第15話:新たな決意と智将の悔恨
日本本土侵攻戦に参加している米国艦隊から分離した戦艦と空母を含む強力な打撃艦隊は伊400の魚雷攻撃により戦艦と空母を全て失ったのである。
大混乱に陥っている艦隊を衛星から鮮明に映し出されている映像を見ながら“さがみ”や伊400の乗員が眺めていた。
「聞きしに勝る恐ろしい追尾魚雷だな、俺達を含む自衛隊は生身の敵に魚雷を打ち込む事はなかったからな」
有泉の言葉に柳本も頷く。
「これで敵の出方はどのようになると思われますか? 日下艦長」
有泉と日下がTV通信で会話をしていて日下は敵が執る行動は二つでそのまま無視して本土決戦を続けるか、対潜を備えた強力な艦隊を割くかだと言うと有泉も頷くと敵はどの方法をとるのか? その答えに関して日下は太平洋艦隊司令長官『ニミッツ』の心次第でしょうという。
取り敢えず、有泉から暫くの拠点となる孤島の座標を転送するので必要があれば来て欲しいとの事でこれからどうするのかと尋ねられた日下はこのまま、九州に針路を取って米国主体の連合軍を翻弄する事を言う。
「それなら日下さん、このまま針路を日本に取ればサイパンやテニアン島を通ることになりますが行きがけの駄賃として徹底的に破壊すればよろしいのでは?」
有泉の提案に日下はポンと手を叩くと力強く頷く。
例の十五センチ砲レールガンの威力テストを兼ねてサイパン・テニアン島を攻撃する事を決める。
「砲雷長、敵地攻撃弾に“GBU-43 MOAB弾”を使う」
「艦長! MOAB弾の連射でサイパン島の航空基地は消滅しますね? 爆撃機がいなくても地上施設もろとも吹き飛んで更地になってしまいますからね? 楽しみです」
この“MOAB”弾は、有泉達がいた世界では通常兵器の一つで先進国なら何処の国でも所持しているが昭和二十年代では恐らく経験したことがないであろう。
「……MOAB攻撃で恐らくマリアナ方面のB-29基地は消滅して中国大陸かフィリピン方面になると思うが……」
日下は発令所を見渡すと生き生きとした表情の乗員達が各持ち場で黙々と仕事をしている様子を見て決意する。
「(そうだ、俺にはこの艦の乗員全体の命を預かっているのだ。俺が持つあの忌々しい出来事に悩むのは全てが終わってからだ! この本土決戦での最終被害は数千万人の犠牲が出る戦いだ。米軍が原爆や化学兵器を躊躇なく使用するのならこの伊400の殺戮兵器を駆使してでも殲滅しなければいけないのだ)」
ずっとここ一年間、悩み続けて来た事を全て頭の隅に置いて新たに決意しなおすと心が穏やかになるのを感じる。
そんな様子を高倉先任将校は日下を見ていたがあの事を……少なくとも現在の段階では吹っ切れたのだと確信した。
「艦長、サイパン・テニアン攻撃するのなら全速力でいかないと」
「そうだな、在塚機関長! 速度五十ノットに増速だ! 新見、深度二千メートルまで潜航しろ」
日下の命令に在塚や新見は勿論、他の乗員もその命令に沿った各部署の役割を瞬時に把握して全員が動く。
その様子を見た日下は心の中で頭を何回も下げて有難うと復唱していたのである。
♦♦
山形県飽海郡高瀬村……
この地にて、満州事変の立役者であった石原莞爾は病床で入院していた。
最早、いつ亡くなってもおかしくない程、体が病で蝕まれていたのである。
意識が朦朧としていた彼は、夢を見ていたのである。
自分が亡くなった後、朝鮮半島で戦争が起きてそれで特需現象が起きて日本経済が立ち直ると共に発展を遂げていく様子が……。
東京オリンピックが開催されて新幹線が走り日本は経済大国になっていきあの米国を始めとする連合国の経済力を追い抜いた事を。
防衛に関しては、警察予備隊から始まり自衛隊として成立したがかつての日本軍の組織ではなく、米国に組み込まれている専守防衛型の軍隊になった事。
「ほう……日本は敗北したが不屈の精神力で連合軍を追い抜いたのか! 自衛隊の事はさておいてだが幸先が良いな」
石原莞爾は大いに笑みを浮かべてまだまだ続く未来の出来事を見て行くうちに表情が暗くなっていく。
それはかつての日本人としての気概を失い、愛国心が諸悪の権現として扱われて個人主義が蔓延っていき金しか興味がない日本の良き古いものが消えていく様を見せられていたのを見て憤怒の表情になる。
「何という体たらくだ! しかも靖国神社に参拝する事が戦争賛美!? ふざけるのもいい加減にしろ! 俺達はこんな日本にするために満洲事変を起こしたのではない!」
石原莞爾はそこで目を醒ます。
「……夢……か、だが……あの夢は俺が死んだ後の日本の姿なのだな、くそったれ! この病がなければもう一度、あの誇りを失った日本の未来を覆してやるものを!」
石原はふとベッドの横の新聞に目をやると例のクーデターの事が書かれていたことを思い出す。
東京で阿南大将率いる陸軍と海軍がクーデターを起こしてポツダム宣言を受け入れずに本土決戦の態勢に入った彼は憤慨するとともに日本という二千年以上続いた歴史の終焉を迎える事を悟る。
「……大馬鹿者達が!! 所詮は己の面子しか考えていない奴らだ。しかも皇居を抑えて陛下を人質にするとは奴らこそ大逆の謀反人だ! ポツダム宣言を受け入れた日本も将来の姿は最悪、本土決戦が行われた日本は更に民族滅亡と分割統治……どちらも最悪の極みだ。だが、最早この俺の命は尽きるのだ……」
石原はゆっくりと体を起こして外を見る。
のどかで外から雀の鳴き声が聞こえるが石原はその余裕もなく一筋の悔し涙が頬を伝わるのを感じる。
その時、強烈な白銀色の光に包まれると石原は気を失う。
どれだけ経っただろうか? ふと彼が目を覚ますと何もない白銀色の空間にポツリと立っていた。




