よくある婚約破棄もの、またはある国の指導者の在り方についての断章(習作)
本当に初投稿です。とりあえず練習として書いてみました。
よくある話です。
「アナスタシア! お前との婚約を破棄する!!」
アカデミーの卒業パーティの途中、婚約者のユーリに面と向かって、そんなことを叫ばれた。会場の人々の注目がこちらに集まる。
スーツを着たユーリの隣には、黒髪の少女、イヴァンナがいて、ユーリに抱きつき、私に向けて勝ち誇るような笑みを浮かべている。
「お前はこの2年間、転校生で子爵令嬢であるイヴァンナを散々にいじめた。このアカデミーでは生まれに関係なく、皆が平等のはずだ! それなのにお前は、生まれで人を差別し、迫害した。そんな奴は、この国を導くことになる俺の伴侶には相応しくない!」
ユーリの叫びが続く。何事かと、周囲から人が集まってきた。
この国の未来を担う人材を養成する、という目的で数年前に設立されたアカデミーには、わが国の指導層を始めとして、高級官僚や高級軍人の子弟が多く入学している。そんなアカデミーの卒業パーティには、彼らの親たち、つまりこの国の要人たちが多く出席していた。
そんな場でこんな騒ぎが起きてしまったことで、私は恥ずかしくて顔が赤くなった。しかし同時に冷や汗も垂れてくる。このままでは、非常に厄介なことになるだろう。
(とにかく、ユーリを落ち着かせて、せめて別室にでも連れていかないと……)
「ユーリ、この場で話すのは良くないわ。落ち着いて、どこか別の場所で話しましょう」
私は説得するように、静かな声で言った。
「黙れ! 皆がいるこの場でお前の悪事を明らかにしてやる!」
ユーリはまったく聞き耳を持たない。むしろヒートアップする。
(別室に行くのは諦めた方がよさそうかしら)
こうなったら、せめて周りに誤解されないようにする必要がある。ユーリの言葉に反論することに決めた。
「私はイヴァンナをいじめてなんていないわ、アカデミーでの振る舞いを注意したくらいよ」
「注意? お前はイヴァンナを呼び出して散々になじったり、親の権力を使って彼女を害そうとした! 彼女の証言が何よりの証拠だ!」
「怖かったです……。ユーリ様……」
イヴァンナが声を震わせながら、ユーリの胸元に顔を埋める。
ますます人が増えてきた。知っている顔も多い。元帥閣下や財務長官まで来ている。
辺りがざわつき出した。周囲の人垣の奥でアカデミーの校長が青い顔をしているのが見える。
(マズいわね)
「聞いて、ユー「ユーリ、これは何事かね」
静かな声が後ろから聞こえた。その声とともに、周りの喧騒が一気に静まる。
振り向くと、口髭を蓄えた、威厳ある初老の男が微笑みを浮かべながらこちらへとゆっくりと向かってくるのが見えた。ユーリの父であるこの国の指導者、ニコライだ。
彼の進路を塞がないようにと、人垣が分かれる。
彼の周りを囲うように、側近やボディガードたちも来ていた。私の父、ミハイルの姿もあった。父は無表情でこちらを見ている。父からはまったく感情を読み取れなかったが、これはいつも通りだ。
「父上!」
ユーリが嬉しそうに声を上げると、ニコライはユーリの声に頷く。
そして彼は私の方を見ると、軽く手を上げた。
「おや、アナスタシアもいたのか、卒業おめでとう。久しぶりだね、元気にしていたかい?」
ニコライはさっきまでの緊迫した空気とは場違いなように、私に気さくに声を掛けてきた。
「お久しぶりです。アカデミーでは私も色々と学ぶことができました」
「それなら良かった。君の成績はなかなか優秀だと聞いている。君の父上とはよく話すんだが、君とはなかなか会える機会がなくてね。どうしているのかと思っていたんだ」
「父上!」
私とニコライとが親しそうに話すのに苛立ったのか、ユーリがまた声を上げた。
「ユーリ、落ち着きなさい。どうしたんだ? おや、隣にいるのは誰だい?」
ニコライはユーリの隣に立つイヴァンナに気が付いたようで、ユーリに問いかけた。
「父上、彼女はイヴァンナ・タルキエフといいます。アカデミーの同級生です」
「はじめまして、ニコライ様。私はイヴァンナと言います」
イヴァンナはユーリから少し離れ、背筋を伸ばし、媚を売るような顔をしてニコライに挨拶をした。
「やぁ、はじめまして。『様』は不要だよ。私は卒業生であるユーリの父親としてここにいるんだ。このアカデミーは生まれの差なく、平等に教育を施す場。君と私とは対等だよ」
その言葉を聞き、イヴァンナは更に笑顔になる。
「ありがとうございます!」
「父上、実はこのアカデミーの中で、いじめがあったのです!」
イヴァンナがニコライに笑顔を浮かべていることに苛立ったのか、またもユーリが声を張り上げる。
