手紙
セレナに会った翌日、わたし宛に手紙が届いた。
侍女から「お手紙が届いております」と言われて聞きまちがいかと疑ったが、宛名のところをみるとわたしの名前が書いてあったのでまちがいではなかった。いったい誰だろうと思ったらセレナだったので、ますます分からなくなった。そこで、そういえば昨日帰るときに手紙を書いていいかと言われていいよと返したのを思い出した。
なるほど、だから届いたのか。でも、なんでだろう。
そもそも手紙をもらうことが初めてだったのに、その手紙が初めてできたともだちからだったので、どうすればいいのか手元をじっと見てしまう。
すっと、わたしの視界にペーパーナイフがはいってくる。手紙をもってきてくれた侍女が渡してきたようで、どうやら開ければいいらしい。
ペーパーナイフも初めてだったのでひやひやしたけど、きれいに切れたので大丈夫だった。
――――
アイリスへ
昨日ぶりね、といってもあなたが帰ったあとに書いてるから、なんだか変な感じだけど。届くのが明日だから仕方ないわよね。
話した時間よりも本を読んだ時間のほうが長かったけど、すごく楽しかったわ。
本当はもっと話していたかったし、お泊りもしたかったのだけれどそういうのは先に言っておかないとダメだって言われて、あきらめたのよね。
初めての手紙だからなにを書けばいいのか分からないけど、とりあえずお父様と話したことを書くわ。
あなたが帰ったあとにお父様のところに行って、アイリスとまた会いたいって言ったのよ。そしたら、ぴたって止まって「お前に友達ができたのか…?」って聞いてくるからそうよと言ったら、今度は「今日は祝いだ!」とか言って部屋をものすごい速さで出てったの。わけが分からなくて侍女に聞いたら、「お嬢様は今まで友達がおりませんでしたから」って言ってきたんだけど、それでもあんなに驚くことかしら?
まあ、それはいいわ。とにかく、お父様に話したのよ。アイリスとまた会う約束をしたからいつならいいって聞いたら、アイリスのお父様と話をしなきゃいけないからすぐにはむりだって言われたの。会うぐらい別にいいじゃないって言ったんだけど、アイリスにだって予定はあるし、うちが中立だからって言われてね。貴族ってめんどうよね、わたしが言うのはだめかもしれないけど。
会えるとしたら数日後らしいから、それまでは手紙でたくさん話したいわ。
よければお返事ください。
セレナより
――――
お返事、そうか手紙をもらったら返さなきゃいけないんだった。
手紙を読み終えたわたしは呆然とした。うれしくはあるけど、それよりもまず返事の仕方が分からない。いや、手紙を書けばいいのは分かるけどなにを書けばいいのか、どうやって渡せばいいのかがまったく分からない。
いつの間にかペーパーナイフはわたしの手からなくなり、侍女はいなくなっていた。
どうしよう、とりあえず図書室に行って本を探せばいいのだろうか。たぶん、手紙の書き方の本があるはず。
よし、図書室へ行こう。
手紙、手紙、手紙について……
図書室についたわたしはありそうな場所をひたすら歩いて、本のタイトルを端から見ていった。毎日ここで過ごしてはいるけど、本が多いしなにより広いので場所を覚えていない。どこかで似たような本は見たと思い出せても、そのどこかが分からない。
図書室に入ってきたのは二十分前。アイボリー夫人が来るまでにあと一時間ぐらいあるけど、本を探していたら一時間なんてあっという間だ。
今歩いているところには歴史の本がたくさんあって、さっきいたところは特産品と書かれた本が置いてあった。同じような本が集まっているからここにはないのだろう。
そう思ってとなりの棚に行ったら、礼儀作法、贈り物の仕方、季節の言葉と並んで手紙の書き方という本があった。ただし、棚の中ぐらいの高さにおいてある。わたしでは背伸びをしても届かない高さだ。勝手に落ちてきてくれないかなと遠い目をしながら見てみるけど、そんなことは起きない。……踏み台を持ってこよう。
読みたい本が自分の届かない高さにあるのは今まで何回かあった。そのたびに図書室のすみのほうに置いてある踏み台をもってきて本を取っていた。かなりめんどうなのでやりたくないけど、背が足りないのだから仕方ない。いつか伸びると信じておこう。
あ、取れた。
数十分後、のってなかった。いや、返事の内容についてはあったが、出し方まではのってなかった。そろそろ夫人がくる時間だから手紙のことはいったんあきらめよう。
はやく手紙をだしたい気持ちとセレナに返事が遅れるもうしわけなさが混ざってすこし落ち込んでしまう。
本を閉じて棚に戻そうとしたとき、裏表紙の一文が目にはいった。
「手紙は会えない分、礼節をもって書かなければならない」
礼節、つまりはマナー。わたしのマナーの先生はアイボリー夫人。なら、夫人なら知っているのでは。
そのことに気づいたわたしは、急いで夫人の待つ部屋に行った。走ると怒られるので早歩きだけど、できるだけ急いだ。
「アイボリー夫人、手紙の出し方を教えてください」
部屋の扉をあけると夫人がいたので、部屋にはいるのと同時にお願いした。夫人はわたしを見て目を丸くしたあと、いつものように微笑んでくれたが、なんだか怖い笑顔である。
「お嬢様、ごきげんよう。まずは挨拶ですよ」
「うっ…ごきげんよう、アイボリー夫人」
「ええ、よくできました。それで、どういたしました?」
思ったことは正しかったようで、マナーがなってなかったので怒ったらしい。今度こそいつもの笑顔だけど、なんとなく言い出しづらくなってしまった……けど、わたしはセレナに手紙を送りたいんだ。
「ともだちに手紙のお返事を書きたいので教えてください」
「あらあら。まだ早いかと思っていましたけど、そうであれば今日のレッスンは手紙の出し方にしましょうか」
「ほんとうですか?!」
いいと言ってくれるか分からなかったが、夫人はあっさりと今日のレッスン内容を変えてくれた。
セレナ、待っててね。
彼女から会えると知らされたのはそれから数日後のことだった。