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公爵家の娘【長編版】  作者: なヲ
はじまりはじまり 六歳編
20/35

暇ですね


 第一王子…いや、殿下と呼ばなければ失礼か。殿下とのお茶会は、令嬢たちだけのお茶会よりもずっと豪華で賑やかだった。特に殿下のいらっしゃるところが一番華やかである。

 お茶会が始まってから殿下の周囲に必ず誰かがおり、お近づきになろうと話しかけている。遠目からちらちらと見ている令嬢たちもいる。そのほとんどが、親から言いつけられた子たちだろう。自分の家の話や、特技、趣味、好みなどどうにか興味を示してもらおうと頑張っている。

 上の者に近づくための色仕掛けという方法はよく使われるらしいが、それらしきことをしている子は今のところ見ていない。といってもその言葉を本でたまたま見ただけなので、どんな方法なのかは知らないが。


 この会場にいる者は皆、殿下の傍にいるか、自分の知り合いと話しているかの二通りに分かれていた。私を除いて。


 お茶会が始まった直後に名前を呼ばれ、殿下に挨拶をしてからずっと声を出していない。広い会場の隅の方、日陰があるテーブルで私は一人その光景を眺めている。

 あまりにも暇なのでセレナを探しに行こうかと思ったが、動けば目立つし、なにより広すぎて見つかる気がしないので諦めた。幸いこのテーブルにはお菓子もお茶もあることだし、終わるまで時間は潰せるはずだ。

 口と手は用事が出来た。しかし、目が暇のままだ。

 人を見ていれば視線で気付かれるので空でも見ようか。なにか面白いことはないかと目線を上げるが、殿下を見てしまう。反対側の草木を眺めようにも、けっきょく元に戻って殿下を見てしまう。……多分、人を惹きつける方なのだろう。殿下と離れて場所にいる子たちも時折見ていることから恐らくそうなんだ。

 見られているのに気付きそうなものだが、気付いていないのか慣れているのか見ている人の方を見ようとしない。気付いていないことはないだろうし、慣れているのかもしれない。あまり誰かを眺め続けるのはよくないが、どうやっても殿下の方を見てしまうので開き直って観察することにした。


 先程話していた子息はいつの間にか消え、今は令嬢と話している。頷き、微笑みながら話を聞いているようだが、思えば殿下はずっとあの調子でいる。何人もの話を聞き、相槌を打ち、また話を聞くなんてよくできるものだ。それともそれが王子でいることの必須事項なのか。王家の方々は常に穏やかだと聞くし、もしそうだとしたらきっと面倒だろう。

 殿下とその周りを観察し続けていると目が合い、微笑まれた。

 さすがに見過ぎたか。そう思い、会釈をしてわたしは席を離れることにした。




 うっかりあの席を立ってしまったわたしは、立たなければよかったと後悔した。

 そもそもあそこに居たのはセレナを探しに会場を歩き回ったら悪目立ちするからで、終わるまでいるつもりだったのだ。だが、立ってしまったのは仕方ない。戻ったら変だろうし、歩きながらお菓子でも眺めている振りをしよう。

 ジグザグと人が少ない場所を選んで進み、できるなら隅の方の席に座りたいとそっとあたりを見回す。早歩きにならないようなるべくゆっくりと歩いていたわたしは、かなり集中していたらしく後ろの人に気がつけなかった。


 「やっと見つけたわ、アイリス」


 急に話しかけられてびくりとした。もしや、自分と同じ名前の子が近くにいるのではと思いながら声をかけてきた人物を見るとセレナがいた。人がいないところを選んで来たのだから声をかけた相手はわたししかいないし、声でわかるようなものなのになにを驚いているんだか、と心を落ち着かせる。

 びっくりしたと肩の力が抜けたわたしを見て彼女は驚かせてごめんなさいねと謝ってくれたけど、大げさに反応したのはこちらの方だったのでなんだか申し訳なかった。


 「緊張してたの?」

 「違いますよ」


 少し息を吐いて冷静さを取り戻し、返事をするとなぜか彼女はくすくすと笑っている。なにがそんなに面白いのか聞くと、いつもと違う口調だからおかしくってと返してきた。

 殿下に挨拶した時、周囲にいた人は誰も笑っていなかったので変な口調じゃないと安心していたが、どうやら普段会っている彼女からすると十分おかしいらしい。


 「…失礼ですね」

 「ごめんさい…ふふっ…」


 とりあえず、近くの席に座ろうと提案すると了承してくれた。

 涙目でもう一度、ごめんなさいねと謝られたがきっと本心じゃないだろう。




 お茶会は何事もなく続いている。

 先程合流できた友人と同じ席に座り、わたし達は話に花を咲かせていた。乗り気でなかったお茶会でこうして楽しくできるのもこの友人―――アイリスのおかげよね。


 本当は会場について真っ先に彼女のことを探しに行きたかったが、同じ中立派の令嬢や第一王子派に引き込もうとする子息達に捕まってしまい、なかなか前に進めなかった。早くどいてくれないかしらという本音は隠しつつ、どうにか対応していると結構時間がかかった。お父様からは好きにするといいと言われていたので、やんわりときつい言い方にならないようにしながら断っていくと、ようやくアイリスの姿を見つけられたのだ。

