第19話 大変だ 白目むいてる ポメピンチ
腕の中で暴れ続けるポメを、どうにかこうにか押さえ込み、私は小走りで自分の部屋に戻った。
魔法書も持って来ようと思ったけど、分厚くて大きいハードカバーの本は、幼児の力で持ち上げるなんて無理。早々に諦めるしかなかった。
あの本に書いてあった魔法陣から、ポメは出現したんだもの。
もっとよく調べて、契約する方法を見つけたかったのになぁ……。
「う~ん……。どーしよう? このままじゃ、契約は交わせないわよね?」
私は腕組みしてソファに腰掛け、ベッドの上でぐったりしているポメを見やった。
彼は仰向けに寝転がったまま、
「し……し……るか……。俺は……てめえと……ケー、ヤク……する気なん……て……ねー……から、な……」
途切れ途切れでつぶやき、苦しげに荒い呼吸を繰り返している。
「……ねえ、ダイジョーブ? さっきから、息も絶え絶えって感じじゃない。そんなに疲れた?」
書庫からこの部屋に戻るまでの間、ずっと暴れてはいたけれど。
何十分、何時間と、動きっぱなしだったわけではない。せいぜい五~六分といったところだ。(行きと違って帰りは迷わなかった。その分、時間も短縮されてるはず)
その程度の運動の後にしては、ぐったり感がひどすぎやしないだろうか?
まるで、生きる屍。
たとえるなら、フルマラソンを走り終えた後の選手か、締め切り明けの漫画家か――って感じ。(ちなみに前者は、テレビ中継でフラフラになってる選手を見たことがあるだけ。後者に至っては、実際に見たことすらない。あくまでイメージの話よ、イメージの)
「ねえ、ちょっと! 疲れたのかって訊ーてるでしょ⁉ 返事すら出来ないワケ⁉」
いくら待っても、ウンともスンとも言わないので、業を煮やした私は、もう一度訊ねてみた。
それでも、ポメからの返事はない。
「ちょっと……ねえ、ホントにどーしちゃったのよ? まさか……まさか、死んだりしてない……わよね?」
さっきまで、あんなに大騒ぎしていたのに。
いくらなんでもおかしい。
私は急に怖くなって、ソファから立ち上がり、そろそろとベッドに近付いて行った。
恐る恐る窺うと、ポメは仰向けで白目をむき――……。
「キャーーーーーッ!!……ポメが……ポメが死んじゃったぁああーーーーーッ!!」
ゾッとして、大絶叫してしまったんだけど。
「心配ご無用。私めにお任せを」
ふいに。
頭上から、若い(たぶん)男性の声がして、私はギョッとして上を向いた。
――いったいどこから、いつの間に現れたのか。
背中に黒い翼(ポメのちっさいのとは違い、身長以上ありそうな、立派な翼)を生やした、黒髪ロングの美しい男性が、部屋の中心辺りでフワフワ浮いていた。
「な――っ?」
私は絶句して、黒翼の美青年を呆然と見上げる。
彼は私には目もくれず、スーッとポメの元まで飛んで行った。
「……なんとおいたわしいことか。報告を受けた時分は、とうてい信じられなかったが……。よもや真実だったとは」
眉間にしわを寄せてつぶやくと、両手でポメをすくい上げる。
それから『失礼いたします』と声を掛け、ポメの口にそっとキス――……。
……って…………え?
きっ、ききき――っ、……キスぅうううーーーーーッ⁉⁉⁉⁉⁉
あまりに唐突すぎる展開に、私の心臓はバックンと跳ね上がった。
――と同時に、動悸息切れめまいに襲われ、胸を押さえてよろめく。
美青年とモフモフ使い魔がキスって……いったいどんな状況⁉
異種族間の愛⁉
もしかして愛⁉ 愛なの、あれっ⁉
……えぇええ~~~っ、嘘でしょ⁉
絶対、何かのジョーダンよね⁉
きっと、そのうちどこかから、〝大成功〟って文字が大きく書かれたプラカード持った人が、ニタニタ笑って現れるのよね⁉
そーでもなきゃ信じらんない‼
あれほどの美青年が、何故にわざわざ、口が悪くて態度のデカいモフモフ使い魔なんかを、恋の相手に選ばなきゃなんないのよ⁉
……嘘よッ! 嘘だわッ!!
ぜったいぜーーーったい、何かの間違いに決まってるーーーーーーーッ!!
「――お目覚めですか。手遅れにならずに済んだようで、何よりでございました。ダリル様」
私がパニックを起こしている横で、黒翼の美青年の穏やかな声が響いた。
我に返って彼らに視線を移すと、むっくりと起き上がったポメが目に入る。
あーよかった。生き返った。
……まあ、たぶん、最初から死んでなんかいなかったんだろうけど。
私だって、白目むいて倒れてたから、ビックリしただけで……。
べつに、本気で死んだとかって、思ってたわけじゃないわよ?
そーよ、驚いただけよ。
……驚いてただけなんだってば!!
「ルシアンか。……すまん、世話を掛けた」
まだ少しだけ苦しそうにしながらも、ポメはドキッとするほどのイケボで答える。
声が変わったわけじゃない。
さっきまでのぞんざいな口調じゃなくなり、落ち着いたトーンになった――というだけのことなんだけど。
それだけでも、ずいぶん印象が変わるもんなんだなと、私はぽけ~っとポメを見つめた。
愛くるしい見た目に、やや低めのイケボ。
愛くるしい見た目に、ガラの悪い言葉遣い。
どちらにせよ、『違和感ハンパないな』と思いながら……。