始まりはヒトメボレ。
第一話 始まりはヒトメボレ。
中3の冬。
一般的にはクリスマスや、冬休み、
僕は生きる活力を失っていた。
剣道で有名だった僕はスポーツ推薦の話が来ていた。
高校でも剣道で活躍して、将来は警察官になるのが目標だった。
だが、親の離婚でその高校にはいけなくなった。
絶望した。
それに加えて、姉がうつ病になってしまい、母だけの収入では暮らしていけない。
母は泣きながら僕に
「こんな親でごめんね、、」
「大丈夫だよ。お母さんは何も悪くない。高校には行かずに働くよ。」
泣いている母の背中をさすり母にそう言った。
本音ではない。
昔から裕福とは言いがたい生活を送っていた。
父の怒鳴りあげる声、飛び交う暴言、割れた食器、泣いている母、僕の家では日常だった。
母が苦しんでいたのも知っている。
離婚になってやっと解放されたんだ。
僕には姉と妹がいる。
これからは僕が母を支えてあげないといけない。
なんでこんな家に産まれたんだろ。
剣道は唯一僕が輝いていれるところだったのに。
奪われてしまった。
最悪だ。
本当に嫌になる。
剣道できならもう高校なんて行かなくていい。
行きたくない。
この2つの思いが重なって出た言葉だった。
「高校は絶対に卒業してほしい。バイトばかりでちゃんとした高校生活は送らせてあげれないと思うけど、あなたの将来のためにも高校だけは卒業して。」
母は17歳で姉を産んだので高校を中退している。
そして2年後には僕も産まれた。
母の20代は苦しい生活の中僕たちを育てることに必死だった。
「あなた達を産んだことには後悔してない。でも、高校卒業しておかないと本当に苦労するよ。私みたいになって欲しいくないから高校だけは絶対に卒業してほしい。」
苦労してきた母を知っているのでその言葉は重かった。
正直剣道できないなら行きたく無い。
嫌いな授業を受けて終わればバイトに行かないといけない。
そんな日々を送るくらいなら行きたくなかった。
でも、母にこれ以上負い目を感じてほしくなかった。
これ以上母が苦しむのを見たくなかった。
「わかった。近くの高校に行ってバイト頑張るよ」
「本当にごめんね、、」
僕は謝り続ける母をみて、剣道をやめることを決め、高校に行くことにした。
次の日、学校の先生に公立高校を受験することを伝え、受験勉強を始めた。
受験勉強をしてなかったので周りより遅れている僕は入れる高校は限られていたので少し離れた高校を受験した。
そして合格発表の日、母と一緒に高校に見に行った。
夜勤明けで疲れているのにわざわざ来てくれた。
受験勉強が遅れていたので学校の先生から受かるのは厳しいと言われていたのもあって、受からなかったらどうしようと気持ちで不安だったのだろう。
そして合格者の番号が貼り出された。
番号があった。
周りは喜んだり、泣いたりしている子が多かったが僕はなんの感情も湧かなかった。
「ちゃんと3年間通いなさいよ。」
母はほっとしていて、嬉しそうな顔で僕に言った。
母の嬉しそうな顔を見れてよかった。
「留年しないように頑張るよ。」
僕はそう言って母と家に帰った。
これから高校生活が始まるんだとゆうワクワクした気持ちが沸くこともなく、なんの期待もしていなかった。
ただ中学生から高校生になるだけ。
そんな冷めた考えばかりして4月を迎えた。
今日から高校生活が始まる。
用意をして、新しい制服に袖を通した。
「いってらっしゃい。入学式行けなくてごめんね。」
「大丈夫だよ。いってきます。」
夜勤明けの母と妹に見送られ、家を出た。
この時はまだ、高校は卒業さえできればいいと思っていた僕に、春がくるとは思ってもいなかった。
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家から学校は少し遠く、電車とバスを乗り継いで1時間半くらいかかる。
駅は通勤ラッシュってこのことかと実感するくらい人が沢山いた。
「これが毎日続くのはいやだなぁ」
音楽を聴きながら、やっぱり高校に行くのは面倒だなと考えていた。
「初日からこんなことで嫌がっていて本当に3年間通えるのかよ 社会人は毎日にこれが続くんだよな 一生中学生のままでいれたらいいのに」
考えれば考えるだけ嫌なことばかり思いつく。
これほど無気力でマイナスなことばかり考えてしまうことなんて今までなかった。
