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北へ:前


道すがら何かアクシデントに見舞われることもなく、二人は無事にカンディスに着くことができた。

「ここまでありがとう」

「礼を言うのは俺の方だぜ。色んな話が聞けて楽しかった!」

「ありがとう。元気でな」

街に入ってからすぐ、二人はお礼を言いながら商人の男性と別れた。

「優しい人でよかった」

「そうだな」

小さくなっていく商人の背中を見ながら、レオたちも自分たちのやるべきことへと動き出す。

「この後はどうする?」

「とりあえず宿を取ろう」

商人の姿が完全に見えなくなった頃にレオたちも行動を起こした。

まずは宿の確保だ。この街には長く滞在しない予定の二人だが、四日も野宿だったためしっかりとベッドで休み、体力気力共に回復させる必要がある。

街の地図など持っていない二人はなんとなくの方向に進んでいく。ギルドで話を聞けばいい情報が入るかもしれないと、レオたちはまずギルドを探した。

カンディスの雰囲気はムーア共和国と違い、どこか空気が詰まっているように感じる。

「どう言った御用でしょうか」

ギルドを見つけた二人は、中に入り受付に向かった。ギルドはムーアよりも小さく、中も手狭になっている。街と同じように、ギルドもあまり活気づいていない。

「宿を探してる。どこか安くていい宿はない?」

「宿ですか。でしたら妖精亭はどうでしょうか。ギルドを出て左に行きますと見えてきますので、宜しかったらご利用ください。エルフの方がやっているお店で、女性の方に人気の高い宿なんです」

「ありがとう」

受付には柔らかな笑みを浮かべる男が立っており、丁寧な口調でノエルたちに対応した。猫人受付との違いにレオは軽く驚く。

レオは二人のやり取りを流し見しながらギルドの中へと視線を移す。

カンディスにいる冒険者の質は高くない。依頼の数が少なく、高ランクの依頼もない。カンディスの周辺には強力な魔物が湧かないため、冒険者たちは安全に狩りができる。

「レオ、行くよ」

「ああ」

ノエルに呼ばれたレオは視線を戻す。何人かが二人に目線を向けているが、レオたちに興味を示している様子はなかった。

ギルドを出てから少ししたところで、レオは街の雰囲気が暗い理由に気がついた。

カンディスには元気がない。街で問題を起こすのは、大抵冒険者かそれに似た類の者たちだ。しかし、街を活性化させているのもまた冒険者だ。

冒険者という存在の需要が低いため冒険者の数が減る。冒険者を呼び込みたい宿や酒場の数が少なくなり、街の人間はこの時間帯、まず出歩かない。

「明日は食料を買って、それから出発?」

「それでいい。ミュール帝国までは徒歩で三日だったか」

ノエルはレオの返事に頷くと宿を見つけ指をさす。

「妖精亭あったよ」

ノエルの見ている先には煉瓦造りの建物があり、煉瓦の特徴的な赤色が夜の明かりに映えている。証明に照らされた看板には大きな文字で「妖精亭」と書かれている。

「いらっしゃいませ!」

「二人で一部屋」

「畏まりました」

恭しく礼をした受付に代金を払うノエル。

「こちらお部屋の鍵です。夜はしっかりと鍵をかけてから就寝してください。それではごゆっくりどうぞ」

受付から鍵を受け取ったノエルはそのまま部屋に向かおうとするが、それをレオが止める。

「二人で一部屋と言ったか?」

「うん」

「それは、いいのか? ノエルだって気にするところはあるだろう」

「問題ない。それにレオは私に興味が無い」

「は?」

ノエルの断言するような言い方に、レオは間の抜けた声を出す。

「自慢じゃないけど私は可愛い方。でも、レオは出会ってから一度も変な視線を向けてこなかった。それに、大型作戦で十日間も同じ空間で生活してきた。今更気にするようなことじゃない」

前半の物凄い自慢に目を細めるレオだが、あながち間違ってないため否定出来ない。

ノエルは整った容姿をしているため、男に言い寄られることがよくある。そんな人間を多く見てきたお陰で目は鍛えられている。下心を持っていれば、ノエルはすぐに気づく。

そして、レオ自身もノエルに絶対に靡くことはないと確信している。

レオは見た目二十代で止まっている。十九歳の時に成長も老化も止まってしまったが、実年齢は三百歳。年の差がありすぎるのだ。レオから見ればノエルは若すぎる。

生まれてから一度も恋という感情を抱いたことのないレオには、関係のない話だった。

睡眠欲、食欲、性欲。どれも三百年の間に枯れ果ててしまった。そもそもレオが恋をしたとして、絶対に相手の方が先に死んでしまう。いつからかレオは愛という感情を忘れてしまった。

