第42話 今日こそは 楽しみたいの ティータイム
ダリルとエルマーさんの追いかけっこが、一段落ついた頃。
部屋のドアがノックされ、ヴァーベナさんが、お茶の時間を知らせてきた。
昨日は食べ損ねちゃった(一口サイズのサンドウィッチは、ひとつだけ食べた)から、ウキウキ気分でドアを開けようとしたんだけど。
「あっ! そーだ、ルシアンさん!」
彼の姿を見られちゃマズいと、私は慌てて振り返った。
「お願いルシアンさん、隠れて! 姿見られたら、大騒ぎになっちゃう!」
すぐに隠れてくれるようお願いしたら、彼は少しも慌てることなく、
「ご安心ください。魔力の強い者にしか、私達、魔族の姿は見ることができませんので。ヴァーベナとかいうメイドに、魔力が備わっていないということは、昨日のうちに確認済みです。ドアを開けても問題ございません」
意外にも、そんな答えが返ってきた。
「え? 魔力が備わってないと……強い者じゃないと、見ることができない……?」
その事実に、私は愕然とした。
だって、私にはルシアンさんも、ダリルもエルマーさんも、みんな見えるんだもの。
最初っから、見えていたんだもの。
……ということは……私にも魔力が備わってる、ってこと?
信じられない気持ちで固まっていると、
「フローレッタ様?……いかがなさいました? ドアを開けてもよろしいですか?」
異変を感じたのか、ヴァーベナさんの不安げな声が、ドアの外で響いた。
「ちょっと待って! あと、もうちょっとだけ!」
焦って声を掛け、私はドアへと走り寄る。
開ける前に、気持ちを静めようと、両手を胸元に当て、数回深呼吸した。
(……うん。もう大丈夫。ドキドキが治まってきた。早く開けないと、またヴァーベナさんに、変に思われちゃうよね。……でも、ホントに開けても大丈夫なのかな?)
顔だけ後ろに向け、ルシアンさんの様子を窺う。
彼はゆっくりとうなずいてくれたので、信じることにして、私はドアノブへと手を伸ばした。
ルシアンさんの言った通りだった。
ドアを開け、お菓子の載ったワゴンを押して入ってきたヴァーベナさんは。
ルシアンさんがすぐ目の前にいるのに、一切目に入っていないかのように、私だけに話し掛けながら給仕していた。
彼女はテーブルの上に、皿、フォーク、スプーンなどを置き、焼き菓子や、サンドウィッチなどを載せた数種類の皿を、手際よく並べて行く。
ワゴンの上の豪華そうなティーセットから、ティーカップ一客を選んで紅茶を注ぐと、私の前にそっと置いた。
「お待たせいたしました、フローレッタ様。お好きなものを、お好きなだけお召し上がりくださいね」
ニッコリ笑いかけるヴァーベナさんに、私は小さくうなずき、お礼を言った。
テーブルの上には、クッキーやスコーンに似た焼き菓子と、数種類のサンドウィッチが、所狭しと並べられている。
なんて贅沢なんだろう。
フリーターで収入の少なかった私は、毎月カツカツで、コンビニスイーツひとつ買うのも、勇気が要ったってゆーのに。
貴族様って、こんなにたくさんのお菓子や軽食が、毎日食べられちゃうの?
朝昼晩のメニューは意外とシンプルで、ガッカリしたくらいだけど……ティータイムだけ、どーしてこんなに豪華なのかしら?
(マズくない? 小さな頃からこんな偏った食生活してたら、糖尿病とか肝臓病とか脳梗塞とか、将来確実にかかっちゃうんじゃない?……まあ、これが夢なら、将来の心配なんてする必要は、全くないんだけど……。でも、もしもこの世界が、現実だったとしたら……)
いろいろな可能性を考えると、お菓子に手を伸ばすのが、怖くなってきてしまう。
ああ、もうっ!
これが夢なら夢だって、誰か教えてくれないかなぁ!?
間違いなく夢だってわかってたなら、ここにあるお菓子、一つ残らずぜーんぶ食べ尽くしてやるのに!
数パーセントでも、夢じゃない可能性があるとしたら……って考えちゃうと、どーしてもためらっちゃうじゃないのぉ!!
美味しそうなお菓子を前に、お腹もグルルと鳴り出していたけれど。
私は何度もつばをのみ込み、食べることを我慢していた。
「フローレッタ様?……お加減がすぐれないのですか?」
いつまで経っても、椅子に座ったまま身動きもしない私が、心配になったんだろう。ヴァーベナさんが、私の横に立って訊ねる。
「えっ?……あ、ううん。そーゆーワケじゃ、ないんだけど……」
まさか、『将来、糖尿病とかにならないか心配で……』とは言えないじゃない?
私は、グルグル鳴り続けているお腹を両手で押さえ、ため息をついた。
そんな私を見て、ルシアンさんは、ヴァーベナさんとは逆の方の隣に立ち、
「もしや、私達に気を遣っていらっしゃるのですか? そうなのでしたら、どうか、お気になさいませんように。私達は、人間界で言うところの食事というものは、一切必要ございませんので」
何を勘違いしたのか、私に『魔族に普通の食事は必要ない』ことを伝えてきた。
べつに、ルシアンさん達に遠慮してるワケじゃないんだけど。
どうやら、そんな風に誤解されてしまったようだ。
「え、そーなの? こーゆーの食べないんだ?」
思わず、ルシアンさんの方を向いて訊ねてしまったら、ヴァーベナさんにきょとんとされ、
「あの……。どなたにお訊ねに……?」
恐る恐るといった風に、声を掛けられてしまった。
きっと、幼児にありがちな〝目に見えないお友達〟にでも、話し掛けてるのでは……などと、疑われてしまったに違いない。
私は慌てて首を振り、『何でもない! 気にしないで』と返事して、ごまかすようにニヘラと笑った。
……仕方ない。
将来のことを心配するのは、明日からにしよう。
目の前のごちそうと、将来の不安を天秤にかけたら、目の前のごちそうが勝つに決まっている。
私の辞書に、〝ストイック〟という言葉は載っていないのだ。
私は思いっ切り開き直って、スコーンっぽいものに手を伸ばした。