小話 昔々ある所に
昔、小さな森に老人が住んでいました。
その老人はあまり人と関わろうとする人ではありませんでした。近くの村に行ったときも、村人とは必要最低限の会話しかせず挨拶をしても「ああ」としか言わないちょっと変わった老人です。
そんな老人ですが、以前は今程近寄りがたくなく、せいぜい寡黙な人という印象でした。なぜ彼がそうなってしまったかというと、彼の奥さんが数年前に病気で亡くなってしまったからです。
いつも朗らかに彼の隣で笑っていた妻を亡くし、老人は静かに気落ちしました。顔色が悪くなるわけでもなく、ひっそりと肩を落としたのです。村人達は老人を励まそうとしましたが、彼の雰囲気からそっとしておいてほしいのかもしれないと思い、そっとすることにしたのです。
さてと、そんな老人ですが先程言った通り、森に住んでいます。村からは少し離れていて半刻もあるけば着く距離です。
彼の主な一日の過ごし方は家の前にある椅子に腰掛けて日光浴をすることです。誰も訪ねて来ず、小鳥の鳴き声ぐらいしか聞こえない場所は彼にとってとても落ち着きやすい場所でした。
今日も彼は椅子に座り、木々の隙間から見える空をぼーっと眺めていました。平穏な一日です。
すると、がさがさという茂みをかきわける音がしました。村からの道には茂みがありません。動物でしょうか。彼が音のする方を見ていると、ひょっこりと女の子が顔をだしました。
「こんにちは、素敵なお家ですね」
現れた女の子はそう言ってニッコリと笑いました。対する老人は何も言わず、視線を空に戻しました。
女の子はしばらく立っていましたが、何もしない老人に痺れを切らしたのかスタスタと老人に向かって歩いて来ます。
「ねえ、家に入ってもいい?」
老人の顔を覗き込み、女の子が言います。
「壊すなよ」
老人はチラッと女の子の方を見て、それだけ言いました。
少しして女の子が老人の家から出てきました。手にはティーセットを持っています。
「日向ぼっこをするなら、お茶が必要よ」
そう言って女の子は満面の笑みで運んできました。もちろん、このティーセットは老人の物で女の子が勝手に使ったのですが彼は何もいいません。ただ、空を見ています。
時刻は昼下がりで、もう少ししたら冷えてくる頃です。
「私ね、いつかこういう所で一緒に住みたい人がいるんだ」
女の子がぽつりと言いました。
「そいつは、どんな奴だ」
応えてくれると思っていなかった女の子は、驚いた顔をした後、ニコッと笑いました。
「いつも本を読んでいてね、物静かな人よ」
「ただの暗い男じゃないのか」
「失礼ね、彼ってわりと面白いのよ。この間、野菜を買いに行ったらホウレン草と小松菜の見分けがつかないって悩んでたの」
「馬鹿なだけなんじゃないのか」
「そう?私はかわいいなって思ったけど」
「そうか」
そう言って老人は黙ってしまいました。女の子もそれ以上話すことはないのか黙りました。
静かな午後です。
「そろそろ帰った方がいい」
ふと老人が口を開きました。
当たりはまだ明るい方ですが、森を抜けようとすると確かに帰らなければならない頃合いです。
「そうね、使わせてくれてありがとう」
女の子は立ち上がって帰って行きます。
「なあ」
老人が空を見ながら女の子に声をかけました。
「その彼のことだが、そいつは臆病で好きな奴に好きだと伝えることも出来ん。だが、もしそれでもいいというなら…そいつに辛抱強く付き合ってくれんか」
「貴方がどうして彼のことを知ってるのかは分からないけど、いいよ。分かった」
「そうか」
そう言うと老人は微笑みました。女の子は去って行き、また老人が一人だけになりました。
老人が起き上がり、女の子が淹れたお茶を手に取ります。
「相変わらず上手いな」
老人は昔、妻が午後に森から帰ってきて知らない人と日光浴をしたと話していたことを思いながらお茶を飲みました。
おしまい。