第30話:トルーマンの激高
アメリカ合衆国首都ワシントンD・C ホワイトハウス大統領執務室にてトルーマン大統領は極東方面からの報告の詳細を記した書類を見ていたが手がブルブルと震えていて激高寸前の表情であった。
執務室内にいる閣僚達も真っ青な表情でじっと突っ立っていてかのスチムソン陸軍長官も茫然として立ち竦んでいた。
その理由は先の日本本土上陸戦にて地上軍の八割を喪失したばかりか輸送船や揚陸艦を九割以上の損害を経て組織としての行動が不可能になり作戦自体の根本的な変更が必要だったからである。
「……この報告は確かか? これが冗談だったら即、全員を銃殺にするぞ!」
頭から湯気が出てもおかしくない程の怒りに満ちたトルーマン大統領の言葉にスチムソンは震え声で確かですとはっきりと答える。
「わずか三日でサイパン・テニアン航空基地及び四千機の航空機・英国機動部隊・我が海軍の分離艦隊・そして地上軍二十七万の内、二十万が消滅!? 最新鋭戦艦が一瞬で三隻喪失だと? こんな馬鹿げた報告、誰が信じろと言うのだ!!」
力を込めた両手で執務室机を叩く。
凄まじい音がして机の上に置いていた書類やペンが飛び散る。
「し、しかし……大統領! これは事実に間違いありません! マッカーサー将軍とスプルアーンス提督の直筆の署名ですので」
一人の閣僚が必死に答えたがその言葉が余計に大統領を怒らせる。
「これが真実だと私も信じるがそんな事を聞きたいわけではないのだ! 一体、どんな新兵器を使ったのか? 若しくはあまりにもの油断をしていて大敗したのか? それを知りたいのだ、キング作戦部長! 敵の正体の報告は入っているのかね?」
大統領に振られたキング作戦部長だったが実は何も分からず、正体不明の謎の敵に殲滅されたとしか聞いていなくあの海域には海の悪魔が住み着いていてリヴァイアサンかモビーディックだと恐慌状態になっていると答える。
「敵の正体も分からないのか? スプルアーンスやハルゼーは何をしていたのだ!? それとマッカーサーも何を呆けていたのだ!? 無能者を今ここで罷免して予備役にぶち込むからハワイのニミッツ提督に打電するように! 欧州からアイゼンハワーを総司令官に任命する」
トルーマンの激怒を抑え込める人物は誰もおらずその決定がハワイのニミッツ提督に発せられる。
それからトルーマンは軍の立て直しを図るのが早急の事だと決めたが前の水準まで戻すにはどれぐらいの期間が必要か? と尋ねるとスチムソンが兵器のみなら上陸前の水準まで戻すのに一週間足らずでいけますが兵士達の戦闘に対する精神力が未熟であり万全な体制に戻すのに半年は必要だと答える。
トルーマンは再び激高する寸前であったが確かに彼のいう事は正しいと認識する。
「今から当面の方針を言うが賛成の者は手を挙げてくれ」
そう言うと大統領は以下の事を提案する。
「先ず、半年間の間に日本を回復させないためにソ連に対して満洲方面及び北海道に侵攻するように頼み込み日本軍を疲れさすのだ! それと原子爆弾の製造を早急に急がせて半年の間に二百発を用意するのだ! その為に必要な予算は幾らでも出す故、優先的に実施するのだ」
トルーマンの言葉にスチムソンを始めとする閣僚達は頷くがソ連に対しての満州と北海道に関しては好きにしてもいいとの事ですね? と質問するとトルーマンはあまり嬉しくない表情をしてやむを得ないと答える。
「スターリンの事ですから東北も寄こせと言ってくるに違いありませんね? その時はいかがしますか?」
トルーマンはペンを手に取ってコツコツと暫く叩いた後、はっきりと答える。
「満州・北海道と東北の統治を認めるとスターリンに言う事に決定する! だが、こんな結末になるとは誰もが思わなかったに違いないな」
「パナマ運河の件ですが完全に復旧するまで四ケ月頂きたいとの事です」
引き続きスチムソンの言葉に大統領はシブシブと頷くがなるべく早く迅速に復旧するように命令すると少しの休憩を取ることにして閣僚達が執務室を出て行く。
勿論、信頼厚きスチムソン長官も一礼して出て行く。
全員が出て行ったあと、トルーマンは溜息をつくと窓のほうに歩いていき外を見る。
「……ったく、ルーズベルト大統領はとんでもない宿題を押し付けたな、あの本土決戦も元はお前の野望の為のダウンフォール作戦だったな」
恨み言を一通り呟いたトルーマンは再び席に着き閣僚達が戻ってくるのをじっと待ち続けて十五分後に全員が執務室に入って来たので会議の続きをする。
「マッカーサーとスプルアーンスの両名はアイゼンハワー将軍が着任するまで引き続き日本方面の担当を任せるとしよう。カーチス・ルメイには太平洋上の基地を始めとして移動できる機体を全てマニラ方面に集結させるようにしてくれ! 半年間の間はB-29の爆撃と艦砲射撃で対処するのだ。ソ連の行動を助けてやろうではないか、腹ただしい事だがな? 既に南九州に上陸している我が国の兵士は至急に迅速に救出して沖縄やフィリピンに移送するのだ」
事実上、オリンピック作戦は頓挫して根本的に組み直す必要になりその期間が日本にとって助けになったばかりか日下艦長率いる伊400と石原莞爾の邂逅が生まれるのだがそれはまだ少し先の話である。