聴いている音楽も全然耳に入ってこないので消した。
考えるのをやめて呆然と電車を待っていると後ろから肩を叩かれた。
「やっぱり!カエデじゃん!同じ制服ってことは、、、北高なんお前!?なんで受けるって教えてくれんかったんや!? てっきり剣道で私学行ってると思ってたわ!」
周りの人が振り向いてしまうくらいの声量で話しかけてきたのは少しチャラい幼なじみの神崎ヒカルだった。
ヒカルとは幼稚園からの付き合いで、家も近かったこともあり、小学生の頃はよく家に行ったり、家族ぐるみで出掛けたりするほど仲が良かった。
中学では同じクラスになることも無く、お互い部活が忙しく、すれ違えば話をしたりするくらいで最近はほとんど接点がなかった。
離婚したことも知らないのだろう。
「私学には行けんくなったから、ギリギリで進路変えてん てか、俺もヒカルが北高受けるって知らんかったし」
「俺も言ってなかったか! まさか高校も一緒になるとわなぁ〜 まぁまたこれから3年間よろしくな! そういえば北高って剣道部あるん??」
僕は親が離婚したことともう剣道は辞めたことをヒカルに話した。
いつもニコニコしておちゃらけなヒカルだか、この時は少し悲しそうな顔をしていた。
「そうやったんかー まぁ俺と同じ高校通えるからええやん! 朝毎日一緒にいこや!」
ヒカルはいつもの明るい調子で僕にそう言った。
裏表ない本当に優しい奴だ。
リーダーシップがあって、クラスではいつも中心にいるみんなの人気者、アニメの主人公の様な奴だな、と昔から思っていた。
「ヒカル朝弱いんやからちゃんと起きてな」
これからヒカルと登校することになった。
電車はゆとりがなく、窮屈で最悪だった。
いろんな人の匂いが入り混じり、なるべく息を吸わないようにした。
駅に着き、人を押し退けながら外に出た。
降りるのも一苦労だ。
2駅だけなのにすごく長く感じた。
その駅からバスに乗り高校へ向かう。
歩いても行ける距離だったが、山の上だったので電車通学の人は大体バスに乗るのが当たり前だった。
バスの1番後ろの窓側に乗った。
窓の外を見て、自転車で通学してる人、歩いて坂を登って通学いる人を追い越していき、バスに乗ればいいのになと考えているうちに学校の前に着いた。
門を潜ると、掲示板の前に人が群がって騒いでいた。
それぞれのクラスが書かれて貼り出されていたのだ。
僕は7組でヒカルは8組だった。
「また同じクラスじゃなかったなー」
「8クラスもあるし、同じ中学やから、一緒なる方が奇跡やろ」
そんな会話をして一緒に校舎に入った。
教室がある校舎は4階建てで、7組と8組だけ3階にあった。
3階は主に2年生の教室で端っこに7組と8組の教室があり、廊下は2年生がいっぱいだったので、ヒカルと僕は小走りですり抜けるように教室に向かった。
「いきなり他学年と同じ階って嫌やなー どうせなら4階がよかったな 絡まれへんようにしよ笑」
「確かに嫌やなぁ。中学みたいに知り合いが多いわけさじゃないから気まずいし、普通に怖いし」
一年しか変わらない先輩達はすごく大きく見えた。
緩んだネクタイ、短いスカート、先輩達を見るだけでこの高校の雰囲気がよくわかる。
「んじゃ、また放課後で!」
そう言って隣の8組のクラスへすんなり入っていった。
ヒカルの人見知りをしない性格、恥ずかしいとゆう感情ないのか、何の躊躇いをも無く入れるヒカルを羨ましいと思いながら、教室の扉を開けれずにいた。
この学校には聞いたところ、ヒカル以外に知り合いは多分居ない。どんな大事な試合よりこういう場面の方が緊張する。
扉の前でうじうじしていると、肩をとんとんと叩いてきた男子がいた。
「入らへんの?入らへんのなら先入るで」
目が切長で強面の男子が少し不機嫌そうに扉の前でうじうじしてた僕に言った。
同じクラスの男子だろう。
僕はびっくりしたが確かに邪魔だったなと反省して、この男子が入るタイミングで教室に入った。
教室は僕が思っていたより静かだった。
もっと同じ中学だった集団とか、陽キャラ女子達が自己紹介をして盛り上がってると思っていたが、意外にもそれぞれの席に座って携帯を触っていた。
黒板に貼られた座席表を確認し、自分の席についた。
みんなと同じように携帯を触って時間を潰そうと思って、携帯をポッケから出そうとした時、肩をとんとんと叩かれた。
