きいていない
二度目になる門をくぐって、馬車からおりるとセレナが待ってくれていた。
「いらっしゃい、アイリス」
「セレナ、おひさしぶり」
おひさしぶりといっても、一週間しかたってないけどね。
手紙を始めた数日後、セレナの方から会えると言われてわたしは思わず手紙を落としかけた。毎日やりとりしてはいるけど、やっぱり会って話がしたかったので会う日時が大丈夫かどうか侍女に聞いてから、すぐに返事を送った。彼女となにを話そうか。手紙に書ききれなかったことや、実際に話したいことをわくわく考えながら待っていた。
そして約束の日、一週間ぶりに会えた彼女をみてすごくうれしくなった。午後に予定があるから昼には帰らなければいけないけど、それでも話せるのがうれしくてしかたない。
「もっとはやく会いたかったのに、お父様が派閥のことがあるからちょっと待ってとか言うからこんなに遅くなったのよね」
図書室へ行く途中、セレナがむすっとしながら彼女のお父様への文句を言っていた。しかたないよ大人は忙しいんだからと返すと、それもそうだけど会って話すぐらいでめんどうなことをするわよねとため息をついていた。
「そういえば、セレナのお家は中立派だったよね」
「ええ。わたしの家は中立派で、アイリスのお家は第一王子派」
なんだかめんどうだな。
「……第一王子派の筆頭がそれを言ったらだめな気がするわよ」
どうやら声に出ていたらしい。けど、セレナだってさっき派閥がめんどうだと言っていたじゃないかと目を向けてみれば、やれやれと首を振られた。
「というか、わたしが筆頭だったのね」
「もしかして、知らなかったの?」
「教師に言われたような気がするけどよく覚えてないよ」
お嬢様は第一王子派の筆頭公爵家ですからとか言われていたけど正直忘れていた。第一王子だって知らないし、言われてもまったくぴんとこない。
そうセレナに伝えたら頭を抱えられてしまった。
「…あなた、最初の印象と違ってかなりぬけているわね」
なにか困らせるようなことを言ったかと思い謝ると、謝るようなことじゃないしそういうところもわたしはいいと思うと言われたので、なんだかよく分からないがよしとしよう。
その後図書室に行き、お昼前だけどよかったらと言われて出されたお菓子はとても美味しかった。
「アイリス、念のため聞くけど明後日のお茶会のことは知ってるわよね」
帰り道、せっかくだからお家に着くまで話そうと言われてセレナの家の馬車にのっているとそう話しかけられた。知ってると答えようとして、止まる。
待て、今セレナはなんていったんだ。お茶会?明後日?
「え、なんの?」
「え?」
「え?」
とりあえず、知っていないとだめなことだというのは分かった。
セレナはわたしが知らないのに驚いて固まり、わたしはその反応をみて固まった。
「到着いたしました」
従者のその声に二人してハッとし、まずは馬車からおりた。
お茶会が明後日あるというのも驚きだし、どうやら二人ともでるようなお茶会だというのにも戸惑う。前回のお茶会のときも前日の夜に急に言われたから、そういうことかもしれない。なら、詳しいことは明日の夜に伝えられるのだろうか。
「アイリス、第一王子派の話は覚えているわよね?」
「もちろん」
「その第一王子と会うのが明後日のお茶会よ」
それって前日に伝えれば大丈夫なことではないよね。
なにも聞いてないとセレナに伝えると、彼女の目が限界まで見開かれて口をパクパクしてしまった。
「え、いや…え、うそ?なんで?」
「いや、うそじゃないよ。あと、口調変わってるけど」
「こっちが元よ、第一王子と会うから変えたの」
なるほど、と思ったがそうじゃない。口調変えなきゃいけないのか。なにも知らないぞ、わたし。
「お嬢様、レッスンの時間ですが…どうなさいました?」
玄関でお互いに驚いていると、時間が経っていたらしくアイボリー夫人が出てきた。
夫人なら知っているのだろうか。
「ごきげんよう、アイボリー夫人。わたし、口調を変えたほうがいいですか」
「ごきげんよう、お嬢様。話口調は人それぞれですし、礼儀はきちんと守っているのでよろしいのでは?」
よ、よかった。口調を変えろとか言われたらどうしようもできなかったけどする必要はないらしい。
ほっとしていると隣のセレナから呆れた目で見られているのに気がついた。え、そこ?と顔に書いてあるが、残り二日もないのに口調を変えなきゃいけないかどうかはわたしにとって重要だ。
「それで、どうなさったのですか?」
夫人に聞かれてそうだと思いだす。まさかとか本当かもとか色々思うことはあるけど、とりあえずはっきりさせよう。
「明後日、第一王子とのお茶会があると聞いたのですが本当ですか?」
「ええ、そうですね。第一王子派と中立派の王子と同年代の御子息や御令嬢が集まるもので、お嬢様も参加なさいますよ」
本当だったんだ。つまり明後日、わたしは王子と会うのか。どこでなのかも何時からなのかも分からないお茶会に参加するまであと二日。
考えがぐるぐる回り、口からでたのはじぶんでもびっくりな声だった。
「……は?」
後に、セレナはアイリスにもあんな顔ができるとは思わなかったと零す。