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18、領地視察④

 ビビアンが目を覚ましたのは、その日の夕暮れ時だった。


 上体を起こし、大きく伸びをする。しっかり眠ったためか頭がスッキリしている。


 なんかめちゃくちゃ幸せな夢を見ていた気がする。デューイにお姫様だっこをされる夢だ。そしてデューイがずっと手を握っていてくれた。我ながらなんて乙女な夢……と恥ずかしくもうっとりと思い返していると、ここがウォード邸の自室だと気付いた。


「起きたか」


 傍から声がかかり、ビビアンは必死に思考を巡らせた。そこにはちょっとくたびれたデューイが座っていたからだ。


「デーイ様、あれ、確か今日は……」

「倒れたのは覚えているか?」


 ばっちり思い出した。


「わたし、眩暈を起こして……」

「今日はかなり暑かったからな。それで体調を崩したそうだ」


 ビビアンは恥ずかしくて顔を覆った。勝手に仕事について行って体調を崩すなんて、迷惑でしかない。そしてふとある可能性に辿り着く。


「あれ、では、お姫様だっこされたのは夢ではなくて……」

「おひ……まあ抱えたけど……」

「勿体ない!!」


 ビビアンは叫んだ。また、よく覚えていない時に素敵な体験をしていた! デューイは一人で勝手に絶望するビビアンを見て、深く息をついた。

 この様子だと、あのうわ言は覚えていなさそうである。それに安堵するような、自分だけ居たたまれなくてズルいような、微妙な心持になる。

 恨めしくビビアンを見つめていたデューイだったが、泣きそうな顔でデューイを呼ぶビビアンを思い出し、視線を外した。


「元気になったらしてやる」

「ご褒美?! どうされたのデューイ様。デューイ様も暑さでやられてしまったのですか?」

「……ビビアン、俺も今回のことで反省した」


 ビビアンは首を傾げた。今回、デューイが反省することがあっただろうか? 当惑するビビアンに見つめられ、デューイはかなり言いにくそうに言葉を紡いだ。


「そもそもの噂を招いたのは、俺の態度が問題だった」


 他の女性と噂になるような態度でビビアンに接していたのが問題だったのだ。デューイは噂を、そして噂を聞いたビビアンを思い出して歯噛みした。


「俺は、妻となる人は、一緒に領地を守る共同経営者だと思っている。パートナーが誹られて良い訳が無い。もう誰にも、そんな隙は与えない」


 ビビアンはデューイの瞳が燃えるように揺れたのを見て、彼が怒っているのだと理解した。


「俺の婚約者はビビアンだ」


 だめ、泣いてしまうわ。ビビアンは必死で瞳を逸らした。デューイは恥ずかし気に語調を落とした。


「でもその、情けないけど、俺の中でまだ気持ちの整理がついてないから、明日から頑張るから」


 明日から頑張る。デューイにあまりに似合わなくて、ビビアンは笑ってしまった。拍子に涙が零れる。


「わたしとの将来を考えてくださってるのね」

「……当り前だろう」

「嬉しい。ねえ、もっと将来のお話をなさって?」


 デューイの言葉はビビアンと結婚して以降も想定しているものだった。無意識にデューイが死んでしまう日までの期間に囚われていたビビアンは、そこから続く未来について考えていなかった。


「ねえ、未来の私たちってどんなことをしているかしら」

「ビビアンのやることは突拍子がないからな。今日言っていたことも気になるし……。ああ、でも」


 デューイは考えてから恥ずかしそうに続けた。


「庭園の管理はビビアンにやってもらいたいな。ビビアンは植物の効能とかに詳しいし」

「……素敵」


 ビビアンは潤んだ瞳を細めた。


 ──この世界に安心なんてない。


 それでも、デューイと目指す未来を思い描くことの、なんと勇気が湧いてくることだろう。


「デューイ様、大好きです」


 デューイは俯いて小さく頷いた。その横顔が真っ赤だったので、返事が無くてもビビアンは満足だった。





 ◆

 数日後、卸業者のバートは領主の息子を前に困惑していた。

 連絡すると言われてはいたが、向こうから事務所を訪ねてきた時はまさか責任を取らされるのかと思った。だが今はそれ以上に混乱している。


「今なんと?」

「バート、俺の元で働かないか?」


 何故そうなる。バートは元から険しい目つきをさらに鋭くした。


「君のその癖は、目が悪いからだろう? この部屋の書物だけでも相当な量だし、かなり読書家だな。応急処置の知識も助かった」

「本なんて父の物かも知れないでしょう」

「君のお父さんには昔からお世話になっているって言っただろう。あの人はこんな難しい本は読めない」


 デューイは事務所を見回して言った。ぐう、とバートは唸る。


「道路の申請書も君が書いたものだろう? 優秀な人材だと思った。卸業をして鍛えられた体力があるのも理想的だ。俺と一緒に働いてほしい」

「……おれは既に事業を継いでいるんですよ?」

「親父さんには俺が頭を下げる」

「そもそもどうして部下を増やす必要があるんですか?」

「婚約者に進言されたのもある。この間倒れたのは彼女だったが、俺のやり方では実際限界があると感じた」


 バートは目の前の青年を見つめた。確かに、バートは知識欲の強い若者である。昔から読書が好きで、手当たり次第に読み漁っていた。漠然と研究職を希望していたが、長男であるし、何より平民であるために断念したのだ。自分の能力が認められたことに興奮が抑えられない。

 しかし、と彼は否定を口にした。


「おれは平民ですよ。おれみたいのを連れまわしては貴方の品位に関わる」


 デューイは思わず吹き出し、目元を和らげた。美青年の突然の微笑にバートはちょっと気圧された。


「不満がそれだけなら、おれと来てほしい」


 それに、とデューイは続けた。


「婚約者の威を借りるようで嫌だが……、ウォード邸には巨大な書庫があるんだ。毎年関係者総出で整理している」


 バートはピクリと肩を揺らした。豪商の蔵書。それは卸業者として倉庫の管理をするバートの人生では、一生到達できない量だろう。彼は思わず喉を鳴らした。気恥ずかさを誤魔化すように咳払いする。


「そうですね。誠心誠意、務めさせて頂きます」


 逞しい成人男性が可愛らしく見えてデューイは笑った。






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