは限らないじゃない! メッチャクチャ恐ろしい悪魔かもしれない。そしたら、『私の可愛いダリルを、元の姿に戻せないかもしれないだと!?……許せん! この小童、八つ裂きにしてくれるわ!』って展開もあり得るんじゃないの!?……あーっ、もう! いったいどーしてくれるのよ、ルシアンさんのバカーーーーーッ!!)
心の内で文句を言いつつ、私はプレッシャーに押し潰されそうになっていた。
ルシアンさんから紹介されて、ダリルのお兄さん達の、名前だけはわかったんだけど。
何せ、姿は見えないもんだから、どういう感じの人達なんだか、さっぱりわからないのよね。
なのに、さっきも言ったけど、気配だけはするのよ。
気配とゆーか……ものすごい圧力だけを感じるの。
漫画の効果音入れるとするなら、〝ゴゴゴゴゴゴ……ッ〟って感じ。
異様なプレッシャーだけが辺りに充満してて、吐き気をもよおしそうなくらい。
(もうヤダ……。早く部屋に戻ってまったりしたい。そろそろティータイムだし……美味しい紅茶やスコーン達に囲まれて、至福の時間を過ごしたいよぉ……)
なんだか泣きたくなってきたけど。
私にも、〝見た目は幼児、でも中身は大人〟というプライドがある。泣いて堪るもんか!
――と思う一方で。
『どんな大人でも、悪魔五名に囲まれたら、さすがに泣くんじゃない?』って気もしてきて。
私の精神状態は、あっち行ったりこっち行ったり。
しまいには、グルングルンの洗濯機状態にまで、陥りそうだった。
「どうした? さっさと魔力とやらを示してみせろ」
突然、ルシアンさんの声が降ってきて、私はビクッとして顔を上げた。
……え?
今の声……ルシアンさん、だったよね?
ルシアンさんにしては……なんか、口調がいつもと違うけど……。
ポカンとする私を見つめ、ルシアンさんは再び口を開いた。
「いかがなさいました? 『早く魔力を示せ』と、兄君――長兄のサファード様が申しております。召喚魔法のご支度を、お早くお願いいたします」
あ……なーんだ。
さっきのは、一番上のお兄さんからの伝言を、口にしただけだったのか。
いきなり命令口調になっちゃうんだもの。何があったかと思ったわよ。
ルシアンさんの命令口調の意味がわかり、ホッとしたのも束の間。
『魔力を示せ』だの『召喚魔法のご支度を』だのの言葉に私は焦り、キョロキョロと視線をさまよわせた。
「ま、魔法のご支度って言われても……。一応、ダリルやエルマーさん召喚しちゃった時と、同じ状態にはしてあるけど……」
そう言って、私は床に広げた魔法書に目を落とす。開いたのは、三角形の魔法陣が畫かれたページだ。
「それでよろしいのです。――ただ、フローレッタ様がお開きになったページは、悪魔召喚のページですね。今回の目的は、魔力を示すためのものですので、そこまで高度な召喚魔法でなくとも――……は? ですが、そうしますと――」
ルシアンさんは、話の途中から意識を他に移し、片方の耳を押さえて黙り込んでしまった。
イメージとしては、〝口を挟んできたダリルの兄達と、テレパシーのようなもので会話してる〟ように感じられるけど……。
「……承知いたしました」
念話が終わったらしい。
ルシアンさんは、再び私に視線を定め、
「『以前と同じ条件で召喚を行わなくては、意味がない』との仰せです。更に、『我ら五名のうち、一人でも召喚できたら、お前の魔力を認めてやろう』ともおっしゃっています。……それでは、どうかよろしくお願いいたします」
深々と一礼し、私に〝悪魔召喚〟を促した。




