第40話 兄ショック 弟が犬 僕が猫
「ええッ!? ダリル、人間界にきてるの!? しかも今、このお屋敷内にいるって!?」
真実を告げたとたん、エルマーさんは驚きの声を上げた。
ダリルもエルマーさんも、〝魔法をかけた相手を見つける〟って目的は一緒なんだから、協力し合った方が、絶対、早く見つけられるはず。
そう考えた私とルシアンさんは、エルマーさんに、ダリルがここにいることを伝えた。
「うん、そう。どーしてここにいるかって言うとね、エルマーさんと、全く同じ理由」
「えっ、僕と? 同じ理由……って、どーゆーこと?」
エルマーさんは、不思議そうに首をかしげる。
やっぱり、細かく説明しないとダメか。
〝エルマーさんと同じ理由〟ってことだけ伝えれば、すぐに察してもらえると思ったんだけど。
「えっと、だから……。ダリルもね、今日のエルマーさんみたいに、突然、この書庫に出現したの。何者かに魔法をかけられて、動物の姿になってね」
「動物の!? ダリルも、猫になっちゃってたってこと!?」
「あ、ううん。ダリルは猫じゃなくて、犬。真っ白で、ほわっほわな毛並みの犬になってるの」
「イヌ?……ダリルは白い犬で、僕は黒い猫……。え、なんで? なんでそんなことになっちゃったの? 僕とダリルに少しも気配を感じさせずに、動物の姿に変えて、人間界に送り込むなんて……。そんなの無理だよ。大魔法使いにだって、できっこない!――ねっ、そーでしょルシアンっ?」
納得行かないと言う風に、エルマーさんはルシアンさんに同意を求める。
ルシアンさんは、少しの間を置いてから、
「はい。私もそのように思っておりました。しかし、信じがたいことではございますが、ダリル様もエルマー様も、実際、このように――」
眼下のエルマーさんを、ひょいっと両手で抱き上げ、顔の前に持って行くと。
「……このように、動物のお姿に変化してしまわれました。あり得ないと思っておりましても、現実として目の前にいらっしゃるのですから、認めないわけにも参りませんでしょう?」
もっともなことを言われてしまい、エルマーさんは、バツが悪そうにルシアンさんから目をそらした。
……そうなのよね。
どんなに信じられないようなことでも、自分の目の前で、実際に起こっちゃってるワケだから。
現実に起こっていることすら否定したら、現実か現実じゃないかの判断って、じゃあ、どこですればいいの? って話になっちゃう。
まあ、そりゃあ……現実に見てるつもりになってることでも、脳の錯覚で、現実とは違うものを見てるって現象も、人間には、たびたび起きてるらしいけど。(トリックアートとかは、それを利用して描かれてるんだもんね)
でも、これだけ長い間、現実とは違うものを見せられてるなんて、さすがに考えられないわよね?
脳の錯覚とは違う……って、思いたいんだけど……。
ルシアンさんの言葉が引っ掛かり、私は、再びこの世界について考え始めた。
もしかして私は、長い長い夢を、見せられてるだけなんだろうか?
それとも、脳の錯覚がずーっと続いてて、幻を見せられてる状態……だったり?
今、目の前で起こっている現実とは、まったく異なる、もっと別の現実ってものが……存在してたりするの?
(……ダメだ。全然わかんない。考えれば考えるほど、わかんなくなってく……)
頭が痛くなってきて、私は両手で頭を押さえた。
すると、それに気付いたルシアンさんが、
「どうかなさいましたか、フローレッタ様? ご体調がすぐれないのですか?」
意外にも、すごく気遣わしげに声を掛けてくれた。(意外にも、ってゆーのは、失礼かもしれないけど。……だって、本当にビックリしたんだもの)
私はすぐさま首を横に振って、『何でもないの。ちょっと、頭が痛い気がしただけ』と言って笑った。
これまた意外にも、ルシアンさんはエルマーさんを床に下ろし、私の前までやってくると、
「人間は、ちょっとしたことでも壊れてしまう、弱い生き物なのですから。無理をなさってはいけませんよ?……ダリル様のご様子も、窺わせていただきたいところですし……そろそろ、フローレッタ様のお部屋へ参りましょう」
両手で私の頰を包み、優しい眼差しで語り掛ける。
ルシアンさんに心配してもらえるなんて、これっぽっちも思っていなかったから。
私は一気に赤面してしまい、『う、うん……』とだけ答えてうなずいた。
「それでは、エルマー様もご一緒に。――歩いていらっしゃいますか? または、私がお抱きして、お連れした方がよろしいですか?」
ルシアンさんがエルマーさんに訊ねると、彼はムッとしたようにそっぽを向く。
「もぉっ! 僕を幾つだと思ってるのっ? 部屋までくらい、一人で行けるよ! 子供扱いしないでよねっ!」
……『幾つだと思ってるの』って……幾つなんだろ?
ダリルよりひとつ上、って言ってたけど……ダリルが幾つだかも、知らないもんなぁ?
部屋に戻って、ダリルが目を覚ましてたら、ストレートに訊ねてみようかな?
そんなことを思いながら、私は二人と共に書庫を出た。