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指名手配:後


「――がい!」

外の騒がしさで目が覚めたノエル。窓を開け下を確認してみると記者が紙束を配って歩いていた。

「号外!」

何の事件が起こったのか気になったノエルは隣の部屋で眠っているレオの元を訪れる。そこで初めてレオがいないことに気がついた。

トイレにでも行っているのかと思ったノエルだが、一向に戻ってくる様子のないレオに疑問を抱く。

レオを探そうと宿の受付に話を聞くが、レオのことは見かけていないという。宿を出てギルドへと向かうノエルの元に、一枚の紙が風で飛ばされてきた。

「号外の?」

街で何か事件が起こっていたのを思い出したノエルはその紙を拾った。紙には大きな見出しで、城壁封鎖の報せと指名手配が載っていた。

「え……レオ?」

号外の人相書きにはレオと思しき人物が描かれていた。レオの特徴をよく捉えた見覚えのある似顔絵だ。シンザンからの二人組に見せられたのと同じ物が複写されているが、それよりも罪状にノエルは驚く。

「国を脅かすほどの凶悪な逃走奴隷?」

レオの印象とは正反対の書かれ方をしている記事にノエルは怪訝な顔をする。

国民に対しては、安全のために家から出ないことと、兵士が尋ねた場合は素直に捜索に協力することの旨が書かれている。

「だから逃げた? レオは本当に犯罪者だったの?」

ノエルの中に疑問が生じる。パーティを組み同じ時間を共有した仲間として、ノエルは少なくともレオを信用していた。元奴隷という事実とノエルの前から姿を消していることで、ノエルの中に迷いが生まれていた。

直接会って話を聞かなければ分からない問題に、ノエルはレオを探し始める。

街の冒険者たちは探索に行けないため、宿で大人しくしているか、レオを捕まえ一攫千金を狙うかのどちらかだ。

衛兵や冒険者と、大量の人間に追われるレオの行動範囲は限られる。

ノエルはサーチの魔法で路地裏や建物の陰にいる人間に片っ端から接触を試みる。広い街の中を移動しながら魔法を使っていると、徐々に街の中心から外れ始める。街の外縁付近は、外壁により太陽の光が遮られ雰囲気が暗い。

「サーチ」

もう何度目とも知れない魔法。多くの人の反応を捕捉し、その中から怪しい人間を割り出していく。そろそろ魔力もなくなりかけ、保ってあと数回という所まで来た。これ以上の捜索は魔力の回復を待ち、後日になってしまう。そうなればレオも移動するため、今日中に見つけたいと願うノエルだった。

「……下?」

サーチの反応と視界の情報を照らし合わせ怪しい人間を割り出す。サーチの魔法に幾つもの反応があり、そのうちの一つが地下からの反応だと分かると、ノエルは急いで地下への入り口を探した。

人通りが少なく暗い路地裏は、脛に傷を抱えた人間たちのいい溜まり場だ。既に人の住んでいない空き家を根城にする者や、拠点として勝手に占拠し徒党を組む者。色々と見つかる中でノエルは一つの寂れた教会を見つけた。

屋根は朽ち落ち、壁には蔦がびっしりと張り付いている。扉は意味をなさず開きっぱなしだ。中は辛うじて使えそうだが、何年間も人が出入りしていないのか、雑草が地面を埋め、椅子には塵が積もっている。

