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公爵家の娘【長編版】  作者: なヲ
はじまりはじまり 六歳編
22/35

唐突ですね

すみません、投稿が一週間遅れました。


 「それにしても、殿下は誰を選ぶのかしら」


 王妃様が用意してくださったお茶を飲みながら話していると、ふとセレナがそう零した。

 貴族なら誰だってあり得る、政略結婚。王族の方ともなれば避けては通れないだろう。

王家における政略結婚は貴族間の権勢の安定、王位を確実に継ぐための手段と貴族での政略結婚よりも重い事情がある。ほとんどの場合、国内の有力貴族から王家に迎え入れられるのだが、過去には隣の国から王妃が嫁いできたこともある。

 といっても、他の国から王妃を迎えるのは余程外交で切迫しない限り起こらない。幸いアイリスやセレナが生きているこの時代に国同士の揉め事が起きる様子はないので、必然的に国内の貴族からということになるだろう。


 「婚約者になったらきっと大変なんでしょうね」

 「なに言ってるの、アイリス。貴女が一番ありえそうなのよ」

 「わたしがですか……絶対にないです」

 「なんでそう自信満々に断言してるのかしら…」


 やれやれとティーカップをソーサーに置きながら肩をすくめる彼女に思わずムッとする。確かにわたしは第一王子派の筆頭公爵家の令嬢だ。けど、それだけで婚約者を決めないだろう。王妃としてふさわしいか、殿下と相性がいいかということも条件に入るはずだ。


 わたしが王妃になれる素質があるのかは知らないが、相性に関してはよくないと判断されると断言できる。恐らく婚約者として必要なのは先程の殿下のように、誰に対しても笑顔で対応する人だと思う。その点、わたしはこのお茶会で初めに殿下と話した後はずっと黙って隅の方に座っていた。誰もお茶会で一度しか話さない子のことなんて覚えていやしないだろう。だから、きっと選ばれない。

 そう伝えると、セレナは更に笑みを深めた。その意味ありげな顔に少し不安になりかけたが、それはないと打ち消す。

 ……いや、ないですよね。


 「覚えてる人なんていませんよ」

 「誰も覚えていないっていうのは、それこそ絶対にないわ」

 「なぜですか。端っこにいる子のことなんて気に留める人はいないと思いますけど」

 「普通の子ならそれでいいけど、アイリスはよく目立つからむりよ。端っこにいたところで貴女の存在感は隠せるものじゃないわ」

 「さすがに言いすぎでは…?」


 アイリスは不服そうな顔をしたが、セレナがやけにきっぱり言うものだから否定できなかった。できるとしたら、口をとがらせて遺憾の意を示すことぐらいである。

 とはいえ本人が違うと言っても、アイリスが人の目を惹きつけやすいのは覆らない。故に、セレナの言うことには一理あった。


 例えば、今日のお茶会に見る人を魅了するような男爵令嬢が一人で座っていたとする。一体何人が声をかけるだろうか。おそらく、十人いれば八人は話しかけようとするだろう。そして、遠目からちらりと見るだけにした二人のうちの一人が第一王子である。

 もし、殿下が八人の中にいた場合、お茶会が終わると同時に噂が出回ることになる。殿下が男爵令嬢にお声掛けなさったらしい、と。そんな噂が広まれば第二王子派の格好の餌食になってしまい、第一王子派の勢力は一気に衰退するだろう。行動一つでその後の人生が決まるのだから、王子というのも辛いものである。身分が離れすぎている者には容易に話しかけられないのだ。

 逆を言えば、身分さえあっていれば問題ないのだ。ついでに、同じ派閥でその筆頭公爵家の令嬢となれば尚更話しかけやすい。


 アイリスは第一王子が声をかけるのに十分すぎる立場だったし、なにより会場の目を集めるほど容姿が整っていた。そのため、忘れろという方が無理難題なのである。

しかし、肝心の本人がそのことについて全く気付いていないので、こうしてアイリスとセレナの間に若干のズレが生じてしまった。まあ、忘れる方が難しいとなるとセレナも当てはまるのだが。

現に、二人が奥の庭へ消えた後の会場ではちょっとしたざわめきが起こった。直ぐに戻ってくるのかと周囲も思っていたが、なかなか帰ってこない。お茶会の終盤に差しかかったあたりで漸く半分ほどの人が気にしなくなったが、それでも気になる人は気になる。二人が行ったのは多分存在感を隠せる場所、つまり……


