第40話:黒い噂?
昭和二十年十二月一日、帝都東京では新内閣の樹立がされていて新たに新首相となった『東久邇宮』を頂点として閣僚が発表される。
石原莞爾は昇級して大将になると共に陸軍省大臣を兼任する。
帝都防衛戦に関して石原莞爾はある策を練っていたがそれを実行するには例の未来から来た者達との連携が必須なのでまだ頭の中に収めていた。
海軍大臣には小沢治三郎が就任したが半ば強引に石原莞爾から頼まれて渋々と引き受けたのである。
新たに連合艦隊司令長官には明治以来の慣習を放棄すると共に前代未聞の人物が就任する。
『木村昌福』少将で、一気に大将に昇任して無理やりと言うか裕仁陛下の御言葉で連合艦隊司令長官に就任させたのである。
陛下の御言葉により木村は内心では大役を背負ってガクブルであったが陛下の御言葉で不思議と度胸が据わりやってやるという気概が沸き起こる。
「木村長官、おめでとうと言いたいが最早、我が国の海軍戦力は絶望状態にある故、そう名誉なことではないが頼みます」
海軍大臣となった小沢の言葉に木村は静かな笑みを浮かべて頷く。
ちなみに石原莞爾一派たちによる逆クーデターにより裕仁陛下を始めとする誰一人の犠牲も無く救出できたのである。
この快挙に裕仁陛下は大層、喜んで一兵卒にまで親しく挨拶をして礼を言ったのである。
だが、大陸情勢は悲惨とも呼べる惨状であった。
ソ連による満洲侵攻は最早、抵抗する存在は皆無で関東軍最高司令官も副官と共に割腹自殺を遂げて組織として関東軍は完全に崩壊していたのである。
そして日本本土からも満洲に住む日本人の救出も不可能な状態でありソ連により蹂躙されて女子供は凌辱されたりそのまま虐殺されたり男はシベリアに連れ去られて数十万の日本人が犠牲になったのである。
この惨状を知っても石原達は何も出来なかったが朝鮮半島の釜山までソ連軍が到達するまで未だ十日ある為、動員できるありとあらゆる船を調達して向かわせている。
日本に残っている残存艦船を動員しては? という意見も出たが戦闘艦を動員するわけにはいかないとなったが最早、搭載する艦載機がない航空母艦“隼鷹”を半島から逃げる日本人を収容する為に派遣する事を決定する。
「太平洋側の連合軍艦艇は日下艦長にお任せして木村長官はソ連の動向に専念して欲しい! 絶対に北海道や東北、日本海岸、千島列島に上陸させてはならない」
小沢の力強い言葉に木村は静かに頷くと残存艦艇全てを大湊に向かわせる事を許可されたが戦艦“長門”を動かす重油は日本には無いので浮き砲台として放置する事になった。
「長官、泣けてきますね……。かつては栄光ある連合艦隊旗艦であったのに……」
木村長官が残存日本海軍残存艦艇総旗艦である駆逐艦“雪風”に乗艦して大湊基地に移動する途中、浮き砲台となっている戦艦“長門”を眺めながら長官の横にいる『田中頼三』中将が呟く。
ソロモン海で武名を轟かした彼もかつての水雷戦隊の威容を思い出していた。
木村長官と田中中将はそのまま艦橋甲板に出ると離れていく長門を見続けていた。
「満州や朝鮮半島は悲惨な出来事が繰り広げられていると言うが俺達は絶対にソ連を北海道は元より東北、千島列島の一坪たりとも足を踏み込まさない!」
二人は改めて日本本土防衛を心に刻み込む。
一方、小沢は崩壊した海軍省で色々と作業をしていると小柳参謀長がやってきて声を掛ける。
「大臣、ちと噂を聞きましたがあまりよろしくない噂なのですが信憑性が低いので大臣の耳に入れようかと思いましたがよろしかったでしょうか?」
小柳参謀長は、マリアナ沖海戦から共に戦ってきた戦友なので大臣になった時、いち早く海軍省に異動させたのである。
小沢はこの御時世の中、下らん噂話も何かのヒントになるかもしれないと思いその噂を聞かしてくれと言う。
「『角田覚治』中将が生きているとの事で現在、噂になっているのですが?」
「角田? あの角田が? ……確かテニアン島の戦いで戦死したと聞いているが? マリアナ大敗の私が言うのは何だが民間人や部下を置いて逃げようとしたが戦闘に巻き込まれて戦死したと……悪いうわさが一部あるが……?」
小沢の言葉に小柳も頷く。
「その噂ですが本当はどさくさに紛れて米軍に投降して数々の暗号を始めとする情報を横流しにしているとの事ですが」
「小柳参謀長! 滅多なことを言わないように! 証拠も何もないしたかが噂だからね?」
小沢の言葉に小柳参謀長は詫びを入れて話題を変える。
♦♦
ウルシー環礁内に到着した特殊船団では原子爆弾の最終チェックが行われていて海中爆発の深度設定調整が行われる。
その調整を実施している作業員に黒サングラスを掛けた男が声を掛ける。
「どうかね? 原爆の調整は? 白鯨か、面白い! 日本はまだまだ神の御加護があるとみえるな」
サングラスをかけた男が声を掛けると横にいた長身の男が薄笑いを浮かべながら彼に喋る。
「ほう、だがそれも時間の問題だな! これで日本を救う存在は無くなるわけだ。そうだろう? MR.カクタ?」
MR.カクタと言われた男がサングラスを外すと顔中に傷跡が残る素顔を晒す。
「ええ、ジ・エンドですね! 愚かな指導者のお陰で我が祖国は破滅の坂を転げ落ちた。そんな旧体制の首脳部を排除して米国主導の日本を新たに構築するこそ死ぬ寸前であった角田覚治の仕事」
元日本海軍中将『角田覚治』は険しい表情をしながら日本本土の方へ顔を向けて目を閉じる。
「必ず、やり遂げて見せる!」