「ユーリ、どういうことかな?」
ニコライはユーリの方を向いて問いかけた。落ち着き払っており、動揺した様子は見られない。
「実は婚約者であるアナスタシアが、子爵令嬢であるイヴァンナをいじめていたのです。彼女の生まれを馬鹿にするようなことも言っていました! アナスタシアは、この国を指導する立場になる私には相応しくありません。私はアナスタシアとの婚約を破棄して、イヴァンナと結婚したいと思います」
ニコライは、ユーリの声を聞いて、考え込むように髭をなでる。
微笑を崩していないが、目が鋭くなっていた。
「婚約は、私とアナスタシアの父であるミハイルとで勝手に決めたものだ。こんな場で破棄するのが相応しいとは思わないが、双方が納得しているなら別にいい。お前が好きな相手と結婚するのも別にいいだろう。しかし、いじめについては見過ごせない。何か証拠はあるのかな?」
私とユーリとは幼馴染であり、それほど仲はよくなかったが幼い頃から顔を会わせていた。それが「婚約」となったのは、アカデミーに入学する時のことで、権力者の子供である私とユーリとが羽目を外さないように、との意図があったらしい。婚約していることを周りにアピールすることで、変な虫が寄ってこないようにしたのだろう。
そのことが分かっていたので、アカデミーの最初の1年間、私とユーリは友人くらいの関係で何事も無く過ごした。ユーリはいつもオドオドとして自信なさげだったが、人の話を謙虚に聞く人間だった。
しかし、2年目の初めにイヴァンナが転校してきてからは違った。イヴァンナがユーリに猛烈なアプローチを掛け、ユーリは段々と変わっていった。彼は段々と自信を付け、傲慢になった。そして私の言葉に耳を貸さなくなり、敵意さえ向けてきた。
何を勘違いしたのか、私がユーリのことを好きで、それに嫉妬してイヴァンナに敵意を向けている、と彼は思うようになっていた。
しかし、ニコライと父はアカデミーに在学している間は婚約を維持しろ、と言っていた。だから、アカデミーを卒業した今日になって、ユーリはこんなことをしでかしたのだろう。
いじめの証拠を求めるニコライの問いかけに、ユーリは笑顔を浮かべて答える。
「はい! イヴァンナは、アナスタシアに呼び出されて、なじられたと言っています」
「そうなのかな、同志アナスタシア」
「いえ、私はイヴァンナさんがアカデミーに相応しくない行動を取っていたので、注意しただけです」
「アナスタシアさんは、私が汚れた生まれだって……。このアカデミーに相応しい立ち振る舞いを身に着けなきゃいけないって……。そう言ったんです」
私の言葉を打ち消すかのように、イヴァンナが声を震わせながら言う。先ほどニコライに向けた笑顔とはまったく異なり、今にも泣き出しそうな顔をしている。
(ええ……)
私は呆れていた。演技をするにしても、もっとやりようがあるだろうに。
「ひどいことですよね、父上!」
「彼女は子爵令嬢、つまり貴族の生まれだろう。貴族階級は、労農人民からの搾取による寄生的生活を送り続け、贅沢に慣れきった汚染された階級だ。『汚れた』というのは間違いではない。その彼女に、労農人民による国家としての連邦、その中核となる人間を育成するアカデミーに相応しい行動というのをアナスタシアは教えようとしたのだろう。何も問題は無いじゃないか」
ニコライは、首を傾げながら落ち着いて答える。
この国、「連邦」は革命によって貴族と富裕市民を打倒し、労農人民たちが建設した国家だ。元貴族階級の人間は今でも監視下に置かれ、労農人民たちとは教育・職業・住居などの面で区別されている。彼らには連邦の国家理念に沿った「教育」が必要だからだ。そのように連邦を作り上げたのは、ニコライや私の父であるミハイルたち、現在の連邦の指導部だ。
父親に自分の考えを否定されるとは思わなかったのだろう。ニコライの言葉を聞いて、ユーリは目を丸くする。ユーリの隣にいるイヴァンナは顔を赤くしている。隠そうとはしているが、明らかに屈辱を感じている目をしていた。
彼女、イヴァンナの行動の裏には、貴族という生まれに対する特権的意識が隠れているのが見て取れた。連邦もアカデミーも平等を謳っているが、実際は労農人民の子弟が優遇される。私は彼女のことを見ていられなかった。上手く隠しているつもりだったのだろうが、見るものが見ればすぐに分かっただろう。その手のことに慣れている人が少ないアカデミーの中ならまだいいが、卒業した後は危険だった。
しかもアカデミーに入ってすぐ、イヴァンナは、連邦の最高指導者の息子であるユーリに猫を被って接近した。どういう方法を使ったのは知らないが、ユーリはイヴァンナの言葉を信じるようになり、学業をおろそかにした上、特権的な意識を持つようにまでなってしまった。
