第35話 婚約者 兄発見し 立ちすくむ
お屋敷の人達にルシアンさんを見られたら、やっぱりマズいということで。
人気のない場所(庭園の端っこの東屋)まで移動し、マックを下ろしてもらったところで、ルシアンさんには退場してもらった。
ダリルの方も、気絶してるだけで、体に異常はないってことだったし。
特に何かしなくても、そのうち自然に目が覚めるでしょ。
後は、私が誰かを呼んできて、マックを部屋まで運んでもらえばいいのよね。
抱き上げてもらわなきゃいけないから、男の人の方がいいかな?
幼児とは言え、女の人じゃー、ちょーっと辛いと思うし。
誰か通り掛からないかと、キョロキョロと辺りを見回す。
すると、こちらに向かってトタトタと駆けてくる、エリオットの姿が目に入った。
「エリオット! ちょうどよかった。あなたのお兄さんを運ばなきゃいけないの。男の人、その辺にいなかった?」
「えっ?」
短い声を上げると、エリオットは、数メートル手前で立ち止まった。
東屋をチラリと見やり、微かに顔を曇らせた後、肩を落としてうつむく。
「ん? どーしたのエリオット? この子、あなたのお兄さんなんでしょ?」
東屋のベンチに横たえられている、マックを指差して訊ねると、
「ボク……にーさまに、『近くにくるな』って、言われてる……から……。だから、行けない……。行けないの……」
エリオットは、今にも泣き出しそうな顔つきで、震え声でつぶやいた。
「え? 『近くにくるな』?……マックが、そんな酷いこと言ったの?」
重ねて訊ねる私に、エリオットはきょとんとした顔で、『マック?』と首をかしげる。
私は『ああ』と笑い、事情を説明した。
「マックは、お兄さんのことよ。マクシミリアンじゃ長ったらしくて呼びにくいから、私が勝手に短くしたの」
「にーさまの?……マック……にーさまは、マック……」
エリオットは小さくつぶやくと、更に深くうつむいてしまった。
どうしたんだろうと、思わずじぃっと見つめていたら、うつむいたまま、ゆっくりと私の前までやってきて。
「ボ、ボク……。ボク……ボクも……」
何か言いたそうに、モジモジしている。
「ん? なあに、エリオット? ボクも――って?」
今の今まで、泣きそうな顔をしていたのに。
今度は顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうにしているけど……。
いきなり、どうしたんだろう?
エリオットは、しばらくモジモジしたまま、口を開けたり閉じたりしていた。
言いたいことがあるのに、なかなか言い出せない。――そんな感じだった。
「ホントにどーしたの? 何か、私に言いたいことがあるの? あるんだったら、遠慮しないで言っていーのよ?」
これが大人の男性だったら、『言いたいことがあるならサッサと言いなさいよ!』って、イライラしてるとこだけど。
相手は幼児だもの。大目に見てあげないとね。
エリオットは、結局一~二分の間、モジモジモジモジしていたんだけど。
やがて、蚊の鳴くような声で、
「ボク……も、レッタちゃんに……もっと、ちがう呼び方……してほし……い」
うつむいたまま、ようやく思いを伝えてくれた。
何をそんなにためらっているのかと、呆れ果てていたところに、まさかの要求内容で。
私は一瞬、ぽかんとしてしまった。
(違う呼び方……って、えーっと……。エリオットも、マックみたいな〝略称〟がほしい……ってこと?)
意味を理解したとたん、私はプッと吹き出してしまった。
「な……なーんだ、そっか。いきなり口ごもったりして、どーしたのかと思ったけど……。エリオットも略称で呼んでほしい――って、そーゆーことね?」
クスクス笑いながら訊ねると、エリオットはますます顔を赤らめて、何度もコクコクとうなずく。
エリオットは、そこまで長い名前でもない(って言っても、マックより二文字少ないだけだけど)から、そのままでも構わないかと思ってたんだけど……。
兄が略称で呼ばれてるのを聞いて、羨ましくなっちゃったのかしら?
子供って、妙なことを羨ましがるんだなぁ……などと思いながら、私は笑ってうなずいた。
「わかったわ。それじゃあ、一緒に考えましょ? エリオットは、なんて呼ばれたいの?」
「え……。ボ、ボクは……あの……。レッタちゃんに……」
「ん、私? 私が勝手に考えちゃっていいの?」
「う……うん。ボク、レッタちゃんが……いーの……」
エリオットは胸の前で両手を組み合わせ、指を上げたり下げたり、顔を横に向けたり、また戻したりして、どうにも落ち着きがない。
名前を省略するってだけのことなのに、そこまで恥ずかしがらなくても……。
私は苦笑しつつ、エリオットの略称を考え始めた。
(ん~……そーだなぁ……。エリオットだから、〝エリ〟……じゃ、女の子みたいだし……。かと言って〝オット〟じゃ、〝夫〟とか〝オットセイ〟とか、〝おっとっと〟とかを連想しちゃうし……。エリオット……エリオ……あ。〝リオ〟! リオならいーんじゃない? 女性でも男性でも、リオなら普通にある名前よね?)
これしかない! という感じで、エリオットにお伺いを立てる。
ぱあっと顔を輝かせて、彼はコクコクとうなずいた。
「気に入ってくれた? じゃあ、今度からリオって呼ぶわね?」
「うん!」
えぇぇ……珍しい!
いつもオドオドして、受け答えもハッキリしない感じのエリオ――じゃない、リオなのに。
満面の笑みでの即答に、私は『何これ!? 何なのこの、反則的に可愛い笑顔は!?』と心で悶えまくり、つられるように顔をほころばせた。




