第24話 接吻と 魔力注入 勘違い
私がまた、〝ギュッと〟してしまったせいだろう。
ダリルはしばらくの間、
「っざけんな! 誰が使い魔だと⁉」
とか、
「気安く触んなっつってんだろ! 俺様を誰だと思ってんだ⁉」
とかって、大騒ぎしていた。
私は『しまった』と思いながら、なだめたりすかしたり、ひたすら『ごめん』と謝ったりして、彼の機嫌を取り――。
どうにかこうにか、落ち着かせることに成功した。
ルシアンさんは、ダリルのことをよろしく頼むと、何度も私に念押してから、魔界に帰って行ったんだけど。
彼が帰る前。
私は思いきって、聞こうかどうか迷っていたことを、(ダリルに聞かれないように注意しながら)、そっと訊ねてみた。
最初のうち、彼は『何を言われているのかわからない』と言うような顔をして、じっと私を凝視していた。
それからしばらくして、何かに思い至ったのか、数回瞼を瞬かせると、
「何をおっしゃっているのかと思ったら……。とんでもない発想をなさいますね」
呆れたように、大きなため息をついた。
「私は、ダリル様に接吻などしておりません。ダリル様に、魔力を注ぎ込ませていただいていただけです。私がダリル様に恋愛感情を抱いているなどと、恐れ多い誤解をなさらないでください。まったくもって不愉快です」
疑惑を真っ向から否定され、『不愉快』とまで言われてしまった私は、わたわたと焦ってしまった。
「えっ、嘘っ⁉ あれ、キスしてたんじゃなかったんだ? 魔力を注ぎ込んでただけ……って……。あー、そっか! だからあの時、白目むいてたダリルが、生き返っ――……や、じゃなくて! え~っと……ちょっと元気になったんだ?」
そっかそっか。
やーっと納得できた。
……い、いや~。
言われてみれば、そんなワケないわよね~。おかしーとは思ったのよ。
ルシアンさんがダリルに……なんて、腐女子が喜びそうな展開、なかなかあるもんじゃないわよねー、やっぱり。アッハッハ!
――っと。
誤解しないでね?
べつに、BLな展開がダメだとか、嫌だとかって、言ってるんじゃないのよ?
ただ、ルシアンさんみたいに知的で、一癖も二癖もあるように見える人が、ダリルみたいにバカっぽ……んんっ、もとい。単純で怒りっぽくてガサツで口の悪い人(あ、悪魔だっけ?)なんかを、恋の相手に選ぶのかな~って、ちょっと、信じられない気がしてたから。
疑いが晴れて、ホッとした~ってのが、正直な気持ちだったりするのよ。うんうん。
「でも、BLかぁ……。ホントにそーゆー展開だったら、あの子なら……きっと、キャッキャ言って喜んでたんだろーな」
――ふと。
遠い昔の記憶が脳裏をよぎり、私はしみじみとつぶやいた。
すっかりベッドで寛いでいたダリルは、ムクッと起き上がり、
「あ? 今、何か言ったか?」
寝ぼけ眼で訊いてきたけど、私は慌てて首を振る。
「う、ううんっ。べつに何もっ?」
「……そっか? なら、いーんだけどよ」
大して気に留めた様子もなく、ダリルは再びベッドに突っ伏し、ウトウトし始めた。
深く追求されなかったことにホッとしつつ、私は座っていたソファの背もたれに、ぐったりと寄り掛かる。
(あーあ。……まさかこんな時にも、あの子のこと、思い出しちゃうなんてね……)
私はそっと目を閉じ、両手のひらで瞼を覆った。
〝あの子〟と言うのは、私の幼馴染のことだ。
幼馴染で、唯一の友達だった。
だった――って過去形なのは、あの子がもう、この世にはいないから。
この世……って言うのも変なのかな? ここは私の夢の中(たぶん)なんだし。
夢から覚めた現実に、あの子はいない。もう……どこにもいない。
そのことが辛くなるたびに、私は携帯ゲーム機で、あの子から借りたままだった乙女ゲー、【清く華麗に恋せよ乙女!】をやってた。
あの火事の中、私が携帯ゲーム機とゲームソフトを放置できなかったのは、そのためだ。
あの子が大事にしてた形見だったから。
だからどうしても、放って逃げることができなかった。
(まったく。私もいつまで、思い出の中で生きてんだか……)
思わず、クッと自嘲する。
何度思い出に浸ったって、過去は取り戻せないって、わかってるのに。
あの子には、もう二度と会えないって……わかってるのに。
……それでも。
それでも私は――……。
「あーーーっ、もう! やめやめっ‼」
私は大きく伸びをしてから、ブルブルと大きく頭を振った。
いい加減、あの子からは卒業しなきゃ。
どんなに願ったって、どんなに望んだって、死んじゃった人は帰ってこない。
帰ってこられないんだから……。
「なんだなんだっ、どーしたっ⁉ 地震か火事かっ? この世の終わりかっ?」
今度は完全に寝ぼけてるんだろう。
ベッドの上で、キョロキョロ辺りを窺いながら、ダリルが一人で大騒ぎしている。
私は、『魔界にも、地震とか火事とかあるのかしら?』なんて不思議に思いながら、ベッドまで歩いて行き、
「ジョーダンでしょ。火事なんて、二度とごめんだわ」
苦笑してつぶやくと、ダリルの頭をポンポンと叩いた。




