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公爵家の娘【長編版】  作者: なヲ
はじまりはじまり 六歳編
21/35

知らない夫人


 お茶会から抜け出したわたしとセレナは、会場から少し離れた庭のテーブルに座っている。人がわたしたち以外誰もいないので静かだ。殿下の周りのあの華やかさもたまにならいいけど、やっぱり自分は静かな方がいいなと思う。


 「ティーセットも持ってきたほうがよかったかしら」

 「さすがにそれは無理だと思いますよ」

 「でも、お菓子を食べたら飲みたくならない?」

 「まあ、確かに…というかよく持ってこれましたよね」


 お菓子を。

 そう言うとセレナはにっこりと、コツがあるのよと返してきた。いったいどんなコツだというんだ。美味しいものは食べたいじゃない、と置いてあったお菓子を手早く持ってきた彼女は、たくさんあるからバレやしないわよと続けた。そのおかげでこうして、会場に居なくても食べれるのだが、いいのかとどうしても思ってしまう。

 一、二個ならポケットに入るし、バレない数だろう。しかし、彼女が出したのは十個近くあった。お茶会が終わるまでの二人分の数としては問題ないけど、どうやってその数をバレずに持ってこれたんだ。ポケットは不自然にふくらんでいなかったのに、この数。どこにどう入れたのか気になるが、聞いてはいけない気もする。


 「気にしたってしょうがないわよ」

 「…それもそうですね」


 このまま考えていたって仕掛けは分からないし、わたしはやる予定がないので忘れよう。魔法使いだなとも思ったが、魔法使いはお茶会のお菓子を十個ほど隠すために魔法を使わないような気がするので、考えるのをやめた。



 お菓子のこと、この庭のことを話していると殿下の話になった。


 「どうだった?」

 「どう、と言われても……めんどくさそうだな、と」


 挨拶をたくさんの人にして、微笑みながら話を聞き続けるなんて大変だろうと思ったことをそのまま口に出すと、彼女は目を丸くした後吹き出した。


 「め、めんどくさ、ふふっ…だめ、わら、あはははは!」


 そう言ってテーブルをぱしぱし叩き始めた彼女は、テーブルに突っ伏して笑っている。わたしはなにが面白かったのかよく分からないが、友人が楽しそうなのでよいということにした。というか、今日のセレナはよく笑っている気がする。


 「ふぅ……笑い過ぎて喉が渇いたわ」

 「そんなに笑うことじゃなかったと思うんですけどね」

 「そう?殿下のことをあんな風に言うなんてアイリスぐらいしかいないわよ」


 たいていの子は殿下と結婚したいって言うらしい。

 殿下は王位継承者でもあるから、結婚したら半分の確率で王妃にもなるのだろう。そしたら厳しいという王妃教育を受けなければならないので、そこまでしてなりたいのかと感心すると、そういうことじゃないんだけどねとまた笑われた。アイボリー夫人も認めた大変なレッスンをするのだから、よほどなりたいに違いないと思ったのに違うのか。

 じゃあどういうことかと言うと、ただ単に憧れているだけよと返ってきた。


 「それでついていけるんですか?」

 「多分、無理ね」

 「でも、なりたいのか…」


 不思議だなと思ったが、よく本でいつか王子様と結ばれたいと願う女の子がいるじゃないと言われてそういえばそうだったなと納得した。やけにそういう女の子の本が多いと思ったら、だいたいの子がそう考えるからだったのか。わたしのようになりたくない子は少ないらしい。

 セレナはどうなのと聞いたら、いやよめんどくさいとキッパリ言われた。わたしと同じ意見なのになんであんなに笑ったんだ。


 「本当に興味ないって顔をしていてそれがおかしかったのよ」


 そう言うと思いだしたのかまた笑い始めてしまった。


 そうやって少しづつ食べながら彼女とおしゃべりをしていると、だんだんお茶が飲みたくなってきた。食べるだけならそこまで渇かないが、話していると喉が渇くのが早いのかもしれない。ティーセット…とまで考えていや、そんなことできないと諦めた。

 でもお茶は飲みたいのでどうしようかとなり、一度会場に戻ってお茶を飲みに行こうということになった。その後、怪しまれない程度に過ごしてまた戻ってこよう、と。


 「あら、こんなところにお客様?」


 立ち上がりかけたら声がした。子供の声ではなく女性の声であやうくお菓子を落とすところだった。メイドの口調ではないし、誰だろうと声がした方向を見ると上品そうな女性が立っていた。その手には指輪がはめられているから、たぶん夫人。わたしはアイボリー夫人ぐらいにしか会わないから分からないが、なんとなく雰囲気がただの夫人じゃなさそうだ。

 誰か分からないのでセレナの方を見ると、彼女はぴしりと固まっていた。どうしたのかと驚いているとわたしの方に目配せをしてきた。

 王妃、殿下。

 口パクで言われた言葉に今度はこちらが固まる番だった。


 なぜここにと思ったが、ここは王城でそこに住んでいらっしゃるのだからなにもおかしくはない。第一王子殿下の様子を見に来たのかとも思ったが、方向が逆である。つまり、歩いていたらたまたまわたしたちがいたということなのか。

 それって結構、まずいのでは…?

 もしかしたらここは王妃殿下のよく来る場所かもしれないし、なによりわたしたちはお茶会から抜け出しているのだ。セレナも同じことを思っていたらしく、二人で息を吞む。

 いや、そんなことよりまずは挨拶だ。

 さっと席から立ち、なんとか習った通りのお辞儀をする。


 「あらあら…そんなにかしこまらなくてもいいのよ。私は通りすがりのただの夫人ですから」


 つまり、王妃殿下として会っているわけではないと。

 とりあえず顔を上げなさいと言われてしまったので、そっと顔を上げた。王妃殿下はにこにこと微笑んでおり、怒っているようではない。そのことに少し安心するが、王妃殿下は王妃殿下なので緊張がなくなったわけじゃない。


 「お茶会はつまらなかったかしら」


 ……なんと、答えれば…?

 わたしたちが座っていたテーブルを見て、王妃殿下が言った言葉に安心感が消えうせた。

 わたしはなにを言っても全部だめな気がして、セレナは少し顔を下に向けて難しそうな顔をしている。いいえと正直に答えれば失礼だし、はいと嘘をつけばなぜここにいるのかと質問されるだろう。


 「……とても美しいお茶会だったと思います」


 セレナがひねり出した返事はそれだった。はい、いいえにならないようぎりぎりの線をいく言葉だった。王妃殿下の顔を見てみると、どうやら満足のいく回答だったらしく、にっこりと微笑まれていた。

 これ以上質問されたらきっとなにも言えなくなる。なんとかこの場を去らないと、お茶会が終わるよりも前にわたしたちが終わってしまう。どうしたものかと考えるが、まず話しかけるのが難しいからできないのではということに至り、ちょっと泣きたくなった。


 「お話していたところを邪魔してごめんなさいね」


 そう言って王妃殿下は去って行った。その後ろ姿に向かって深々とお辞儀をする。

 どうやらさっきの質問だけでよかったらしい。ふぅ、と息を吐きふらふらともう一度椅子に座った。喉がからからに渇いている。今すぐお茶を飲みに行きたいが、二人とも疲れたので動けそうにない。


 「……散歩かしら」

 「……たぶん、そうなんじゃない」



 その後、どこからともなく現れたメイドの方が、楽しんでねとの伝言ですと言ってお茶を運んできてくれた。


 心臓止まるかと思ったわという彼女の言葉にわたしは深く頷いた。


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