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2、調査


──ああ! デューイ様が死んでしまった!


 ビビアンがその報せを受けた時、血の気が引きすぎて失神してしまった。目が覚めると側付きのメイドに泣きつかれていた。


 乳母と呼ぶには若すぎるが、生まれた時に母親を亡くしたビビアンを、母や姉代わりとして導いてきた存在だ。導いた結果が婚約解消なのだが、ビビアンにとっては間違いなく信頼できる存在だった。


「マリー、大丈夫よ」


 ビビアンはベッドから起き上がろうとした。だが、全く力が入らない。指先が尋常ではなく冷え切っている。


「マリー、わたし大丈夫じゃないみたい」

「お嬢様!」


 メイド──マリーはビビアンの上体を起こす。ビビアンは自分の指を温めながら、回らない頭で考える。


「えっと……、そう、喪服を用意して。葬儀はいつ? わたしって参列できるのかしら」


 それが、とマリーが躊躇いがちに告げた。


「葬儀はご身内だけで終わらせてしまったそうなんです」

「なんですって?」


 ビビアンは動きを止めた。デューイは男爵家といえども貴族の嫡男である。少なくとも関係者や周辺貴族には公の場で伝えるのが通例だ。ビビアンが呼ばれないにしても、葬儀自体を行わないのは不自然だった。


「では、全て終わってから通達が来たということ?」


 マリーは頷く。ビビアンはようやく思考がはっきりしだした。


 何かがおかしい。

 何かが隠蔽されている。


 これは直感だった。長年アークライト家と接し、調べ尽くしてきたからこその違和感である。

 

 アークライト家は確かに小さな男爵家だが、仕事ぶりは実直だし、義理堅い家だった。そして嫡男であり一人息子であるデューイを愛していた。だからこそ家族だけでひっそりと、というのも考えられるが、腑に落ちない。

 

 もはやビビアンはデューイの関係者ではない。個人的にはまだ幼馴染だと思っているが、いまやアークライト家に近付くことすらできない。だが、そんな社会的な立場で縛られるビビアンではなかった。


「わたしをフったくせに……なに死んじゃってるのよッ! 納得できないわ!」


 こうして彼女の第二の付きまとい、もとい身辺調査が始まったのである。





 デューイ・アークライトの不審死を調査するのは存外容易かった。ビビアン自身がアークライト家周辺を嗅ぎまわれば怪しまれるが、ビビアンには自由に動かせる駒がある。


 かつて雇っていた密偵である。彼を使って聞き込みをしたところ、凡その姿が見えてきた。


【デューイ氏は数か月前から時折人が変わったようになったという。当日は、夕食の直後に眩暈を訴え出す。ふらつき、嘔吐などの症状がみられた。非常に興奮した様子で、心配する使用人たちに激高していた。夫人が寝室で看病したようだが、深夜に絶命。


 奇妙なことだが遺体は使用人すら確認していない。使用人達が主人の遺体に別れを告げたいと懇願するが、許されなかった。深夜、速やかに埋葬される。


 事件性は濃厚。他殺の可能性も否定できない】

 

 大きく息を吸う。ビビアンは報告書を握りつぶさないように努力せねばならなかった。この中に真実への手がかりが隠されている。一文字だって見落とせない。


 だというのに、文字が滲んでしまう。デューイの死の様子を読めば読むほど、涙が報告書を濡らしてしまう。


 どれほど苦しかっただろうか? 無念だっただろうか。


 ビビアンの大好きな人がこんな最期を迎えて良いはずがない。


 こんなに突然に、誰にも見送られずに土の下に眠って良いはずがない。


 ビビアンは初めてデューイを悼んで泣いた。


 どれくらいそうしていただろうか。


 涙を拭いて、後ろで控えていたマリーに報告書を渡す。


「少し風に当たってくるわ。……一人になりたいの」

 

 付いて行こうとするマリーを手で制す。マリーは躊躇いながら了承した。






 あてもなく歩きながら、ビビアンは風に吹かれていた。火照った頬が冷めると、それだけ思考もまとまってくる。


 先程の報告書を読む限り、アークライト家が何かを隠蔽しているのは明らかだった。遺体を見られると困るかのように人目を避けていたのが分かる。


 気付けば足は自然とアークライト邸に向かっていたようだ。ビビアンのウォード邸から馬車ではすぐの距離だが、かなり歩いてきてしまった。今は近付くこともできないが、遠くから白い花に囲まれた庭が望める。


 遠目から見ても随分手入れされているな、と感じた。ビビアンの知るアークライト家はこれほどまでではなかったので、他者の影響なのだろう。例えば、デューイと結婚した伯爵家の女性だとか。


 ビビアンが立ち止まったとき、死角から何かがぶつかる。


「は……?」


 ぶつかられた先を見ようと体をよじると、ぬちゃ、と何かが触れた。


 血だ。

 ビビアンの脇腹にナイフが突き立っている。


「えっ」


 血が出ている。ナイフが刺さっている。認識した途端、身体が支えられなくなる。


 うそ、わたし、死ぬ──?

 

 ふり返ろうとして、ビビアンの視界は急速に薄らいでいった。


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