そんなレオだが一応の常識、倫理観は兼ね備えている。

「まあ、確かにノエルに下心を抱いたことはないが……」

「それはそれで少しムカつく」

レオはノエルの言い分に納得してしまった。

ムスッとした表情をするノエルは小動物のように愛らしい。だが、レオにとってはまんま小動物と接している感覚に近い。

そこにあるのは男女間に発生するような感情ではなく、お互いに気の置けない仲間としてのものだ。

「レオは手を出してこない?」

「勿論だ。それと無理しなくてもいいんだぞ。俺なら外でも十分に寝られる」

「大丈夫! 部屋はもう取っちゃったから。それに二部屋借りたら代金が勿体ない。まだ移動は続くから無駄遣いは避けたい」

ノエルはそう言ってレオと共に部屋へ向かっていく。ノエルの持つ鍵には、部屋番号が書かれた札が着いている。二の札を見て部屋を探す。壁に部屋番号が書かれた板があり、それに従って廊下を進んでいく。

ノエルたちの部屋は三階にあり、二人で過ごすには十分な広さがあった。

「いい部屋だな」

「うん」

夕食は宿の一階にある食堂で済ませる。二人が卓に着くと、数人が視線が向けた。視線の元を辿れば他の冒険者たちだ。

周囲を確認したレオは、たしかに女性客が多いのを感じる。男性冒険者もいるが、率で言えば三割ほどだ。

「本当に同じ部屋で良かったのか?」

周りの男性客の少なさに少し場違い感を覚えたレオは、再度提案するがノエルに素気無く却下される。

「見てないところで何か問題を起こされるよりマシ。それにレオは勝手にいなくなるから」

ノエルの言い分も分からなくないレオだが、子供のような扱いに異議を申し立てる。

ノエルとの会話もそこそこに、温かな料理が二人の元に運ばれてくる。野菜中心の料理だが、主菜には兎の肉が使われている。野菜と兎の肉を煮込んだ料理からは、湯気が立ち上り食欲を唆る。

「食べよう」

ノエルが両手を組んだのに合わせてレオも手を組む。食事の前には神への祈りを捧げるのだ。

解放者となり、価値観が変わったレオは祈るべき相手がいないのだが、長年で染み付いた習慣でつい祈ってしまう。

「美味しい」

「美味いな」

祈りを終えた二人はスープから手をつける。スープは野菜が柔らかく、口に入れた瞬間に溶けるようになくなった。それでいて芯の食感が残っていて、しっかりとした噛みごたえもある。

肉の方はどうだろうと、レオは一口サイズの兎肉をスプーンで掬う。

「っ⁉︎」

驚きと共に肉の旨味に一瞬で口の中を支配された。口内に広がる肉の風味と僅かな香辛料の香り。肉の臭みを香辛料で誤魔化すのではなく、香辛料の匂いと調和させた見事な料理だった。

レオは今までで味わったことのない感動に硬直した。

「レオ?」

「はっ⁉︎」

飛びかけていた意識がノエルによって引き戻される。

「すまん、ぼーっとしてた」

「魂が抜けたみたいになってた」

ノエルの表現はあながち間違ってはいなかった。

レオはこの料理一つで天に召されそうになっていた。美味いものを食べて死ねるのならそれもいいかもしれないとレオは考えたが、すぐに自分が不死身だということを思い出した。

その後もレオは初めて味わう様々な料理に舌鼓を打った。

「レオ、明日は午前中までに出発しよう」

食事を終えた二人は部屋に戻り明日の予定を立てていた。

「そうだな。徒歩で三日、馬だと一日半。食料は三日分買うとして馬はどうする?」

「もし乗せてくれそうな人がいたら乗せてもらおう。ギルドで依頼を探すのもあり」

来た時と同じように行商人に同乗させてもらうのも一つの手だが、ノエルが言ったように依頼として馬を獲得することもできる。あとは乗り合い馬車を利用する方法だ。

馬車かどうかは翌日になってみないと分からないが、徒歩だった場合の想定で準備を進める二人。

ノエルは野宿の経験がかなりあり、野草料理や野生動物の確保は得意だ。森の木を利用して即席のテントを作ることも可能だ。そしてレオは食料も寝る場所もこだわりのない元奴隷。レオ自身は雨さえ凌げればどんなところでも構わないとすら思っている。

「じゃあ明日、依頼と乗合馬車を探そう」

「ああ」

「おやすみ」

二人はそれぞれのベッドに潜り込んだ。野宿になれば柔らかい布団での十分な睡眠は取れない。見張りの必要のない宿の一室で二人は眠りについた。


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