第38話 またハズレ? 自己愛強し ダリル兄
唐突に出現した黒猫さんは、なんと、ダリルのお兄さんだった!
お母さんが違う、異母兄弟ってことらしいけど……。
「そっか。ダリルのお兄さん、なんだ……?」
「うん、そうだよ! ダリルは末っ子で、僕はひとつだけお兄さんなんだ! 僕の上にもあと五人、兄さんがいるんだけどね!」
黒猫さ――いや、エルマーさんは、やや高めの声、ハキハキした口調で、ちょっとだけ家庭の事情を話してくれた。
異母兄弟は兄ばかり五人いて、みんなで末っ子のダリルを溺愛していること。
ダリル自身は迷惑がっていて、彼の方から兄弟に接触してくることは、めったにないこと。
兄六名のうち、自分だけは、そこまでダリルに執着していないこと――。
「だってさ。今はこんな姿になっちゃってるから、わかってもらえないかもしれないけど。ダリルなんかより、ぜーーーったい、僕の方が可愛いんだからね? 見た目だって性格だって、ダリルみたいに粗暴じゃないし。兄様達が、どーしてダリルばっかり可愛がるのか、僕にはさっぱり理解できないよ。だって、僕の方が断然可愛いのに!」
エルマーさんの主張としては、そういうことらしいんだけど。
自分は『可愛い』って、真顔で言えちゃう(しかも二回も)って、すごいよね……。
私は二人の本体は知らないから、どうにも返答のしようもなく。
ひたすら微妙な笑みを浮かべつつ、エルマーさんの話を聞いていた。
「それでね? 僕の方がダリルより可愛いってゆー、証拠を示すとするとね?」
(え……。まだしゃべる気……?)
いい加減ウンザリしてきちゃったけど、私は必死に笑顔を保とうと努力していた。
その一方で、ルシアンさんは何をしているんだろうと、視線をさまよわせると。
彼は本棚に並べられた本、一冊一冊に目を留め、何やら考え込んでいるようなポーズを取っている。
……あれは、本当に何か考えているんだろうか?
それとも、エルマーさんの話を聞かずに済むように、考えてるフリをしてるだけ……?
「フリ……だな」
思わず、ボソリとつぶやく。
ルシアンさんはこちらをチラリと見やって、意味ありげな笑みを浮かべた。
瞬間、(幻聴だろうけど)『長い話に付き合わされて、お気の毒さま』というセリフが聞こえたような気がした。
私はムッとして口をとがらせ、ジト目で見返す。
「ねえ! ちょっと、聞ーてるのっ? ルシアンのことなんかほっといて、僕の話の方に集中してよ!」
私の視線が、ルシアンさんに向いていることに気付いたんだろう。エルマーさんは、急にプリプリと怒り出した。
慌てて視線を戻したけど、彼は軽々とした足取りで床を蹴り、私の肩から背中へと移動してきて、最終的に、私の頭の上に落ち着いた。
「ちょっ、ちょっと! 子猫ならまだともかく、その大きな体で、頭の上に乗らないでくれるっ? 重いし、髪がぐしゃぐしゃになっちゃうじゃない!」
ついつい、苦情を漏らしてしまったら。
エルマーさんは、思いっ切り傷付いてしまったらしい。前足で頭をペシペシ叩き、
「はあ!? 『重い』ってどーゆーことっ!? 僕が重いはずないでしょ!? 『小柄で華奢で、女の子みたいに可憐だね』って、よく言われるんだからっ!」
苛立ちを含んだ声で、自分がいかに細身の体つきかを強調した。
(うわー、自己愛強いなー。そこまで自分を好きになれるって、正直羨ましいよ……)
これは皮肉でも何でもなく、私の本心だった。
高卒、免許資格なし、特技なし、人生の伴侶なし、恋人なし、友人もなし、貯金もほぼなし、見た目普通……って、ほぼ良いとこなしの人間だもの。
自己肯定感なんて、もともと強くない人間からしたら、こういうタイプの人って、心底羨ましいのよね。
一度でいいから、私も自分のこと、すっごく好きになってみたいわーーー。
……あ。
今の私は、メチャクチャ可愛いんだっけ。
だったら、自信も持てるようになるかな?
……無理か。
しょせん、夢の中だけのことでしょ? 覚めたら全部終わりだもの。
夢……。
ホントに夢なのよね、これ?
夢じゃないとしたら、他に考えられることって……。
「もぉっ! 何ボーッとしてるの!? 僕の話してる時に、よそ見とかボーッとするとか信じらんない!」
バシバシバシッ! エルマーさんの猫パンチが激しさを増す。
私は両手で頭を押さえ、『イタッ! イタタッ!』と悲鳴を上げた。
「やめ――っ、やめてよエルマーさんっ! 痛いって言ってるでしょっ?……もうっ、ホントに……これじゃー、ダリルの方がよっぽどマシだわ!」
少なくとも、ダリルは暴力なんて振るわないし。
ただ、ちょっと口が悪いってだけで、身体的な被害はないもの。
実際のエルマーさんが、ホントに女の子みたいに可愛い人だとしても。
こんな風に、暴力に訴えてくる使い魔なんて、まっぴらごめんだわ。
ああ……。
〝可愛くて人懐っこくて、ちょこっとだけ甘えん坊な癒し系使い魔〟召喚までの道は、限りなく険しそう……。
――なんて、私がガッカリしていたら、
「もぉもぉっ、何だってのさ! こんな可愛い僕を差し置いて、みんなみんな、ダリルダリルダリルって! あんな口も態度も悪い奴の、どこがそんなにいーってゆーの!? ぜったいぜったいずぇえーーーったい、僕のが百万倍くらい可愛いのにぃいいーーーーーッ!!」
私の失言がそうとう気に触ったらしいエルマーさんは、頭上で連続強力猫パンチを繰り出した。




