若返り
小学1年になった春 静かなダムの水面を見ながら、お姉ちゃんが言った話を桜の時期になると思い出す。
「ダムが出来てな最初の春に、この水の中に桜が咲いたんじぇ!綺麗やった。一度きりやのに忘れんわ」
「ほんまに! 楓も見たかった」と悔しがる私を見て
「ここら 一面やで」と両手を広げ、笑っていた夏姉
徳島県那賀郡那賀町、一級河川那賀川本川上流群
1956年 長安口ダム完成
十川 夏 7歳 十川 楓 6ヶ月の時でした。
この大きな家に一人、悠々自適に暮らしていた。夏姉はよく言っていた。
「家で死ねたら、本望やわ」でも、その通りにはならず、一日数本のバスの中で逝ってしまった。
ほんでも、家の中だったら、見つけてもらえんで、えらい事になっとたな 昔やったらそのまま土葬やわと、
おじいちゃんを思い出し、埋められどうなるんだろうと怖がっていた私も、今では平気にこんな事を思ってる。
林業が盛んだった、あの頃 筏師だった父や夏姉がいた時家は活気があったが、静まり返った今思い出も色褪せて、ため息を何度かつく。
「夏姉 この家を守ってくれて ありがとう あと10年は生きて欲しかったな。誰もおらんと帰るに帰れんでぇ」と言いながら押し入れを開ける。
湿った匂いと古びた座布団が、積み重なっている。家で葬式や法事の時に使っていたが今では無用な物 家自体無用の長物になってしまったが、手を伸ばし少しヒンヤリとした感じにゾクッとし、思い切り引っ張ると雪崩のように落ちてきて足元に広がった。
「あーあー 知らん、知らん夏姉ごめんで、このままにしとくけど、許してよ」と声を上げるが、夏姉が片付けろって言ってるみたいで、縁側に出ていたが戻ってき、座布団を手に取った、グィと上体を押し入れの中に入れてみた。隅っこに見たことのない20㎝程の壺が見えた。
「何 これ!お宝でも入っているかな しっかり封してあるわ」しげしげと壺を眺め、油取り紙のような封の紐を解き、中を覗く、
「何にも、入ってないやん」ううん 折りたたまれた紙がある。
「お宝の場所でも書いてるん違うん」たたまれた紙を、広がったままの座布団に座り開けてみると
昔よくあった 薬紙が出てきた。そして、折りたたまれた紙の裏に(若返りの薬)と書いてある。
「若返りって、お肌にいいって事」
違う! もう一枚の紙に、何かしら理解し難い事が、つらつらと、、、
よく考え むやみに呑むな。
一年すると、効果は消える。
若返ったなら、勤勉かつ仕事に励め。
恋愛は、危険 胸の弾みは命落とす事になる
もし恋愛感情が、湧いたなら、その場から離れて忘れるよう努める
「何やこれ!若返るって、年齢がほんまに、若くなるんやな、呑むなって呑みたいわ」
「落ち着け、楓 落ち着け」取り敢えず片付けに来たんやからと、若返りの薬と注意書をバックに入れ、座布団を投げ入れる様にして押し入れを閉めた。そして、適当に重ねたり、並べたりしているうちに、古いアルバムを見つけ、薬と一緒に持ち帰る。
車で2時間ほど運転している間、夏姉は、この薬を吞んだのかもと、
バスの中で逝ってしまった夏姉は、淡いブルーのワンピースを着て、右手のひらに、血が滲むほど握り絞めていたネックレスは、ハート型だった。
とても72歳の恰好とは、思えず、どうしたんだろうと気になっていたのが、若返りの薬をのんだなら、納得できる。
夏姉 恋したん?
連載です。よろしくお願いいたします。