 「ええ、第一王子派と中立派を代表する家のご令嬢二人が隠れるにはこうやって人から見えない場所にいるしかありません」

 「そうそう、その通り…よね……」


 飲み終わったティーカップに当然のようにお茶を注ぐメイドがいつの間にか控えていた。セレナはメイドの言葉にうんうんと頷いた後、少し遅れて彼女の存在に気付いた。


 「……いつからいたのかしら?」

 「王妃様がおいでになったあたりでしょうか」

 「最初からいたわね」

 「そうとも言います」

 「そうとしか言わないわよ」


 自分の主人が呆れても素知らぬ顔でいるこの女性こそ、いつかの時に見守るだけで何もしなかったセレナ付きのメイドである。どうやって見つけたのか、隠れていたのかという疑問はともかく、彼女はどうしてここにいるのだろうか。

 そもそも、彼女は本来付き添いで来ており、お茶会が終わるまでは別室で待つ予定であった。それは他家の付き添いの人達も同じであり、それぞれ知り合いと話したり情報交換をしたりしていた。


 ところが面白いことにとことん興味があるこのメイドは、同僚にそういった仕事を任せて自分は会場の方を覗きに行った。表情に変化がない主人がどうお茶会を過ごすのか、あとついでにセレナのご両親から彼女の様子を見てくるという役目を果たすために。

 …雇い主からの指示をついで扱いするのはどうかと思うが、言ったところで変わらないので諦めるしかない。


 「そういえば、もう直ぐ終わりの時刻になりますが」

 「……わかったわ、ありがとう」


 はあ…とため息をつくセレナにとって、このメイドが気配を消すことは当たり前になっていた。なので特に驚きはしなかった。慣れてはいけない事でも、ほぼ毎日起きていたらなれるのが人間というもの。背後を取るのが彼女の十八番になりつつある今、新鮮な反応をしてくれるのは同僚の一人か他家の人物ぐらいだろう。

 そして、この場には知り合って一年も経っていないアイリスがいる。


 結論として、アイリスはとても驚いた。

 どのぐらいかというと、お茶を飲む手が止まり、目を見開いて固まるレベルである。セレナの対面に座っているにもかかわらず、声が聞こえるまで全く分からなかった。初めての出来事に理解が追い付かなかったのだ。


 「どうやって後ろに…」

 「お嬢様の背後に立った方法ですか?簡単ですよ、魔法です」

 「魔法…?」


 一体どんな魔法ですか、と不思議そうな顔をするアイリスにメイドは満足そうに頷いてみせた.

期待の眼差しでこちらを見つめる主人の友人に応えるべく、彼女は声を少し落としてその方法を告げる。


 「ええ、姿を消す魔法と申しまして…我が家で代々伝わっているのですが」

 「アイリス、騙されちゃだめよ。嘘だから」


 まあ、嘘なのだが。


 姿消しの魔法なんてないし、まずこの世に魔法が存在しない。物語の中で出てくるだけで、実際に使える人はいない。それでも、あったらいいなと思う人はいるし、特に子供がその願いを持つ。

 だから、どれだけ表情が乏しく、大人びて見られようとも子供であるアイリスはメイドの嘘を信じた。


 「…?!」

 「お嬢様、種明かしは面白くありませんよ」

 「人の友達をからかって面白がるのを止めることのどこが悪いのかしら?」

 「そう言われると何も言い返せませんねぇ…」


 申し訳なさそうな顔をしていても、口角がわずかに上がっているので絶対に思っていない。子供の純粋な憧れを利用して騙すなんて性格悪いわね、とセレナは追撃を重ねるも効いていないようだ。


 実はセレナも騙されたことがある。その噓の内容は今回のと全く一緒だった。彼女からすれば、信じかけたアイリスが過去の自分に見えてしまい、その時の苦い思いが蘇って即座に否定したというところだろうか。

 ちなみに、セレナの時は言った直後に嘘ですけどねと暴露された。一瞬でも納得した自分と嘘をついたメイドにむしゃくしゃして、その後しばらく彼女は不機嫌だったらしい。


 それ以来、このメイドの言うことは疑うようにしているのだが、たまに信じかけたりする。嘘が真偽のぎりぎりの線にいるから、判断しにくい。演技も中々で、さも当然かのようにさらっと言うからもっと分かりにくい。


 「嘘でしたか……」

 「ごめんなさいね、わたしのメイドが」

 「いえ、信じたわたしが悪いというか…」


 自分が騙されるのは別にいい。けれど、わたしの友人を悲しませるのは許せない。ふつふつとした怒りがその小さな身体から滲み出てくるのを見て、メイドは覚悟した方がよさそうですねと呑気に考えていた。


 「帰りましょうか」

 「そうね。さすがにこれ以上いたら怒られるわ」


 ティーセットは置いておいて欲しいと言われたから、このまま帰って問題ない。二人は、参加者がほとんどいなくなったお茶会へと戻っていった。




 問題といえば、もう一つ。

 殿下は誰を婚約者に選ぶのだろうか。


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