第14話:死神の鎌
伊400は深度七十メートルを六十ノットの高速で一路、日本本土へ向けて進んでいたが途中、パナマ運河が崩壊した過程で哨戒行動の為に第三・第五艦隊からそれぞれ部隊を出して真珠湾に向かっている艦隊を迎撃する為に長射程自動追尾魚雷の発射ポイントに向けて航行している時であった。
「艦長、後二十分後に発射ポイントです」
艦長室で休んでいた日下艦長の下に高倉先任将校が報告しに来た。
日下は了解とドアの外にいる高倉に声を掛けるとベッドから起き上がり軍服を着る。
ちなみに伊400の艦長室の広さは四畳半しかないがこれは日下の希望でこうなったのである。
制帽を被りドアを開けると高倉が敬礼する。
日下も敬礼を返して共に艦橋へ向かうがその途中で『新見信二』三等海尉と遭遇すると気さくに声を掛ける。
この伊400の乗員の内、十名程が海上自衛隊出身で入隊二年未満の新人が乗船していたのである。
「新見三等海尉も休憩だったのか?」
「はい、お陰様で体力気力充分です! 艦の操縦はお任せください!」
笑顔で答える新見に日下と高倉は頷いて三人で艦橋に行く。
発令所内に入ると新見は坂下少尉と操縦を代わり坂下はそのまま補助席へ座る。
「艦長、魚雷管制室から連絡あり! 魚雷を一番から八番まで装填完了! との事ですが次の命令は? とです」
「そのまま待機! 発射タイミングになったら連絡を入れる! 徳田少尉、魚雷を命中させる箇所だが戦艦は第二番砲塔下の弾火薬庫に命中させるようにしてくれ! 空母は爆弾や魚雷が保管されている箇所……ここに命中させるようにしてくれ! それで一発だけで撃沈する筈だ」
日下の細かな指示に対して徳田少尉は鮮やかな操作でタッチパネルを駆使していたのであった。
それから十分後、遂に発射ポイントに到達した伊400は深度四十メートルで停止すると最終チェックの命令を出す。
「魚雷管制室、異常なし!」
「核融合炉異常なし!」
「兵器管制システム異常なし!」
「無線関係異常なし!」
次々と異常なしとの連絡が入り最後の部署から異常なしとの報告が終わると日下は頷いて命令を出す。
「一番から三番までは連続で四番から六番はそれから一分後、七番・八番はそれから一分後に順次発射だ! 藪連管長、頼みます」
日下の頼みにスピーカーから威勢のいい声が聞こえてくる。
「任せて下さい!! 敵のケツの穴にでかいのぶち込んでやりますぜ!」
そして数十秒後、日下が遂に発射命令を出す。
伊400船首から死神の鎌に匹敵する凶悪な魚雷が放たれる。
核融合炉から発生する膨大なエネルギーを蓄積させての発射である。
「速度三百五十ノットで射程距離千五百キロ……未だ信じられない」
日下は大型スクリーンモニターに示されている八本の魚雷のシルエットが進んでいくのを見る。
そしてそれは遥か千キロ以上離れた海域を通常速度で航行している艦隊に向かって死神の鎌を振り上げている状態で突き進んでいく。
「命中まで十分です!」
♦♦
その同時刻、米艦隊分離部隊二群は順調に航行を進めていた。
真珠湾で大破着底した戦艦を引き揚げて再び戦列に戻してフィリピンの戦いで活躍した四隻の戦艦は正に威風堂々の姿をしている。
その戦艦“ウエストヴァージニア”防空指揮所にて『ドラン』少将が心地よい夜風に吹かれてタバコを吸っていた。
「のどかだな、明日はジャップの本拠地に殴り込み日だというのに俺達はバカンスか! そう思わなければやってられないな」
副官の『スミス・サー』少佐もそのことに同意する。
「彼らは神風の攻撃に晒されるでしょうな、どれだけの乗員が発狂するのやら? 半数が新兵だという事です」
そこまで言うと二人は空を見上げると北斗七星が煌々と夜空に浮かんでいた。
「……のどかだね、真珠湾まで三日か! そろそろ休むとするかね?」
ドランの言葉にスミスが同意しようとしたときにふと北斗七星の一つの横にある光点を見つける。
「副官、北斗七星のあんな所に星があったかな?」
そこまで言った時、戦艦“ウエストヴァージニア”全体が直下型地震に見舞われたかのような衝撃と轟音に包まれる。
第二番砲塔の真下にある弾薬庫に魚雷が命中して誘爆したのである。
一瞬でウエストヴァージニアは巨大な火柱を上げて真っ二つに折れて轟沈した。
僅か数十秒の事でドラン艦長とスミス少佐は何があったか分からない内に意識が刈り取られていったのである。
死神の鎌は遠慮なく米艦隊の空母と戦艦に襲いかかってくる。
「ウエストヴァージニア、メリーランド瞬時に轟沈です!!」
重巡洋艦“アラモ”にて防空指揮所で監視していたサブ軍曹が叫ぶ。
“ウエストヴァージニア”と“メリーランド”が突然、閃光と巨大な水柱が立ちあがったと思うと一瞬で船体が二つに折れて巨大な火柱を上げて沈んでいったのを見る。
戦艦“ミシシッピー”と“テネシー”が対潜行動をとろうと舵を切った時にそれぞれ二番砲塔下の弾火薬庫に魚雷が命中して爆発する。
弾火薬庫が爆発した影響で隔壁扉も役にたたないばかりか巨大で重たい扉が吹き飛んでくるのでそれに直撃した者は即死レベルであった。
次々に誘爆していき命中から数十秒後に二隻もまた、真二つに折れて巨大な火柱と共に沈んでいく。
正規空母であるエセックス級“ホーネットⅡ”では瞬時に味方戦艦が轟沈したのを目のあたりにして急いで対潜戦闘態勢に移行命令を出そうとしたときに魚雷が命中して巨大な水柱が立ったと思うと三万トン級のエセックス級空母は爆発音とともに船体中央から折れて轟沈する。
この部隊から七キロ離れた所を航行していたオルデン率いる艦隊からも巨大な水柱と共に火柱が立ちあがる様子が見れた。
「何が起きた!? ジャップの潜水艦か? ここはミッドウエイ近海なのだぞ? 今のジャップにここまで来れる潜水艦はない!」
オルデンが口角泡を出しながら叫んでいると突如、正規空母“エセックス”と護衛空母“カサブランカ”に巨大な水柱が轟音と共に立ち上がり護衛空母は海面から持ちあがると共に船体の竜骨がバキバキと音がして割れて真二つに折れて沈んでいった。
“エセックス”も水柱が収まった時にはこれもまた,船体が折れて甲板上に並んでいた艦載機が乗員と共に海面に滑り落ちて行った。
「……俺は……夢を見ているのか?」
オルデンが茫然として呟いた瞬間、戦艦“サウスダコタ”に魚雷が命中して弾火薬庫で爆発する。
何が起きたか分からずにオルデン艦長は巨大な火柱に一瞬で呑み込まれて絶命する……。
“サウスダコタ”の船体は粉々になって海中に沈んでいった。
そして戦艦“ノースカロライナ”も死神の鎌から逃れることは出来なく爆発の衝撃で船体が三つに割れて海の底に沈んでいった。
巡洋艦・駆逐艦は、恐怖と探知できない敵の存在にパニック状態に陥り手当たり次第、無数の爆雷を投下したが手ごたえは全く、なかった。