「さっきなんで入らんかったん?いきなり話しかけてごめん!俺渡邊ケンタよろしく!」
僕の後ろの席に座ったのはさっき扉の前で声をかけてきた男子だった。
「俺は和喜カエデ、よろしく。この学校知ってる人おらんから緊張して教室入るの躊躇ってん。」
「そういうことか!扉の前立ってるのに、全然入らんから何してんのやろって思ったわ!ケンタ言い方キツいって言われるから、キツく聞こえてたらまじごめんやで!」
「大丈夫やで。確かに邪魔やったから言われて当然や。言い方より顔の方が怖かったで」
「まじか!顔怖いもよく言われるねんなぁ。全然怒ったことないねんけどな!」
最初の怖そうな印象とは全然違う、一人称を自分の名前なのが男子では珍しいなと思ったぐらいで、ヒカルに似て人当たりがいい人だった。
次々と教室に人が入ってくる中、ホームルームが始まるまでの時間はケンタと話しをして時間を潰した。
ホームルームが始まった。
担任は笹塚先生という女性の先生だった。
入学式が始まるまでに時間があったためそれぞれの自己紹介をすることになった。みんなボケることも無く、名前と好きなものを言って拍手で終わる、盛り上がることも無く自己紹介が終わった。
そして時間になったので、廊下に並んで入学式に向かった。
まだ最初だからなのか、ホームルーム中も誰も私語をせず、廊下に並ぶ時も喋っているのは僕とケンタくらいで、本当に静かだった。
それに比べて隣で同様に並んでいる8組はとても賑やかだった。
「うるさすぎるのは嫌やけど、あまりにも静かすぎひんこのクラス!?陰キャしかおらんのちゃうん!」
「そのうち慣れ出したら話すやろ。俺はうるさいよりは静かな方がいいかな」
「ケンタ8組みたいな賑やかなクラスがよかったなー。行事とか盛り上がりたいやん!?青春してるぅ〜って味わいたいやん!?」
「それなら8組の方が楽しめるやろなー」
僕とは違って高校生活をエンジョイしたいと思っているケンタには、このクラスは不満だろう。
高校生活に興味のない僕は、このまま静かなクラスで三年間終わればいいのになと思った。
そんな会話をしていると、式典などで流れる典型的な演奏が聴こえてきて、一組から流れるように体育館に入って行き、入学式が始まった。
久しぶりの早起きだったからか、式中は睡魔に襲われてほぼ寝ていたので、早く終わった気がした。
教室に帰るとクラスでの委員決めが始まり、ケンタは委員長になりその他の委員もすんなり決まった。
そして終わりのホームルームが始まり、ケンタの号令で今日は終わった。
カバンを持ち、ヒカルいる8組へ向かうと、まだホームルーム中だったので廊下で待っていた。
すると、ケンタが話しかけてきた。
「8組の誰か待ってるん?」
「そうやで。同じ中学の友達」
「そうか!ケンタも8組に一緒に登校してる友達おるねん! てか、その友達が言ってたんやけど、早瀬すずちゃんに似てるめっちゃ可愛い子おるらしいねん!どの子か探そうや!」
早瀬すずちゃんは、今大人気の女優で、僕らの世代では知らない子はいないくらいのかわいい有名人だ。
流石に早瀬すずに似ていると言われて興味が湧いたのでケンタと一緒に、教室を覗いて探した。
するとケンタが、
「カエデ多分あの子や!」
指をさして僕に教えてくれた。
確かに雰囲気が似ていると言われれば似ているくらいの感じだった。
だが、僕はケンタが指を差した子より、奥の席にいた茶髪の女の子に目がいった。
顔は前を向いていてはっきり見えない。
入学早々に茶髪で来るなんて度胸あるなと思いながら、見ていた。
「全然早瀬すずちゃうやん!!!!」
ケンタの大きい声が教室中に響き渡り、茶髪の女の子がこっちを向いた。
僕はこの瞬間、今までに味わったことない感情になった。
目が合っただけなのに、急に胸が苦しくなり、心臓の音が周りに聞こえいそうなくらい大きく聞こえた。
「カエデこっち!」
ケンタに腕を引っ張られ、7組の教室の前に移動した。
ケンタが何か僕に話しかけているのがわかるが全く耳に入ってこない。
さっきのことが頭の中でフラッシュバックして、鼓動が止まらない。胸が締め付けられる。
五分くらい経って少し落ち着いた僕は気づいた。
好きだ。
僕は一目惚れをした。
名前も知らないあの子に。
読んでいただきありがとうございます。