第86話:ニミッツ元帥の誤算?
神奈川県厚木航空基地の滑走路に数十機のゼロ戦がエンジンを吹かしながら待機している。
だが、その周辺には操縦士や整備士が一人もいない異様な情景であった。
「準備は終わりました! 全機、出撃準備完了です」
滑走路の端で双眼鏡を覗いていた一人の軍人が頷いて双眼鏡を目から外すと真横にいる無線機を持った部下に出撃命令の許可を出す。
数分後、滑走路に並べられていたゼロ戦が次々と離陸していき十分後には全機が発進していった。
「ふむ……無線誘導技術か、凄まじいな。あの無人ベニヤ板戦闘機“ゼロ戦”に米軍が騙されればいいのだが」
「小園司令! 信じられないのですがあれはベニヤ板製ですか? 小官には本物としか見えないのですが」
「うん、私も本物にしか見えないから貴官の目も正常だな」
厚木航空基地を拠点とする泣く子も黙る日本最強と言われた厚木航空隊であったが去年の九州方面に侵攻した連合軍に特攻隊として突撃させて三割の優秀な搭乗員を失ったのである。
あわや全滅するのではないかと危ぶまれたが石原莞爾の逆クーデターにより全特攻隊が廃止になり全滅は避けられる。
それから新たにラバウルや台湾及び大陸で活躍した優秀なパイロットを再集結させたタイミングで“さがみ”による特殊装甲塗料の提供を受けたのだった。
そして先程、出撃したベニヤ板製のゼロ戦は勿論、有泉が考案したもので本物そっくりに作成して特攻隊として突っ込ませて未だ日本は愚かな事をやっているのだと思わせる為である。
コストも信じられないほど安く有泉の世界で約一万円という破格な値段であった。
「この作戦の目的は米軍に未だ日本軍は特攻隊のみの戦法だと思わせるのです。我々のとんでもない兵器を匂わせる事は今は未だ無用です。これからも第二陣第三陣として無人ベニヤ板戦闘機を出撃させますので御協力の程をお願いします」
有泉の言葉に石原が全面賛成をして急ピッチに作成されたのである。
簡単な機体運動は出来るが高角砲や敵機には一瞬で撃墜されるのは織り込みであり敵に信じ込ませる事である。
「これも関東全域に展開しているメーザー砲で殲滅させる為の手順の一つです」
小園は一月前に石原莞爾から有泉を紹介してもらい色々と会話をしてここまで運ぶことになったのである。
「まあ、最後に我が国が勝利すればいいのだ! 小手先の子供だましの作戦でもな」
そう呟くと成功を祈って管制塔に向かって行く。
♦♦
米艦隊前衛部隊防空巡洋艦“ボルチモアⅡ”のレーダー員がレーダースコープに数十個の光点が示されたのを確認する。
「ジャップの戦闘機だ、噂のカミカゼかもしれないぞ?」
この報告は直ちに総旗艦である最新鋭空母“ミッドウェイ”に乗艦しているニミッツ元帥に報告がいく。
説明を忘れたがベニヤ板戦闘機と言ってもレーダーには捉えられる塗料を使用しているのである。
「日本機か、噂に聞くカミカゼアタックか……。よし、先陣の空母部隊に迎撃機を発艦させて日本機を叩き落せ」
ニミッツの号令の下、次々と護衛空母から戦闘機隊が発進して延べ百機以上が日本機の編隊に向かって行ったのである。
戦闘は僅か数分で終わったが勿論、日本機の編隊は全滅したが迎撃した米軍機から次々と無人機であるとの報告が入る。
「……どういうことだ? 日本には既にパイロットはいないという事か? それに気がかりなのは無人だが空を飛んでいる……ふうむ」
ニミッツの思案に大西洋畑一筋で勤務していた参謀がそれはドイツに技術提供をしてもらった名残で最後の足掻きなのではと言うとニミッツはそう受け入れる事にする。
ここにスプルアーンスを始めとする太平洋で日本海軍と戦った提督がいれば又、違ったではあろうが残念ながら殆どが海底であった。
「明後日の0500時に一気に最初の攻撃を仕掛ける! 第一次攻撃隊として五千機を出撃させて関東地方の軍事施設及び海岸陣地を破壊する」
ニミッツは勿論、一年前にカーチス・ルメイ率いる三万機という史上最大規模の爆撃隊が殲滅されたことに気を失うほどの衝撃を受けたがその時点で日本には前代未聞な兵器は無いと判断したのである。
この判断は“さがみ”や伊400がいない世界なら正解であったが彼の現状での考えは間違っていたのである。
「各空母の艦長に既に日本には我らの大編隊を阻止できる兵器は皆無だから思いきり暴れてよしと連絡するのだ」
ニミッツの命令は各空母に伝達されていく。
各空母では所狭しと甲板に並べられている最新鋭機を整備兵やパイロットが点検をしているが総海軍兵力の八割は新兵か配属一年未満であった。
その点が非常に不幸であったが例えそれが超精鋭であったとしても伊400の前では何の意味も無かったのであるがその恐怖を味わうのは未だ先の事である。
それ以上に油断というかドイツ以下の性能の兵器と兵士のみというのが欧州方面で戦った陸軍部隊の九割以上の認識であった。
その認識が正しかったか間違いだったかは未だ現時点では分からない…




