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資産家令嬢に愛と執念の起死回生を  作者: 渡守うた
二章 伯爵家の夜会
10/44

10、夜会②


 さて、一人になってしまったビビアンは会場を見渡した。


 再三述べるが、ビビアンとデューイのような、貴族と資産家の縁組は珍しいことではない。この夜会にも、ビビアンと同様に貴族と婚約している資産家の令嬢が何人か参加している。

 

 とりあえず彼女らに挨拶することにした。見ると、既に彼女たちで連れ立っているようだ。


「皆さんこんばんは」

「ビビアンさん、お久しぶりね。デューイ様は?」

「あちらで男性同士楽しまれていらっしゃるわ。皆さんもお連れの方は……」

「知らないわ、あんな人。好きに遊んでるんじゃない?」


 一人の令嬢がぷりぷりと怒り出す。どうやら会場に付いた途端置いて行かれたらしい。他の面々も大体同じようないきさつだった。


「男の人って本当遊戯が好きね。嫌になっちゃう」

「新しいゲームでも開発したら、こちらにも興味が湧くんじゃない?」

「良いじゃない、新規事業でも提案しようかしら」


 婚約者への愚痴から商売の話になり話が膨らむ。

 





「あ~~ら? 皆さん、なんだか臭くありませんこと?」

 そんな声が聞こえてきたのは暫くしてだった。


 ビビアンは始め、劇か何かが始まったのかと思った。あまりにわざとらしく、まるで誰かに聞かせるための話し方だったので。

 

 ビビアンたちからやや離れたところで、しかしはっきり聞き取れる声量で話をするご令嬢たちが居た。

 ビビアン達とは違う、生まれも育ちも貴族のお嬢さんたちだ。


「本当ですわねぇ~。いやらしい庶民の臭いがしますわ」

「お金に汚い下賤の臭いですわね」

「こんな薄汚い臭いがして、婚約者の方も大変ねぇ。離れたくもなりますわぁ」


 クスクス、令嬢たちは扇子の裏で笑い合う。顔はお互いへ向けながら、ちらちらビビアンたちを盗み見ている。資産家の娘たちの中でも、特にビビアンを見ていることは明らかだった。


 古い感覚で、資産家の娘と貴族との婚約を良く思わない者も多い。


 特にビビアンに関しては、相手がデューイということで一際反感を抱かれていた。家格の近い女子などは、見目麗しいデューイとの婚約のチャンスを、貴族でもない娘に掻っ攫われた、と感じているらしい。


 ビビアンからしてみれば勘違い甚だしい。

 持参金も満足に用意できない家では、男爵家のデューイと結婚したところで生活苦が見えている。それに本当にデューイを望むのなら親の力でもなんでも使ってその座を奪うくらいの気概があるはずだ。


 仮にビビアンが逆の立場なら、用意できる物は全て用意するし、差し出せるものは全て差し出すだろう。そして今この瞬間にもデューイにアプローチして略奪の機を窺う。こんな所で陰口を叩く時点で相手に値しない。


 そうは思いつつも、やはり言われたものは腹が立つ。彼女たちを睨みつけようとした時、両側から腕を添えられた。

 


 ハッと振り返ると友人たちが心配そうにビビアンを見つめている。



 『前回』のビビアンは、この視線に気付いても、邪魔立てするその手を払って貴族令嬢たちに喧嘩を売りに行っていた。そして貴族にふさわしくない行為だとデューイに嫌われたのだ。


 今ならこの手がどれだけありがたいことか分かる。

 ビビアンを思いやる友人たちに、思わず感動する。皆さん……! とビビアンは感激で瞳を潤ませた。


 ビビアンの表情を見た友人たちも、意図が通じたと分かり、照れて頬を染める。

 殺伐とした状況にもかかわらず資産家の娘たちは友情で無言の盛り上がりを見せた。

 

 一方。反論しないビビアンたちに令嬢たちは勢いが乗ってきたのか、令嬢たちを無視して謎の盛り上がりを見せたことに苛立ったのか、声量が大きくなっていく。周囲がふと言葉を止めて彼女たちに視線を向け始めた。


「アークライト様もお可哀想よねぇ。こんな恥ずかしい相手を選ばされるなんてねぇ~」

「全くですわ! あんなに素敵なお方ですもの、もっとお相手もいるでしょうに」

「嫡男でさえなければ、どんな家格の令嬢でさえ選べるでしょうに」

「これでは、爵位も持たない小娘にお金で買われたようなものですわよねぇ~」


 ビビアンの、友情で潤ませたはずの瞳が温度を無くす。


 両側から押さえてくる令嬢たちを振り払い、貴族令嬢たちへ踏み出す。


 周囲がビビアンに気付き、成り行きを面白そうに見守る。貴族令嬢たちも周囲の空気からビビアンがこちらに近付いていることに気付いた。リーダー格の令嬢が顎を上げて構える。


 相対する二人の少女。どちらも視線を外さず睨み合っている。


 すわ、言葉の応酬が始まるかと令嬢たちが身構えた時、ビビアンは右手を振りかざした。

 ボディランゲージ! 言葉など不要。


 周囲が「えっ」と表情を固める間もなく、ビビアンの平手が振り下ろされ──


「ビビアンッ!!」

 

 なかった。





 ビビアンの前にデューイが立ちはだかったからだ。

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