第20話 何者よ? 黒髪ロング 美青年
「ダリル様。あなた様が何故、このような場所においでなのです? その面妖なお姿は、いったい――?」
黒髪ロングの美青年は、ポメをベッドの上に戻すと、絨毯の上に片膝をつき、目線をポメよりやや低くして訊ねる。
ポメはげんなりした様子でため息をつき、覇気がない口調で経緯を話し始めた。
「あー……これな。俺もワケわかんねーんだけどよ。気が付いたらこっちにいたんだよな。おまけに、こんな下等動物に変わっちまっててよー……。鏡見てゾッとしたぜ。これが俺様か、ってな」
二人のやり取りをしげしげと眺めながら、私は『んん?』と首をかしげる。
さっきから気になってたんだけど、ダリルって誰?
ポメのこと? ポメの本名?
それに、『こんな下等動物に変わっちまって』……って?
ポメってば、元はポメみたいな姿してなかったの?
本当の姿は、別にあるってこと?
だとしたら、本当の姿って――?
気になって仕方なかったから、単刀直入に訊いてみることにした。(疑問をそのままにしとくのって、落ち着かないのよね)
「ねえ。話に割って入って悪いんだけど、ポメって本当に使い魔じゃないの? 気が付いたら、その姿になっちゃってたってこと?」
ポメはキッと私を睨みつけ、
「だからっ! 端っから違げーって言ってんだろッ⁉――それに何だその、ポメってーのは⁉ まさか、俺様のことじゃねー――」
「そーだけど?」
やや食い気味に答えると、ポメは前足を顔の前に出し、威嚇するように『グルル』と唸った。(今の姿じゃ出来ないんだろうけど、ホントなら、〝拳をふるふる震わせてる〟とこなんじゃないかな?)
「っざけんな‼ 〝ポメ〟なんてカッコ悪ぃ名前で、勝手に呼ぶんじゃねーッ‼ 俺様には、〝ダリル〟っつーちゃんとした名前があんだよ‼」
「えー? 可愛いじゃない、〝ポメ〟って。その姿には、これ以上ない名前だと思うけど」
「はあッ⁉ これ以上ねえだと⁉ どこがだ⁉ それになぁ、俺様は〝可愛い〟んじゃねえ‼ 〝カッコイイ〟んだッ!!」
「……プフッ」
思わず、吹き出してしまった。
「てめえっ、何笑ってやがんだ!! ナメてんのかコラァッ⁉」
予想通りの反応に、私は余裕で微笑む。
「べつに、ナメてはいないけど。『自分で〝カッコイイ〟とか言っちゃうんだ~?』とか思ったら、つい……」
口元を片手で覆いつつ、再びプププと笑ってしまったら、ポメはすごく悔しそうに、
「てっめぇえええ……ッ!! やっぱナメてんじゃねーかッ!! ナメまくってんだろーがオラァアアアッ!!」
地団駄でも踏んでるつもりなのか、ベッドの上でピョンピョン飛び跳ねる。
その姿が、またとんでもなく可愛いく見えるもんだから、困っちゃうのよね。
見た目と中身のギャップにも、慣れてきたせいかもしれない。
ただただ〝可愛い生き物〟としか、思えなくなっちゃってる。
私はクスクス笑って、『ごめんごめん』と謝ると、ポメの目の前まで歩いて行き、頭を数回撫でた。
ポメは『やめろ! 気安く触んじゃねえッ!』と怒鳴り、再びその場でピョンピョンピョン。
でも、どんなに汚い言葉を使おうが、怒鳴りまくろうが、もう全然怖くない。
ひょいっと抱き上げると、ポメはギャーギャー騒いで、必死に逃れようとする。
それでも私は少しも構わず、両手の中に閉じ込め続けた。
すると、その時。
いつの間にか立ち上がっていた、黒髪ロングの美青年さんが、眉間に深いしわを寄せて言い放った。
「ダリル様、この童女は何者なのです? どなたの許しを得て、このような無礼な行いを?……まさか、ダリル様ご自身が、お許しになられたのですか?」
「んなワケねーだろ! このガキが勝手に、好き放題やってるだけだ!」
「……さようでございますか。それでは、遠慮はいりませんね」
静かな声で告げると、黒髪ロングの美青年さんは、長く伸びた鋭い爪先を、私の眼前に突き付けた。
「ヒ――ッ!」
私は短い悲鳴を上げ、一歩後退する。
ポメもビックリしたように目を見張ると、黒髪ロングの美青年さんを見上げた。
「お、おいっ! いきなり何すんだ⁉」
「童女と言えども、ダリル様に無礼を働くことは許されません。少々懲らしめて差し上げようかと」
さらりと怖いことを言い、黒髪ロングの美青年は、優雅に微笑む。
ポメはピョンピョン跳ね、慌てた様子で止めに入った。
「いや、待てって! こんなガキ一匹に、そこまでの脅しは必要ねーだろ!」
「いいえ。こういうことは、きちんとしておかなければいけません。あなた様を下等な使い魔と同等扱いするなどと、本来ならば、滅されてしかるべき重罪です。――良いですか、そこなる童女よ。こちらにおわすお方は、恐れ多くも魔界の第な――」
「やめろルシアン!!」
ひときわ大きな声で、ポメが黒髪ロングの美青年を制した。
彼は納得行かない顔つきで、黙してポメを凝視する。
「そんな顔すんなよ。いーから、ちょっと耳貸せ」
ポメは片方の前足を上げ、『こっちに来い』と言うように、二度ほど振ると、ベッドの端まで歩いて行った。
黒髪ロングの美青年も、黙って従う。
(何なのかしら? わざわざあんな端まで行って、内緒話なんかして。……私には、聞かれたくない話ってこと?)
除け者にされて、良い気はしなかったけど、あっちにはあっちの、都合ってものがあるんだろう。
私は口をとがらせながら、二人が話し終えるのを待った。