第22話 解けぬ謎 誰がダリルを ポメにした?
ポメ――……っと、違った。
ダリルが魔界の貴族のお坊ちゃんで、ルシアンさんがその従者(っぽいもの)ってことはわかった。
それはわかったけど……その貴族のお坊ちゃんが、何故に、ポメっぽい動物に変化してしまったのか。
魔法陣を書いて、召喚魔法を唱えたわけでもないのに、召喚されてしまったのか。
これらの謎が、未だ解明されていない。
私は頭を右に左にと、交互に傾けつつ、『う~ん』とうなった。
「ポメ――っ、じゃなくて、ダリルは急に召喚されて、ここに来ちゃったワケでしょ? 召喚される前は、どこで、何してたの?」
「あぁ? 俺は部屋で昼寝してたぜ。してたはず……だったんだが、気付いたらここにいて、こんな姿になっちまってたんだよ」
「ええっ? 何の前ぶれもなく、いきなり? ハッと気付いたらここにいて、ポメの姿になってたってワケ?」
「だからそーだって言ってんだろッ!? 何度も言わせんなこのガキァアッ!!」
ダリルはベッドでピョンピョン跳ね、牙でもむき出しそうな勢いで怒っている。
すごまれることにも、すっかり慣れてしまった私は、気にも留めずに考え込んだ。
え~っと、ダリルは一応、魔界の貴族に属する人間……じゃないか。魔界なんだから、悪魔かな?
――まあ、そうだとして。
悪魔であるダリルが、突然、昼寝中にこの屋敷に召喚されて、いつの間にか、姿まで変わってたとすると。
やっぱり、ここかダリルの家に、魔法を使った人がいた……ってことになるわよね?
あの時、書庫にいたのは、私だけだったけど、私に魔法は使えない。
だから、魔法を使ったその誰かは、ダリルの家にいた人――いや、悪魔ってことになっちゃうと思うんだけど。
「昼寝してた時、部屋には、ダリルの他に誰かいた?」
「ああ? いねーよ。俺だけだ」
「えっ!? いなかったの? ホントに? 誰一人として?」
「いねーよ! 寝てる間に誰か入って来たら、気配ですぐ覚めるしな。あん時、そんな気配は少しも感じなかった」
「えぇぇ~……? それじゃあ、どーゆーこと? 魔法を使った人は、必ずいるはずなのに……」
てっきり、ダリルの部屋に誰かがいて、その誰かが、ダリルの寝てる間に、魔法を使った……ってことだろうと思ってたのになぁ。
その可能性がないとしたら、いったい、どこのどいつが、魔法を使ったってーのよ?
「ねえ。魔法って、対象者がかなり離れた場所にいても、かけられるものなの?」
聞けることは、全て聞いておこう。
そう思って訊ねると、ポメに代わって、今度はルシアンさんが答えてくれた。
「無論です。ただし、魔法をかける対象者との距離が、遠くなれば遠くなるほど、強い魔力が必要となります。もし、ダリル様にかけられた魔法が、遠方からのものとするならば、その者の魔力は、かなり強大……ということになるでしょう」
「強大な魔力、か……。大魔法使いがどこかにいて、ダリルに魔法をかけたってことね」
「はい」
「でも、大魔法使いなんて、そんなにたくさんいるものなの?」
ルシアンさんは、ゆっくり首を横に振った。
「ダリル様の魔力は、人間の魔法使いなどとは、比べ物にならぬほど甚大です。ダリル様に全く気付かれず、魔法をかけることができる者など、いるとしても数名ほどでしょう。ですが――」
途中で言葉を切り、考え込むような顔つきで、ルシアンさんは、じっと一点を見つめている。
早く答えを知りたかった私は、『怒られないかな?』とビクビクしながら、
「……ですが?」
恐る恐る、先を促した。
彼は、ちらりとポメに目配せした後、私に視線を戻し、
「我らと同じ魔族であるならば、人間より候補は多くなります。それでも、十数名いるかいないか、と言ったところですが」
「十数名!?……魔族の中でも、十数名しかいないってことは……。ダリルって、そんなに魔力強いの!?」
人間界で言えば、〝世界で十数名のうちの一人〟――ってこと?
えええーーーっ!?
ダリルって、いったい何者よぉおおーーーーーッ!?
急に寒気がしてきて、私は両手で二の腕をさすった後、ギュッと抱き締めた。
魔族がどれだけいるのか知らないけど、人間に匹敵するほどいるとしたら、ダリルは、よほどの強者ということになる。
しかも、そのダリルに魔法をかけた人だか魔族だかは……その上を行く強さってことよね!?
……何よそれっ!?
いくら私の夢の中だからって、メチャクチャすぎない!?
格闘ゲームはやったことないからわからないけど、RPGで言えば、いきなりラスボスに近いモンスターが現れちゃった……って感じじゃないの、この状況!?
「でも……ま、私は普通の人間なんだし? あなた達とは、今日初めて会ったんだし。ダリルに魔法をかけたのが誰だろうが、私には関係ないこと……よね?」
引きつり笑いを浮かべながら、救いを求めるように、ルシアンさんを見上げる。
彼は、私に応えるようにニコリと微笑み、
「関係ないなどと、ご冗談を。魔法をかけたのが何者なのかは、残念ながら判明しておりませんが……。ダリル様が、こちらのお屋敷に落とされたということは、魔法をかけた者と、こちらのお屋敷には、何らかの関わりがある。そう考えるのが自然ではありませんか?――とすれば、当然……」
再び言葉を切った後、意味ありげに、私をじっと見つめた。
嫌な予感に怯えつつ、ゴクリとつばを飲み込んだ私は、『と……当然?』と先を促す。
ルシアンさんは、そっと包む込むように、両手でダリルを持ち上げると、
「魔法をかけた者の正体を知る、唯一の手掛かりは、今のところ、こちらのお屋敷だけなのですから……ダリル様には、しばらくの間、こちらでお過ごしいただくしかないでしょう。――そういうことですので、どうか、よろしくお願いいたします」
一方的に告げ、両手の中の彼を、私の前に差し出した。




