愛する人は敵国の人質でした
『ルクシオン様、いまなら兵の目を掻い潜れます。お逃げを』
「君はどうするんだルリカ」
この日、事件は起きました。
私の許嫁であるルクシオン様は敵国より我が父が預かった人質。
5年前、12歳だったころ敵国の王子であるルクシオン様は人質としてドランバーク国にやってきました。
ドランバークとルクシオン様のお父上が治めるデュプーム国は隣国同士。
関係は微妙でした。
ただ当時、勢力を伸ばしてきていたライタル王国に抵抗するため両国は致し方無く同盟を結びました。
そうルクシオン様はその同盟の証。
我が父もデュプームの期待に応えるため、ルクシオン様と同い年であったひとり娘の私、ルリカ・ドランバーグを許嫁としました。
しかし、ライタル王国の勢いが弱まると状況は一変、我が父はライタル王国と同盟を結び、両国でデュプーム国を切り取るため侵攻、
ルクシオン様の父であるデュプーム王を討ちとったのです。
そして騒動はここから。
デュプーム王の死によって人質であるルクシオン様は無用の長物。
家臣たちに“殺すよう命令が降りたのです。
「父上はルクシオン様を殺すおつもりです。逃げる手筈は整えてありますからとにかく村人に似せたお召し物の下に鎧を身につけてください」
「逃げるところなどない。悪いが仇討ちだ。俺は君の父を殺す」
「ダメです。顔を出したところで“待っていました”とばかりに殺されるだけです。
さきほど父上のいる広間に武勇に長けたドワン殿が入っていくのを見ました。
おそらく父上はルクシオン様が顔を出すのを期待して待っています」
「だったら男らしく華々しく散る!」
「ダメです」
そう言って私は防具の紐をきつく締めました。
「うッ! 我が父も華々しく戦って散ったと聞く。ならば俺も戦うまで。
騙し討ちなどと卑怯なマネをした君の父ドランバーク王の首に剣を突きつけなければ
俺は死んでも死にきれない!」
「無茶です」
「なぜだ!やってみなければわからないだろ」
「それはルクシオン様が弱いからです」
「は?」
「剣の腕比べで私に勝ったことがありますか?」
「ご、5年前のことだ。当然いまは俺の方が強い」
***
5年前ーー
私はルクシオン様との婚約に納得がいきませんでした。
それもこれも母上からはルクシオン様はデュプームで育った粗末で粗暴な山猿と聞かされていたからです。
『私の旦那様が山猿なんて嫌ッ!』
なのでルクシオン様との初顔合わせの日、私は決闘を申し込みました。
婚約を破断させるためです。
同年代の男の子で私に剣で勝った子はいません。
幼馴染で護衛のロイドすらも私に勝ったことがありませんでした。
「護衛より強い女ってかわいくねぇな」
それがロイドのいう捨てゼリフでした。
そして父上にも剣で私に勝てない人となんかと婚約を結ばせないと約束をさせました。
「あなたがルクシオン様ですか? お顔も見えないように仮面までつけて現れるなんて
そんなに私に猿のような顔を見られるのがはずかしくて?」
決闘は一撃でした。
ルクシオン様はすぐに尻もちをつき、仮面が真っ二つに割れてそのお顔をあらわにしました。
「⁉︎」
驚きました。
紺碧の瞳に桜色した頬はふっくらとしていて唇もぷっくり、風に靡いた金色の髪からは鼻を喜ばせる香りが漂ってきました。
「お姫様?」
「や、やめろ。そう思われたくないから仮面をしていたのだ」
その美しいお顔を拝見した途端、婚約に反対していた母もそして私も一瞬でルクシオン様の虜になりました。
「山猿はむしろお前の方だったなルリカ」
「なんか言いましたロイド!」
***
防具をつけながらルクシオン様のお身体に触れていると5年でたくましくなったと感じます。
「ルリカ、君は美しくなったな。はじめて君を見たときはドランバーグの姫というのは
木剣まで握ってなんと野蛮なものかと驚いたぞ」
「今ごろ私の良さに気づいたって遅いですよ」
私はルクシオン様の背中に額を当てすすり泣いた。
「私はルクシオン様の許嫁となったその日から剣を捨てて女を磨くための修業をして参りました。
料理に編み物、苦手だった舞踏会のダンスも習得しました。これもすべてルクシオン様の立派な妃になるため」
「⋯⋯君は仇の娘だ。泣く必要はない。さらばだ」
「ルクシオン様!⋯⋯非常用の地下通路からお堀の外に出られます」
「⁉︎ 本当に君ってやつは。自分がなにをしているのかわかっているのか? タダじゃすまないぞ」
「もちろん覚悟の上、そこから山中に入るとロイドが待っています。
そしたらロイドが用意した馬に乗って母が生まれ育ったクリサイユ国にお逃げください。
そこなら父上も容易に手出しできません。
私はこれから兵士たちのところに視察と称して顔を出し時間稼ぎをします。
その間に国境までお逃げください」
「それでルリカはどうするつもりだ?」
「もちろん。あとを追いかけます。クリサイユで再起をルクシオン様」
「ルリカ、君はおもしろい女性だ。不思議と生きる希望が湧いて来た。
ならクリサイユで落ち合おう」
***
「ロイド、ルクシオン様を無事に非常用の地下通路からお堀の外に逃しました。
充分時間を稼ぎましたし、あとは私の番です」
「ルリカ行ってもムダだ。ルクシオンには生きて会うことはできない」
「⁉︎ ロイドそれはどういうことですか?」
「俺のものになれルリカ」
そう言ってロイドは私を背中から抱き締めます。
殿方に抱きしめられるのははじめてのこと。
もちろんルクシオン様にもされたことはありません。
こんなにからだ熱くこわばるものなのでしょうか?
