第87話:日本艦隊出撃1
新月の真夜中、広島県呉軍港からひっそりと艦隊が出撃する。
蘇った戦艦“長門”“榛名”“日向”“伊勢”の四隻と急遽、“さがみ”から提供された資材が巡洋艦一隻分残ったので会議の結果、軽巡洋艦“鹿島”を改良したのである。
その“鹿島”を先頭にして、駆逐艦五隻が出航する。
目立たない様に極一部の将官クラスのみ、見送ることになる。
だが、復活祭の時には盛大な催しがあったので乗員達は特に不満も無くそれ以上に再び大海原に出撃して敵艦隊と決戦ができるとあって士気も高かったのである。
第一戦隊指揮官『野島道治』中将は戦艦“長門”に乗艦していて連合艦隊司令長官も又、“長門”に乗艦していた。
「野島君、四隻の戦艦の指揮はどうかな? 貴官を推薦した甲斐があったと思わせて欲しい」
木村長官の言葉に野島中将は静かな笑みを浮かべて頷くと艦橋の窓から真っ暗な海を眺める。
暗闇の中で視力4.0を誇る彼の眼には“長門”に続く戦艦三隻の威容が見えていた。
「海軍兵学校の中でも成績が最下位の私にここまで抜擢して頂いた長官に後悔の念は抱かせませんのでご心配なく」
野島の力強い言葉に木村は安堵する。
恐らく米軍が全て関東に上陸した時、陸地に封じる為に徹底的に敵艦隊及び敵船団を殲滅させなければいけないのでそれに伴う艦隊決戦が数回は起こる筈だと思っていた。
「まあ……伊400一隻なら全てを葬ることが出来るかもしれないが我々海軍にも意地があるし最初で最後の砲撃戦だろうからな」
木村の言葉に野島は黙って聞いていたが彼も別世界から来た伊400に負けてたまるかと言う信念があるが祖国を救うと言う心はお互いに共通である。
「しかし、軽巡洋艦“鹿島”を戦列に加えるとは長官も思い切った事をしたのですね? 最大速度が十九ノットしか出ない筈?」
野島の言葉に木村は正面を向いたままパワーアップした“鹿島”の性能を答えると野島は吃驚する。
「例の“さがみ”から提供された最新式の蒸気タービンを搭載して最大速力三十ノットですか! 凄いですね? 戦艦部隊と共に行動できます。魚雷発射管も改良されてあの伊400と同様の魚雷を積載しているのですか」
野島の称賛に木村は笑みを浮かべるとまあこの最新式の蒸気タービンは“北上”“酒匂”を初めとする浮揚した“利根”等にも搭載されているから同列として扱えると話す。
「……ここまでお膳立てしてくれたのです、必ず圧勝して勝利の美酒を!」
♦♦
一方、青森県大湊港でも新編成された水雷艦隊が次々と出港していく。
彼らも又、深夜の出撃で誰にも知られないように粛々と出港する。
「川中島の戦いで妻女山を下る上杉軍の気持ちだな」
歴戦の幸運艦の代名詞である駆逐艦“雪風”艦橋で艦長の寺内はご機嫌な表情で艦橋にいる者達に話しかける。
小さな笑いが場を占めている時、各水雷戦隊の司令官からオンライン通信の合図が来て大湊から出港した全艦艇がモニターを起動する。
四分割されたモニターには各水雷戦隊の司令官が映っていて総指揮官『田中頼三』大将が映し出されると全員が敬礼する。
田中も敬礼するとこれから始まる史上最大の戦いに身を投じるが日頃の訓練通りにやれば何の心配もない事を言うと共に別世界の日本から来た者達に感謝を口先ではなく態度で示さなければならないという。
「我が艦隊は命令があるまで“さがみ”から指示された海域で停止して時を待つことになる。良く分からないが光の屈折を変えて他から見えなくするという光を出すとの事だ」
それから数十分間で会話が終わり通信が終了する。
寺内はモニターの電源を切ると艦内全体に伝わるマイクを握って喋る。
「少し長くなるが私から君たち全員に伝えたいことがある。私はこの“雪風”の艦長に任命された時、ある一つの事を誓った。一人も犠牲者を出さずにこの戦争を生き残ると決意したが残念ながら私の未熟な采配で九名の尊い犠牲を出した……」
寺内は今までの事を思いだしながらゆっくりと喋る。
何処にでもいる家庭の御両親や妻子から預かった二百三十九名の部下を、無事に家族の元へ連れて帰る事を。
それ故、特攻と言う手段を最低で最悪なものとして忌み嫌い、特攻の生みの親である大西滝次郎を軽蔑していたことを。
「それ故に再びお前達に誓おう! 誰一人として欠けなくこの戦いを潜り抜けて新たな祖国である日本を建て直す為に全員で生き残る! だから今からいう事を遵守するのだ! お互いに末期の酒を酌み交わし、家族に宛てる為に書いた遺書や遺髪を添える事は一切、厳禁と致す! そして、討ち死に覚悟で雪風の煙突に菊水の紋を書き入れるのも厳禁だ! 俺はお前達を死なす為に出撃したのではない! 生き残るためだ!」
この寺内の言葉に“雪風”の全乗員は大歓声を上げて全員揃ってこの戦いに生き残って新たな日本の復興をすると。
寺内は、同じ海軍兵学校の同期で落ちこぼれ組同志の中でも一番成績が最低であった『野島道治』中将を思い浮べる。
連合艦隊司令長官の木村に見いだされて一気に中将に昇格して第一戦隊の指揮官に任命されたという。
「まさかあいつが中将か、楽しみだな……再会が」
それは野島も同じで不死身の駆逐艦“雪風”艦長『寺内正道』と再会する事を楽しみにしていたのである。
駆逐艦”雪風”艦長『寺内正道』大佐ですが雪風関連の本で読みましたが立派な方だと改めて思います。現代の会社にこういう上司がいれば幸いなのですが。
次話はいよいよ本筋に突入予定です