 見つけたとき彼女は一人で目立たないように歩いていた。

 ゆっくり歩いているように見えるが、多分焦っているのだろう。雰囲気が少しかたい気がする。わたし付きのメイドのアドバイスを思い出しながら、そっと後ろから近づき声をかけると案の定驚いてくれた。


 彼女の口調がおかしくてつい笑ってしまうと不満そうにされたので謝ってみるも、絶対そう思ってないという目で見られる。その目が面白くてさらに笑ってしまうとため息をつかれたが仕方ない。

 そして近くの席に座り、二人でこうしで話しているわけだ。


 「あの、セレナ様」


 わたしの名前が呼ばれたので振り向くと、令嬢が数名立っていた。確か…第一王子派だったか。主要な人物の令嬢や子息達によるお誘いはさっき全員断ったから、たぶんダメもとで近付いてきたのだろう。その判断は正しい。現に彼女達の表情はどこか暗いので無理なことは分かっているようだ。

 しかし、タイミングが悪い。わたしはアイリスとの会話をしている最中なのだ。


 「ええ、なにか?」


 メイド仕込みのニッコリ笑顔で返事をする。普段、あまり表情が変わらないわたしだが、この笑顔だけは練習すればできるようになった。笑顔は笑顔でも他人からすれば怖い笑顔らしいが。

 初めてできたときに嬉しくてお父様の前で披露してみせると、怒っているのなら理由を教えてくれと嘆かれたのだ。その後、メイドに聞くとイラっとした時にやりましょう、そうすれば相手は諦めますからと言われたのでその言葉に従っている。


 「お話がありますの」


 声をかけてきた令嬢の後ろから勝気な声が聞こえ、もう一人令嬢が現れた。この子、もしかしてわたしがイラついていることに気付いていないのかしら。周りの令嬢たちを見てみると顔を青くしている子もいるので、この子にだけ伝わっていないのだろう。

 初めの令嬢が止めるのも聞かず、殿下がどれほど素晴らしいのか語り始めた子を冷めた目で見る。殿下と話して浮かれているのかは知らないが、話が長い。いつもなら適当なところで相槌を打ちながら断るところだが、今日はアイリスと今すぐ話したい気分なのだ。


 「――ですから、どうかセレナ様にも」

 「ごめんなさいね。わたし礼儀を軽んじる方とは仲良くできませんわ」


 友達と話したいから早く消えてくれません?と笑みをさらに深めながら言外に伝えると、ようやく察したのか急いで去って行った。ああいうタイプはいいようにされそうだなと、その背中をぼんやりと見届ける。

 そこまで時間は経っていないと思うのだが、あの子の話が長すぎた。きっとアイリスは退屈にしている。


 「アイリス、お待たせ。それでなんの話……」

 「…すー…」


 寝ていた。

 姿勢は完璧なまま目を閉じて寝ていた。嘘でしょ、と見てみるが規則正しい寝息と肩がゆっくりと上下しているので寝ている。

 元からよかった顔立ちが目を閉じていることでさらにきれいになっている。会場内のどこからか溜息が聞こえてくる。さっとあたりを見てみると子息や令嬢、殿下も少し見ていた。友人の美しさに見惚れられるのは嬉しいが、なかには物珍しそうな、興味津々のような目をしている者もいる。見世物ではないのであまりぶしつけな視線をしてほしくない。


 「アイリス」

 「……」

 「…アイリス、起きて」

 「…寝てない」


 バレないよう小さな声で名前を呼ぶと起きてくれた。寝てないとは言っているが、いつもの口調に戻っているので、寝ぼけているな。


 「庭に行きましょう。そこなら寝れるわよ」

 「…寝てません」


 一度目を閉じて瞬きを何回かすると、目が覚めたらしい。

 だが、やはり眠いのか口のあたりが少しだけもごもごしている。このままでは欠伸をしかねない。いや、たぶんしないとは思うけど。


 「寝てませんからね」


 わたしが黙っているのを勘違いしたのか、強めに言ってくるけど目尻の涙を見たらほとんど意味がない。欠伸を噛み殺しきれなかったらしい。


 「そういうことにしておくわ」


 この友人とはいついても飽きないものである。


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