私は、彼女を説得しようと何度か呼び出した。しかし、彼女は私の言葉を聞こうとせず、すぐに逃げてしまった。そして、呼び出しを知ったユーリは私への敵意をますます深めていった。
「それだけではありません、アナスタシアは、そこにいる彼女の父、ミハイルの権力を使ってイヴァンナを害そうとしたのです」
気を取り直したかのように、ユーリは言う。あたかも、それが決定的な証拠であるかのように。
「しばらく前から、私が外を歩く時にいつも誰か男の人が付いてきました……。私、怖かったです……」
イヴァンナがまた震え声で話す。
「ミハイル、そうなのかな?」
ニコライは傍らにいた私の父、連邦内務長官であるミハイルを見る。
父は落ち着きはらって答えた。
「はい、同志ニコライ。私は娘のアナスタシアから、このイヴァンナに関して『階級敵』的な意識が残っている、との報告を受けました。そのため、部下に彼女に関する情報収集活動および監視活動を行なわせました。これは私の権限の範囲です。彼女に露見してしまったのは私の責任です。部下たちの能力向上を徹底いたします」
「なるほど、そういうことか。同志イヴァンナ、何か不幸な誤解があったようだね。このミハイルは、君を害すつもりはなかったようだ。ただ、彼は心配性なだけなんだよ」
「申し訳ありません、同志」
父がニコライに頭を下げる。
「いや、いいんだよ、ミハイル。君とは長い付き合いだ。君が国家に忠実で、確実に仕事をこなすのはよく知っている。これも、国家のことを考えてのことだったんだろう」
「はい、同志」
父が顔を上げた。
「ユーリもそれでいいかね? アナスタシアは悪いことはしていないよ。彼女はいじめなんてつまらないことはしない。そうだろう、アナスタシア」
「はい、同志ニコライ」
この成り行きに、ユーリもイヴァンナも何を言えばいいのか分からないようだ。うろたえたように目をキョロキョロさせて、あたりを窺っている。
周りの人々も成り行きを注視するかのように、静かにこちらを見ている。
不穏な静寂が続いた。
「そういえば、ユーリ。君は、自分が『この国を指導する立場になる』と言ったね」
ニコライは何かに気が付いたかのように、ポンと手を打ってから、沈黙を打ち破って言った。
「言いました。それがどうかしたんですか?」
ユーリは、突然どうしたんだ、と不思議そうな顔をして答える。
「連邦憲法2条で『この国を指導する』のは、連邦の最高指導者、と決められている。そして連邦の最高指導者は、中央指導委員会によって選出される。しかし、お前は自らが『この国を指導する立場になる』、と言った。これは、中央指導委員会の権限を奪取しようとする意図がうかがえる。また最高指導者である私の任期はあと4年間残っている。私が辞職する予定も、中央指導委員会が私を解任する様子もない。それなのに最高指導者の地位を得ようとするには、私を排除する必要がある。つまり、最高指導者に対する害意を示した」
ニコライは何てことのないことを告げるかのように、淡々と言った。
「父上! 何を言っているのです!?」
ニコライの言葉にユーリは驚愕した様子で叫んだ。
イヴァンナはニコライが何を言ったのかを理解し切れていないのか、ポカンとしている。
「父上は誤解している!違うんです!」
ユーリがニコライに向けて足を踏み出そうとする。すぐにボディガードたちが立ちふさがった。手には警棒が握られている。
ニコライはユーリのそんな様子を気にせずに話を続ける。
「ふむ、ユーリ、イヴァンナさん。どうやら君たちは、私に対して反逆の意図があったらしい。私を殺し、この国の実権を奪おうとしていたようだ。これは刑法311条違反だ。そうだろう、ミハイル」
「はい、同志。間違いありません」
ニコライの言葉に父が間髪いれずに答えた。
連邦刑法311条は「国家に対する反逆罪」を規定する。「国家指導者および指導層の暗殺や国家権力を不当に奪取する、あるいはそれらを意図すること」に適用され、罰は死刑に限られる。
ユーリとイヴァンナを囲うようにして、褐色の制服を着た男たちが来ているのが分かった。胸には鎌を持った騎兵のシンボルが踊る。内務警察の人間だ。
「父上! 私はそんなことはしません! 私はただ、アナスタシアの横暴を見過ごせなかっただけで……。それにイヴァンナと結婚したくて……」
「ニコライさん、これは何かの間違いです!そんなことは考えていません!私は子爵令嬢でしたが、今は連邦の忠実な人民です!心を入れ替えたんです」
