第3話 推しが父? そんなバカなと 大ショック
我に返った私は、両手で額を押さえながら、美青年をギッと睨み付けた。
「なっ、ななな――っ、何するんですかッ!? こ、これはセクハラですよッ!? 警察に突き出されても、裁判所に訴えられても、も、文句は言えないんですからねッ!?」
美青年は大きく目を見開き、数回パチパチさせた後、眉間にしわを寄せて小首をかしげた。
「セク……ハラ? ケイサ、ツ? サイバ……ン、ショ?……いったい、何のことだい?」
まぁー、白々しい。
外国人だからって、警察や裁判所を知らないわけないでしょ。
どこの国にだって、当然あるものじゃない。
再び美青年を睨んでやると、彼は困ったように眉尻を下げた。
……悔しいけど、困り顔も憎らしいほど麗しい。
「フローレッタ。お願いだから、そんなにふてくされないで。数日振りに目を覚ましたんじゃないか。早くお父様に、いつもの愛らしい笑顔を見せておくれ」
大きな手で、ゆっくりと前髪を撫でながら、美青年は穏やかな口調で哀願する。
素敵な声にうっとりしそうになったけど、聞き捨てならないセリフを耳にしたとたん、きょとんとなった。
…………は?
『フローレッタ』?
『お父様』?
……ええ……っと……。
この人、さっきから何を言ってるの?
もしかして、誰かと勘違いしてるのかしら?
「え……と、あのぉ~……。〝フローレッタ〟って、誰のことですか? 私の名前は、小鳥遊華ですけど。……私、そんなに、その……フローレッタって人に似てるんですか?」
恐る恐る、美青年を見上げる。
彼は大きく目を見開き、無言のまま私を凝視していた。
私は『あれ?』と思いながらも、続けて、
『ご自分のこと、〝お父様〟っておっしゃってましたけど、どーゆーことですか? 私の父親は、あなたのような美青年とは天と地ほど差のある、くたびれた日本人のオッサンですよ? そりゃー私だって、あなたみたいな美青年が父親だったらーって、想像してみたことくらいはありますけど……。でもやっぱり、私とあなたが親子なんて、無理あり過ぎですよ。冗談でもあり得ませんってー。アハハハハハっ』
――なんて言って、笑い飛ばそうとしたんだけど。言ってる途中で、慌ててセリフを引っ込めた。
美青年が見る見るうちに真っ蒼になって行くものだから、怖くなってしまったのだ。
「フローレッタ……。な、何を言っているんだい? 君の名前はフローレッタ。フローレッタ・リグディリスだろう? この私――ウィルフレッド・リグディリスの、愛しい愛しい一人娘。それがおまえだよ」
取りつくろうような笑みを浮かべ、美青年は私の手を握る。
彼の大きな手から伝わってくる温かさに、思わずジンとしてしまった。
私を見つめるブルーサファイアの瞳も、吸い込まれそうに綺麗で、どうしようもなく胸が高鳴って……。
(――って、ちっがーう! 今はときめいてる場合じゃなくて!)
大きく首を振った後、彼が正気かどうかを見極めるため、目を凝らす。
だって、今。
信じられないことを、この人は口にした。
ウィルフレッド・リグディリス。
それが自分の名だと、確かに、ハッキリと言ったのだ。
「ウィル……フレッド?……ウィルフレッド……リグ……ディリス……?」
呆然とつぶやいたとたん、美青年の顔がパアッと輝いた。たぶん、『思い出してくれた』とでも思ったのだろう。握っていた私の手を、両手でギュッと握り締める。
「そうだよ、フローレッタ! おまえの父親のウィルフレッドだ!……よかった。忘れたわけではなかったんだね?」
彼――ウィルフレッドの目に、うっすらと涙が浮かんでいる。
私はゴクリと唾をのみ込むと、両手でこめかみを押さえ、半信半疑でつぶやいた。
「ウィルフレッド、って……。う……嘘でしょ……?」
ウィルフレッド・リグディリス。
私が気を失う前までやっていた乙女ゲー、【清く華麗に恋せよ乙女!】(略して〝きよこい〟。センスのないタイトルはご愛嬌よね)のメイン攻略対象の名だ。私の最推しでもある。
彼の顔を見た時、そっくりだとは思ったけど……。
まさか、本当に本人だったなんて!