表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/71

第42話 今日こそは 楽しみたいの ティータイム

 ダリルとエルマーさんの追いかけっこが、一段落(いちだんらく)ついた頃。

 部屋のドアがノックされ、ヴァーベナさんが、お茶の時間を知らせてきた。


 昨日は食べ損ねちゃった(一口サイズのサンドウィッチは、ひとつだけ食べた)から、ウキウキ気分でドアを開けようとしたんだけど。


「あっ! そーだ、ルシアンさん!」


 彼の姿を見られちゃマズいと、私は慌てて振り返った。


「お願いルシアンさん、隠れて! 姿見られたら、大騒ぎになっちゃう!」


 すぐに隠れてくれるようお願いしたら、彼は少しも慌てることなく、


「ご安心ください。魔力の強い者にしか、私達、魔族の姿は見ることができませんので。ヴァーベナとかいうメイドに、魔力が(そな)わっていないということは、昨日のうちに確認済みです。ドアを開けても問題ございません」


 意外にも、そんな答えが返ってきた。


「え? 魔力が備わってないと……強い者じゃないと、見ることができない……?」


 その事実に、私は愕然(がくぜん)とした。



 だって、私にはルシアンさんも、ダリルもエルマーさんも、みんな見えるんだもの。

 最初っから、見えていたんだもの。


 ……ということは……私にも魔力が備わってる、ってこと?



 信じられない気持ちで固まっていると、


「フローレッタ様?……いかがなさいました? ドアを開けてもよろしいですか?」


 異変を感じたのか、ヴァーベナさんの不安げな声が、ドアの外で響いた。


「ちょっと待って! あと、もうちょっとだけ!」


 焦って声を掛け、私はドアへと走り寄る。

 開ける前に、気持ちを静めようと、両手を胸元に当て、数回深呼吸した。



(……うん。もう大丈夫。ドキドキが治まってきた。早く開けないと、またヴァーベナさんに、変に思われちゃうよね。……でも、ホントに開けても大丈夫なのかな?)



 顔だけ後ろに向け、ルシアンさんの様子を窺う。

 彼はゆっくりとうなずいてくれたので、信じることにして、私はドアノブへと手を伸ばした。




 ルシアンさんの言った通りだった。


 ドアを開け、お菓子の載ったワゴンを押して入ってきたヴァーベナさんは。

 ルシアンさんがすぐ目の前にいるのに、一切目に入っていないかのように、私だけに話し掛けながら給仕していた。


 彼女はテーブルの上に、皿、フォーク、スプーンなどを置き、焼き菓子や、サンドウィッチなどを載せた数種類の皿を、手際よく並べて行く。

 ワゴンの上の豪華そうなティーセットから、ティーカップ一客を選んで紅茶を注ぐと、私の前にそっと置いた。


「お待たせいたしました、フローレッタ様。お好きなものを、お好きなだけお召し上がりくださいね」


 ニッコリ笑いかけるヴァーベナさんに、私は小さくうなずき、お礼を言った。

 テーブルの上には、クッキーやスコーンに似た焼き菓子と、数種類のサンドウィッチが、所狭しと並べられている。


 なんて贅沢なんだろう。

 フリーターで収入の少なかった私は、毎月カツカツで、コンビニスイーツひとつ買うのも、勇気が要ったってゆーのに。


 貴族様って、こんなにたくさんのお菓子や軽食が、毎日食べられちゃうの?

 朝昼晩のメニューは意外とシンプルで、ガッカリしたくらいだけど……ティータイムだけ、どーしてこんなに豪華なのかしら?



(マズくない? 小さな頃からこんな偏った食生活してたら、糖尿病とか肝臓病とか脳梗塞(のうこうそく)とか、将来確実にかかっちゃうんじゃない?……まあ、これが夢なら、将来の心配なんてする必要は、全くないんだけど……。でも、もしもこの世界が、現実だったとしたら……)



 いろいろな可能性を考えると、お菓子に手を伸ばすのが、怖くなってきてしまう。



 ああ、もうっ!

 これが夢なら夢だって、誰か教えてくれないかなぁ!?


 間違いなく夢だってわかってたなら、ここにあるお菓子、一つ残らずぜーんぶ食べ尽くしてやるのに!

 数パーセントでも、夢じゃない可能性があるとしたら……って考えちゃうと、どーしてもためらっちゃうじゃないのぉ!!



 美味しそうなお菓子を前に、お腹もグルルと鳴り出していたけれど。

 私は何度もつばをのみ込み、食べることを我慢していた。



「フローレッタ様?……お加減がすぐれないのですか?」


 いつまで経っても、椅子に座ったまま身動きもしない私が、心配になったんだろう。ヴァーベナさんが、私の横に立って訊ねる。


「えっ?……あ、ううん。そーゆーワケじゃ、ないんだけど……」



 まさか、『将来、糖尿病とかにならないか心配で……』とは言えないじゃない?

 私は、グルグル鳴り続けているお腹を両手で押さえ、ため息をついた。


 そんな私を見て、ルシアンさんは、ヴァーベナさんとは逆の方の隣に立ち、


「もしや、私達に気を遣っていらっしゃるのですか? そうなのでしたら、どうか、お気になさいませんように。私達は、人間界で言うところの食事というものは、一切必要ございませんので」


 何を勘違いしたのか、私に『魔族に普通の食事は必要ない』ことを伝えてきた。



 べつに、ルシアンさん達に遠慮してるワケじゃないんだけど。

 どうやら、そんな風に誤解されてしまったようだ。



「え、そーなの? こーゆーの食べないんだ?」


 思わず、ルシアンさんの方を向いて訊ねてしまったら、ヴァーベナさんにきょとんとされ、


「あの……。どなたにお訊ねに……?」


 恐る恐るといった風に、声を掛けられてしまった。


 きっと、幼児にありがちな〝目に見えないお友達〟にでも、話し掛けてるのでは……などと、疑われてしまったに違いない。

 私は慌てて首を振り、『何でもない! 気にしないで』と返事して、ごまかすようにニヘラと笑った。



 ……仕方ない。

 将来のことを心配するのは、明日からにしよう。



 目の前のごちそうと、将来の不安を天秤にかけたら、目の前のごちそうが勝つに決まっている。

 私の辞書に、〝ストイック〟という言葉は載っていないのだ。


 私は思いっ切り開き直って、スコーンっぽいものに手を伸ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