苦手なもの
お嬢様付きの侍女になってから少しして、私は厨房にいた。
「というわけで、意見を」
「意味がわからない」
遡ること数刻前。
侍女の朝は早い。
ただ、早いと言ってもメイドと同じようなものなので、早起きに慣れていて助かった。お仕着せに着替えた後は今日の予定を確認してお嬢様を起こしに行くのだが、この予定を覚えるのがかなり厄介だ。なにせ予定がぎっしり詰まっている為、内容も多い。
今日は地理と音楽と舞踊と礼儀の授業があって、先生の名前が…という具合いにわりと大変。予定を聞かれる時間も決まってるわけではないので、メモを念の為こっそりポケットに忍ばせている。
「お嬢様、おはようございます」
「ん、おはよ。アニー」
一番最初の対面と比べてお嬢様の態度は軟化したと思う。ちなみに、物語を読むのはあの夜から毎晩やることになった。初めは中途半端に終わったからというのが理由だったが、他の話も所望されるようになり今では寝る前の時間が楽しみなようで私も嬉しい。
それに、とお嬢様をちらりと見た。
「どうしたの、アニー?」
目が合い、表情が少し明るく見えた。
窓から差し込む光が反射し、可愛らしさに磨きがかかった気がする。後、子供らしさもぐっと上がってますます可愛い。
「いえ、お嬢様が本日も元気なようなのでつい」
「そう?」
「ええ、そうですよ。さ、お着替えを。朝食が冷めてしまいますので」
服を持ってきてさっと洋服を変える。
公爵家の方々は基本朝昼を部屋で、夕食を食堂で召し上がる。だが、全員揃っての夕食を私はほとんど見たことがない。お嬢様は大体一人で召し上がっているし、他の使用人に聞いたら公爵様も夫人も同じだった。
もしかしたら一人で食べる方が好きなのかもしれないけれど、あの広い食堂でぽつんと召し上がる姿は見ていて悲しかった。本人も部屋の方が気楽らしく、心なしか部屋では美味しそうに召し上がっているように見える。
「お嬢様、本日の朝食でございます」
運んできた料理はどれも温かく、朝なので軽めの食事になっている。これが王族の朝食なら毒味で冷めていたかもしれないが、公爵家では限られた使用人しかおらず、信頼されているため毒味はない。
陽気で気前のいい料理長が作る食事は使用人の間でも人気だ。
しかし、ここで問題が起きた。
お嬢様の食べる速度がいつもより遅い。
食わず嫌いはしないと仕えてから分かっているので不思議に思い、お皿を見た。そして気付いた。
あ、ピーマン。
どうやらピーマンが苦手らしい。お皿の端に寄せたが、ちゃんと召し上がっている。けど、余程嫌なのか無表情がしかめっ面になってしまっている。
これは由々しき事態なのでは…。ピーマンは苦いがそれが逆に癖になって美味しいのだから、嫌々食べるのはもったいない。
そこで、私は厨房に行った。
料理長も食事中のお嬢様のことまでは知らなかったらしく、不躾ながらもお嬢様はピーマンが苦手なようですと言ったら、今まで知らずに出していたと膝から崩れ落ちていた。てっきり気分を害するかと思っていたので驚いた。
その後、ピーマンの美味しさを知っていただこうと新しい料理を考えている。
実家で弟達が嫌がったときは、これが一年に取れるから取れないかと言われている幻のピーマンよ、と嘘を言ってその場のノリで食べさせた。普通のピーマンだったが、本人達は喜んで食べたのでよしとした。けど、流石にそれを貴族の御令嬢にするのは失礼…。
残された手は料理方法を変えること。
甘くするのは元の苦さを解決できてないので却下。できればピーマンが隠れているのがいい。でも、細かくし過ぎると嫌がるのは経験で知っている。うーん、どうしたものか。
「…他の人、呼んでみます?」
「そうだな。このままじゃ行き詰まってるだけだ…」
というわけで、現在にいたる。
偶々外を通ったジャックを料理長と捕まえて、お嬢様の現状と新しい料理を聞くことにしたのだ。
「お嬢様に美味しくピーマンを」
「いや、それは分かったから」
「ならよし」
「……」
ジャックが通ったのは実によかった。
料理長曰く、彼は昔ピーマンが苦手だったが今ではなんなく食べれるらしい。その経緯さえ分かれば私達でお嬢様の苦手を克服できるはず。
だから、早くその方法を言って欲しい。
「…オムレツ」
「はい?」
「細く切ったピーマンがオムレツに入ってた」
「それだけ?」
「それだけ。じゃあ、俺は失礼します」
ジャックが去った後、料理長は「そうか、確かにそれなら…」と言って厨房の奥に消えていった。
それだけでいいのかという疑問は残るが、経験者が語ったことだし間違いない。多分。
お嬢様が喜んでくれるかな…
「本日の夕餉でございます」
食堂のテーブルに料理が並んでいき、例のオムレツもお嬢様の前に並んだ。見た目はふわふわしていて美味しそうなオムレツ、その中には細く切られたピーマン。
ハラハラとしながら、表情を伺う。
「…おいしい」
凄く小さな声だったけど、聞こえた。
美味しい、そう言ってくれたのがとても嬉しい。
料理長も気になっていたようで隠れたところから喜んでいる。
気に入ったのかあっという間にお皿が空になった。食が細い彼女にしては珍しいと、それも嬉しくなった。
「よかったですね、お嬢様」
知らないうちに満面の笑みになっていた。