プロローグ
プロローグのみ一人称です。
次話から(メイン)は三人称となります。
その日。
伯爵令嬢、フローレッタ・リグディリスは、六歳の誕生日を迎えた。
屋敷にはたくさんの招待客が訪れ、彼女には、幾多の祝福の言葉と、プレゼントが贈られた。
「おめでとう、フローレッタ。君の人生に、数え切れないほどの幸福が訪れますように」
自慢の父、優しく美しいウィルフレッドは、そう言って彼女の右頬にキスをした。
「おめでとう、フローレッタ。世界中で一番愛しているわ」
やはり自慢の母、愛情深く気配り上手なベリンダも、彼女をギュッと抱き締めて、左頬にキスをする。
大好きな父と、大好きな母。
彼女を愛する人々に囲まれ、フローレッタは満悦の笑みを浮かべる。
今日に限っては、世界で一番幸せなのは自分だと、胸を張ってもいい気がした。
ただひとつ、不満があるとすれば。
彼女を祝うための特大ケーキが、どこにも見当たらないことだった。
キョロキョロと辺りを見回し、フローレッタはケーキを探す。
それでも、テーブルの上に所狭しと並べられているのは、豪華なごちそうだけ。やはり、ケーキはどこにも見当たらない。
目当てのものが見つけられず、ガッカリした彼女は、次第に不機嫌になり……。
とうとう、ぷくーっと、可愛らしい頬をふくらませた。
「あらあら。どうしたの、フローレッタ? 今日の主役が、そんな顔していてはいけないわ。ほら、笑って?」
かがみ込み、娘の頭をひと撫ですると、ベリンダは優しく微笑んだ。
フローレッタは、ベリンダのドレスをくいくいっと引っ張り、
「ねえ、おかーさま。ケーキは? わたしのケーキはどこ?」
不満げな様子で訊ね、今度は口をとがらせる。
ベリンダはフローレッタの頭に手を置き、再び数回撫でた後、
「まあ、フローレッタったら。相変わらず、食いしん坊さんね。――ケーキは、もう少し待って? あと少ししたら、厨房から運ばれて来るはずよ」
我慢するよう言い聞かせ、娘の側を離れた。まだ挨拶を済ませていない招待客が、数人ほどいたからだ。
その場に取り残されたフローレッタは、ますます不満げに、ぷうっと頬をふくらませる。
母は『もう少し』『あと少し』待つよう言っていたが、『もう少し』とは、いったいどれくらいの時間のことを言うのだろう?
「もーまてない! 見にいっちゃおうっと」
食いしん坊のフローレッタは、宣言するようにつぶやくと。
パーティー会場の大広間を抜け出し、こっそり厨房へと向かった。
厨房を覗いてみると、数人の料理人や、厨房付きのメイドが、忙しく立ち働いていた。
邪魔しては悪いという感情も、まだ幼女であるフローレッタも、一応持ち合わせている。
彼女は料理人達に見つからぬよう、しばらくは厨房の隅の方で、誰かの手が空くのを待っていた。
その時。
厨房の奥の方で働いている料理人の手元から、小さな火柱が上がった。
フローレッタの目は、数秒間それに釘付けになる。
火柱と言っても、火事が起こったわけではない。
分厚い肉の塊に、アルコール度数の高い酒を振り掛け、アルコール分を飛ばす調理法――要するに、料理人がフランベをしていただけのことだ。
鮮やかな朱色の炎は、フローレッタの身長の半分ほどの高さまで上り、二~三秒で消えた。
しかし、たった数秒上がった火柱が、彼女のこれからの人生を、大きく変えることになろうとは。
フローレッタは大きく目を見開き、数秒間静止した後。
「きゃああああーーーーーッ!!」
すさまじい悲鳴を上げて、厨房の床に倒れ込んだ。
お読みくださりありがとうございました!
次の第1話は前世のエピソードで、第2話からがメインのお話という構成になっています。
基本、1話1500~2500字前後です。