27、花市①
とある秋の夜長、ウォード邸書庫に月明かりが差し込む。
マリーは一人、手元の本を見つめていた。青地に金の文字が刻まれた古い本である。それは「虫干し」の折、ビビアンたちが興味を示していた所謂魔術書と呼ばれるものだ。
「願いを成就させる方法」と書かれたページをめくる。
マリーは、ビビアンに幸せになってもらいたい。
死んで戻ってきたという、尋常でない経験をしたからだけではない。
彼女が幼いころから成長を見守り続けてきた。気が強くて直情的で、いつも一生懸命なビビアンを彼女は愛しているからだ。
だからこそマリーは、夏の盛りにビビアンが倒れてから、自分の中で生まれた不安を制御できず、デューイに対して厳しい態度になってしまっていた。
自分の不躾な態度に呆れ、思わず息をつく。
ビビアンの幸せとマリーの願いは矛盾するものになるだろう、という考えから目を背けながら。
◆
ビビアン達は秋の花市に赴いていた。
「花市」というのは、春と秋の年2回、この地域で開かれている市場である。
行楽で地方へ向かう貴族たちが通る街道で、彼らの目に留まるようにと生花を売り出したのが始まりと言われている。それが賑わっていくうちに、各地を巡る行商たちも参加するようになった。
今では各地の名産が集う、この地域では数少ない住民たちの娯楽の一つである。
という訳で、ビビアンも喜色満面で市場を巡っている。いつも花市はデューイと共に参加しているが、今回はデューイの方から誘いがあったのだ。
例のごとく後ろにマリーやバートが付き従っているが、これはもう立派なデートである。
隣を歩くデューイを見やり、ビビアンは興奮を抑えられずにいた。
「やっぱりにぎやかで素敵ね! 正直、普段ここは田舎すぎて若者が流出するのも納得ですもの!」
「正直すぎるだろ」
はしゃぐビビアンをデューイが諌める。ビビアンは構わず、デューイの眉間に寄ったしわを指先で押す。
「ほらほら、怖い顔なさらないで? あら、見てくださいな。食器なんかも扱ってるみたいですよ?」
ビビアンは笑って露天商の方を指さす。デューイは小さく息をついて、示された方へ顔を向けた。
昔の名残で季節の花を扱っている店も多いが、ここは陶磁器を扱っている店のようだ。白地に様々な柄で縁どられた食器類が並んでいる。
行商の店主がにこやかに話しかけてきた。
「お目が高いですね旦那! この皿なんか変わった柄で……」
「東方の陶器ですね。お花をかたどっているんですけれど、記号的なのに可愛らしくて、とっても素敵でしょう」
ビビアンが横から得意げに説明する。店主は言葉を奪われ苦笑いをした。
デューイが皿を見る。食器に可愛いと感じたことがないデューイは首を傾げた。
「可愛いか?」
「丸くて不思議な色で可愛いでしょう!」
ビビアンはビシッと皿を指さす。
「不思議ですよね。同じものを見ているはずなのに全く違う捉え方をしているんです」
続けたビビアンの言葉に、デューイは目元を緩めた。その柔らかな視線にビビアンは調子に乗る。
「まあ、うちの商会ではよく扱っている物ですから?! 東方の物はむしろ馴染み深いですけれど!」
「行ったことないくせに……」
「ちょっと?!」
ビビアンはデューイの腕を叩いた。デューイは笑ってしまう。それから、何事か思い至ったのか、表情を落ち着けた。
ビビアンが首を傾げる。
「デューイ様?」
「いや、その」
デューイは口の中で言葉を探す。
「前に、結婚したらビビアンに、庭の管理とかしてもらいたいって言ったよな。でも、もしビビアンが商家としてやりたいことがあるなら……」
彼の言葉にビビアンは目を丸くした。商人として働いても良い、ということだろうか? 考えたことは無かったが、そういう選択肢もあるのかと驚く。
暫し考え、首を横に振る。
「今は考えていませんわ。わたしが好きなのは素敵なものを紹介することですから。それに、デューイ様に話を聞いてもらう時が一番楽しいんですもの」
ビビアンはデューイを見つめにっこりと微笑んだ。
「でも新婚旅行に東の方に行ってみるのも素敵でしょうね!」
異国情緒あふれる光景にデューイが居たら……と想像しただけで口元が緩む。ビビアンの言葉にデューイは微笑んだ。
その瞳があまりに慈しみに満ちていたので、調子に乗っていたビビアンは却って気恥ずかしくなってしまった。
店の前でいちゃつく二人に、露天商の店主が苦笑いする。
気付いたデューイが気まずげに話題を変えた。
「そろそろ昼飯にするか」
しかし、デューイたちに気付いた領民から声を掛けられ続け、昼の時間を大きく過ぎてしまった。結局昼食の席に着けたのはほとんど午後のお茶の時間だった。
「もう! 皆、デート中の二人に無神経に話しかけすぎじゃありませんこと?!」
「四人で歩いているからデートには見えないんだろ」
「まあ! 可愛くないお口だこと!」
「お嬢様、お行儀が悪いですよ」
ぶん、とフォークを手元で振るビビアンにマリーが咎めた視線を送る。
そんな時である。
「坊ちゃんっ!」
血相を変えた男が一人デューイの元へ駆けつけた。地元の商人の一人で、彼も花市に出店している。
男は息を荒げたまま叫んだ。
「坊ちゃん! 来てくだせぇ!」