「離してください」
「国王陛下が俺をルリカの婿としてくれることを約束してくれた⋯⋯」
「父上が⁉︎ なぜそのような約束を!」
「⋯⋯相変わらず鈍いやつだ。幼いときからルリカの盾としてルリカのそばにいたんだ。
俺がお前のことを好きにならないわけがないだろ!」
「ロイド、泣いているのですか?⋯⋯」
「俺は子爵の息子。身分違いの恋だとわかって心に蓋をしてきた。だけどこんなチャンスは2度とは訪れない⋯⋯
それなのになぜお前は俺に剣を向けるんだ」
無我夢中でした。
気づけば私は護身用に隠し持っていた短剣をロイドの喉につきつけていました。
「ルリカ⋯⋯」
『ご報告致します』
「入れ!」
「⁉︎ ロイド様、なんですこの状況は!」
「かまうな。持って来たか。はい!」
「⁉︎ それは」
「ご命令通り、ルクシオン・デュプームの首を壺に入れ塩漬けにいたしました」
「でかした」
「ルクシオン様⋯⋯」
「ルクシオンが非常用通路を出てきたところを待ち伏せしていた兵士が首をはねた」
「⁉︎ それじゃあルクシオン様を私は騙し討ちしたようなものじゃないですか!」
「ああ国王陛下のようにな。少なくともルクシオンはそう思った筈だ」
『そ、そんな⋯⋯う、うわああああん。ルクシオン様ーーッ!』
「許せ」
***
「国王陛下、ルクシオンの首、討ち取って参りました」
「左様か」
「でかしたロイド。そなたに稽古をつけたこのドワンも鼻が高い」
「ありがたきお言葉」
「国王陛下、これでデュプームも我がドランバーグの手中におさめました。
今日はたいへんめでたき日。おめでとうございます」
「うむ」
「あとはこのドワンがライタル王国を攻め落としてみせましょう」
「期待しているぞ。4国の統一は我が悲願」
「恐れながら申し上げます」
「なんだ?」
「かまわん申してみよ」
「私が握るこの髪の毛、ルリカ様の身印にございます」
「なんと⁉︎」
「ルリカ様は無謀にもルクシオンと逃亡を図り、武功を焦る兵士に見境なく襲われ最後は
ルクシオンの骸を抱いて崖のそこへーー」
「ルリカが⁉︎」
「国王様に無残なルリカ様のお姿を見せるわけにいかず荼毘に伏して、この髪をお持ちしました」
「ありえん⋯⋯」
「それだけルリカ様はルクシオンをお慕いになられていたご様子⋯⋯(我ながら無理があったか⋯⋯)」
***
3時間前ーー
「ルクシオン様、まさかーー」
「俺も人を斬ったのははじめてだ。だけど武功を焦るものはその油断も大きい」
***
「愚かな⋯⋯いや、この儂が愚かだった⋯⋯功を焦り娘の気持ちに気を配れなかった」
「国王陛下、ルクシオンの首は検分なされますか⋯⋯少々揉み合いになり顔が判別しにくくなってしまったのですが⋯⋯」
「もうよい⋯⋯今日は息子と娘を同時に失った悲しい日よ」
この日を境にドランバーグ王は病に伏し、隆盛を誇ったドランバーグ国は衰退の一途を辿る。
***
揺れる馬車の中ーー
「おとなりよろしいですか? 美しい軍人さん」
「もちろん。たくましいお嬢さん。もうじきクリサイユの街ですね」
クリサイユ国に向かう馬車に乗り合わせたこの男装の麗人と謎の美女が
混迷する4国を統一することになるのだがそれはまた別の話。
おわり
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