第30話 落下した 使い魔いずこ 捜す稚児
「ねえ、ホントについてくるつもり? べつに、遊びに行くワケじゃないのよ? ダリ――、私の使い魔を、見つけに行くだけなのよ? そこんとこ、ちゃんとわかってる?」
迷路の外側を、端の方に向かって歩いて行きながら。
私は後ろを何度も振り返り、エリオットの兄に確認を取った。
彼は私と二~三メートルほど距離を置きながら、トボトボとついてきている。
「わ、わかってるよ。あの、まん丸なイヌみたいなバケ――え、えぇと……さっきのヤツんとこに行くんだろ? わかってる。だからきたんだ」
「え、そーなの? ダリルに、何か用があるとか?」
再び振り向きながら訊ねると、エリオットの兄は、
「よ、用ってゆーか……。あの……」
何故か顔を赤らめ、気まずそうに目をそらす。
私は首をかしげてから、『あ。そー言えば、肝心なこと訊いてなかった』ということを思い出した。
「言いたくなければ、それでもいーんだけど……。でも、えーっと……あなたの名前、なんてゆーんだっけ?」
訊いたとたん、エリオットの兄はピタリと足を止め、
「オレの名前、わすれたのか!?」
ショックを受けたように目を見張った後、ガックリと肩を落とした。
「あ……いや、その……。忘れたってゆーか……」
(今のところ私が知ってるのは、ウィルとベリンダだけ――【清く華麗に恋せよ乙女!】の登場人物だけなんだもの。二人が結婚した後のことなんて知るはずもないし、ましてや、その娘の婚約者の兄の名前なんて……)
二人が夫婦だという(この夢の中だけでの)事実だって、未だに認めたくないし、認めるつもりもないんだから。
そーよ、推しと悪役令嬢が結婚とか、その子供が私とか、ぜったいぜったいぜーーーったい、認めてなんかやらないわ!
ここは夢。
あれもこれもそれも、夢の中の出来事なんだから、私が目覚めちゃえばみーーーんな終わりよ!
あーーー、早く目覚めたいっ!
……って、思ってるのに……。
この夢、やたら長すぎない?
いつになったら、目覚めさせてくれるのかしら?
まさか、永遠にこの夢の中に閉じ込められちゃったり……するワケない、わよね?
それとも、もしかして……。
現実の私は、火事ですごい火傷を負って、寝たきりになってたり……。
もしくは、その時のショックが原因で、昏睡状態になってたり、する……?
だから、全然目覚めることができなくて、この夢を延々と見続けてるとか……?
「ええええーーーッ!? 嫌よそんなの!! 死ぬまで夢を見続けるとか、ジョーダンじゃないわっ!!」
想像が最悪の結果に行き着いたとたん、立ち止まって大声を上げてしまった。
ヤバいと思って振り向くと、よほど驚いたんだろう。エリオットの兄は、これ以上開けられないというくらいまで目を見開き、両手両足をピンと伸ばした状態で固まっていた。
「わわっ、ごめん! ごめんねっ? えーっと……え~っとぉ~……」
一応、両手を組んで考え込む。
いくら考えたところで、彼の名前なんて最初から知らないんだから、浮かぶはずもないんだけど。
エリオットの兄は、ハッと我に返ったように、数回目をパチパチさせた。
それから私をにらみ付け、
「オレの名前は、マクシミリアンだっ!! マクシミリアン・ムーアクロフト! マクシミリアン・ムーアクロフトッ! もーわすれるなよッ!?」
『大事なことなので二度言いました』とでも言うように、名前を強調して告げ、ご丁寧に、苗字まで教えてくれた。
「マクシミリアン……? マ、ク、シ、ミ、リ、ア、ン……えーっと……む、ムーア……?」
「ムーアクロフト!!」
「ムーア、クロフト……。あーもーっ、どっちも言いにくいわねぇ。言いやすいように略しましょーよ、略、略っ」
言いにくさにイラッとして、私は彼の許可も取らないままに、名前を略すことを即決した。
(ホントにもう! どーして外国人の名前って、こー長ったらしいのが多いのかしら? 名前なんて、覚えられてなんぼなんじゃないの? どーしてわざわざ、覚えにくい、長ったらしい名前を付けるワケ? 納得行かないわー。……っと。その問題は、ひとまず置いといて――。略よ略。覚えやすい略名を考えなきゃ。……マクシミリアン……だから、マク……? いや、それとも後ろを取ってアン?……じゃあ、女の子みたいだし……。あ、そーだわ! いーのがあった!)
「マック! マックがいいわ! あなたは今日からマックよ!」
ちょっと、某ファストフード店を連想しちゃいそうになる略称だけど……。
でもまあ、この世界には、あの店はないに決まってるし。
覚えやすいのが一番だもの! 何の問題もないわよね!
大満足してうなずくと、マックはきょとんとした顔で、じーっと私の顔を見つめる。
「マック……? マックって、オレのことか?」
「そーよ! マクシミリアン――なんて呼びにくいもの。マックの方が親しみやすいし、言いやすいし。……ねっ、最高でしょ?」
同意を求める私から、彼は照れくさそうに目をそらした。
「べ、べつにっ……。ぜんぜん、いーとは思えないけど……。おまえだけなら、まあ……呼んでもいい、かも……」
……ん?
ハッキリしない口調で聞き取りにくかったけど……今、『呼んでもいい』って言ったよね?
マックって、呼んでもいいんだよね?
本人の許可を得たことで、私はすっかり気分を良くし、
「じゃあ、今日からマックってことで! よろしくね!」
ニッコリ笑って、彼の前に片手を差し出した。