ブツブツと何かを呟くように言い訳するユーリと、状況を理解したのか声を上げて抗議するイヴァンナ。2人の顔は真っ青になっていた。
「ミハイル、彼を連行しろ」
「はい、同志。やれ!」
父が言うと、内務警察の男たちが無言でユーリとイヴァンナを捕らえ、後ろ手に手錠を掛ける。
そのまま、2人は連行されていった。
「父上、これは誤解です……。違うんです……。許して……」
「私は高貴な生まれよ! こんなことは許されないわ! 離しなさい! 下民!」
2人は泣き叫んでいるが、誰も返事をしようとしない。遠巻きに見守るだけだ。
卒業するアカデミーの生徒たちの中には青い顔になる者や、へたり込んでいる者もいるが、大人たちはまったくの無表情だ。最近は収まってきたが、ニコライが最高指導者になって以来、大勢の人間が極北に送られるか、「消えた」のだ、私もそうだが、こんなことには慣れてしまっている。これくらいで動揺していては、この国の中枢に残ることは出来ない。
2人と、それを連行する内務警察たちがホールの扉から出ていく。
刑法311条に違反したユーリとイヴァンナは、内務警察最高司令部で多少の「尋問」が行なわれた後に、革命裁判所へと送致されることになる。革命裁判所の法廷は、検事、被告、裁判長の3人で構成され、「迅速な審理」を目的として被告に抗弁権は無い。すぐに判決が下り、即座に執行されるだろう。
ユーリとイヴァンナがホールから消えてすぐに、野次馬たちは散っていった。立ち尽くす私と、ニコライたちだけが残された。
「アナスタシア、息子が失礼したね」
自らの息子に事実上の死刑判決を下したばかりだと言うのに、ニコライは微笑みを崩さず、呆然と立つ私に声を掛けてきた。
「いえ、同志ニコライ、気にしないでください。もっと早くあなたに伝えておくべきでした」
なんとか気を取り直して返事をする。
彼、連邦の最高指導者である同志ニコライ・パブロヴィチはこれまで、身内の者であっても容赦なく「処置」してきた。彼の最側近、彼の師、彼の親友、彼の従兄弟2人、そして彼の母。しかし、彼がそれで落ち込んだ、という話は1度も聞いたことがない。
彼は誰も、自分の息子でさえも信用していなかったのだろう。自分が信用していない人間が消えても気にする必要はない。
イヴァンナの言葉に惑わされたのだとしても、ユーリは特権的あるいは反革命的な意識を持ってしまった。その上、連邦での立ち振る舞いすらも身についていない。アカデミーを卒業して官僚として任官する人間、しかも最高指導者の息子として出世が約束されている人間として不適当と見られたのだろう。
ニコライはユーリを切り捨てたのだ。
素早い決断であった。しかし、人口4億を数える連邦の最高権力者であるニコライにとっては普通のことなのだろう。非情で取り返しの付かない決断でも簡単に下すことができることは、一種の長所だ。
その時、ふと疑問が浮かんだ。
(そもそもユーリとイヴァンナを捕らえた内務警察の人間は、なぜこの場にいたのだろうか?)
多くの階級敵や反革命分子を相手にする内務警察の職員は非常に忙しく、常に人手不足である。密告や通報がなければ動くことは少ない。ましてやここは要人が集まるパーティの場である。最初から用が無ければ、こんな場所にはいないだろう。
ニコライは熾烈な権力闘争を勝ち上がってきた陰謀家でもある。もしかしたら、全てが計算されていたのかもしれない。
(ユーリを排除することは決まっていて、一連の騒動は私が信用できるか試すため? だとしたら、なぜこの場所で騒動を許したの? 自分の息子であろうと切り捨てることを示そうとした? そもそも貴族の令嬢な上に、それほど優秀でもないイヴァンナがなぜアカデミーに入れたの? どこまで彼は意図していた?)
多くの疑問が浮かんでくる。
「あの、同志……」
ニコライは手で私が話し出そうとするのを制する。
「アナスタシア。君はとても役に立ってくれたし、こんな場で恥をかかせてしまった。埋め合わせはさせてもらうよ、楽しみにしておいてくれ。ではパーティを楽しんで!」
そう言うと、ニコライは父や側近たち、ボディガードを引き連れて去っていった。
既にパーティ会場は落ち着きを取り戻し、ユーリやアナスタシアのことなど無かったかのように、賑やかな談笑の声が溢れていた。
たぶん主人公はこの後、特別な「推薦」を受けて、女性官僚として出世コースに乗ると思います。
ユーリ君にとっては悲恋だったので、「悲恋」タグを付けて、ジャンルは恋愛にしました。
色々とミスがあると思います。
感想や評価してくれたら嬉しいです。
これが初投稿で、他にも幾つか作品を挙げています。よかったら読んでいってください。