そして教会の奥に続く扉。そこを抜けると廊下があり、その先に生活感が強い部屋が現れた。小さな椅子や机を見る限り孤児院のような施設だったことが分かる。

その最奥に、地下へと続く梯子が隠されているのをノエルは見つけた。。梯子も他と同じように埃が積もっていたが、真新しい一人分の足跡が付いている。

「レオだったらいいけど」

ノエルは魔法で下を照らし、警戒しながら降りていった。

土臭さと水の臭いが鼻をつきノエルは顔を顰める。光を先行させながら反応のあった方向へ進んでいく。

「確か、ここら辺――」

「誰だ?」

「う……」

突然声と共に喉元には指が突きつけられ、片腕が抑えられた。背後を取られたことにノエルは息を飲む。

「ん? その声はノエルか?」

ノエルの背後を取っていた人物はノエルの声を聞き拘束を解いた。

体が自由になったノエルは明かりを強くし後ろを振り返る。薄黄色の光は後ろの人物の顔をはっきりとさせる。

「レオ。やっと見つけた」

「ノエルだったとは思わなかった。誰か来たのは分かったが、灯りが一つもなかったからな」

 レオはいきなり襲ったことを謝った。

「それはいい。そんなことよりも、これ」

ノエルはそう言いながら紙を取り出す。宿の近くでも配られていた号外だ。

「俺を捕まえに来たのか?」

「真実を確かめに来た」

ノエルはそう言いながら紙をしまう。

「そうか。なんでお前はここまで追いかけてきたんだ? 俺が本当に凶悪な罪人だったら命の保証はないんだぞ」

「レオのこと、仲間だと思ってたから」

レオの問いにノエルは即答する。だが、ノエルの中で確信を持てる答えがあるわけではない。真実を知るために、レオと直接話をする必要があった。

「レオのことを、教えて。嘘なく」

「そうだな。いつかは、話さないといけないと思っていた」

レオはそう言って生い立ちを話し始めた。ここでも不死身のことについては伏せながら、シンザン王国でのレオの処遇と、逃げ出すまでの話を。

「……それで?」

レオが奴隷という立場から解放された話を聞いたノエルは頭に疑問符を浮かべていた。

「以上だ」

「レオはただ鎌を持ち逃げしただけ?」

「そうだな。この鎌は盗んだ物で間違いない」

何故レオが追われる身になっているのか。号外に書かれた大罪とはほど遠いその答えに、ノエルは腑に落ちない。

そもそも、奴隷紋から解放された理由をレオが話していないため、ノエルにはその程度の認識しかできない。普通、奴隷紋の強制力から逃げだすには所有者の承諾が必要になる。

しかしレオは、シンザンから許しを得たわけではない。解放者となって逃げ出したため、シンザンとしては逃走奴隷という扱いになるのだ。

「レオを手放したシンザンがなんで追ってきてるのかは聞かない。何か理由があるのかもしれないのかもしれないけど、レオが話してくれるまで待つ」

「信じてくれるのか?」

ノエルは一つ息を吐いてから言葉を発する。

「レオが悪い人じゃないことは知ってる。私は仲間として、レオを信じたい」

「ノエル……」

「それにレオは森で私を助けてくれた。今度は私の番」

胸に手を置いたノエルは真っ直ぐにレオを見つめる。レオと目を合わせて逸らさない。

「だが、追われる身になるぞ」

レオの言いたいことが分からないノエルではない。外を歩き回っていた兵士たちを見たノエルは、レオよりも逃げることの難しさを理解している。だが、

「遠慮はいらない。私はレオの先輩冒険者。そしてこのパーティのリーダー。そしてレオの仲間。これくらいの問題、一緒に解決してみせる。レオのことは私が守る」

胸を張ってそう言い切ったノエルに、レオは驚きと呆れ半々の表情をする。覚悟を持って啖呵を切ったノエルに対し、レオも諦めたように息を吐く。

「分かった。俺の背中は任せる」

「任された」

自信満々に言い切ったノエルを見てレオは微笑む。

「俺を守ると言ってくれたのは姉だけだった」

「そうなの?」

「ああ。世の中にはひどいお人好しがいるんだな」

「それ私のこと?」

「どうだろうな」

濁すようなレオの言い方に、ノエルはむくれる。

レオは似ても似つかないノエルに姉の姿を重ね、すぐにその夢想を頭の中から追い出す。元奴隷と知ってなお自分を助けようとするノエルだけは死なせたくないと、レオは強く思った。

「だがどうやって逃げ出す? 門は封鎖され壁を越えるのも不可能。壊そうものならすぐにでも兵士がやってくるだろう」

二人で逃げることが決まったはいいが、肝心の逃げる方法が思いついていないレオ。ノエルも手詰まりの状況に頭を悩ませる。

街の中は兵士が巡回し、門は扉が閉められ外からも入れないようになっている。街の外に出るには壁を超えるか壁を壊すかの二択。だがどちらも成功する確率の方が圧倒的に低い。街は完全に隔離され、逃げる場所など一つもない。

「それに、ノエルは知り合いはいないのか? 冒険者にも交友はあるだろう?」

「今までほとんどソロでやってきたし、深い仲の人はいないから大丈夫」

「そうか」

街から逃げ出す前に挨拶の一つでもした方がいいのではないかと考えたレオだったが、その心配はなかった。

「だが、なんでソロで。ノエルならパーティの誘いぐらいいくらでも来ただろう?」

「男の冒険者は信用できない。あいつらの視線は粘っこい」

ノエルは嫌なものでも思い出したように顔を歪める。

「俺も男なんだが?」

「レオは違う。あ、男じゃないって意味じゃなくて、視線の種類が違う感じ」

「そうなのか?」

「うん」

他の冒険者と何が違うのか考えるレオだが、結局年齢以外に思いつかず、仕方なく納得する。

「とにかく、街から出る方法を探さないと」

「そうだな」

ノエルは周囲を見回しながらそう言い、レオも同じように首を振る。

二人がいる地下道には水が流れている。重力に従い、緩い坂を流れていく水をぼんやり眺めていると、ノエルは閃く。

「レオ、ここって地下水路……」

「ああ、そうだな。隠れる場所を探していたら偶然見つかったが……」

そこまで言いかけたレオはノエルが言いたいことに気がついた。

地下の水路がどこに繋がっているのか。それを考えた二人の逃走手段が三つに増えた。

「地下水路は近くの川に繋がっている」

「ああ」

近くの川まで地下水路を使って出ることができれば、地上を通らずとも街を去ることができる。

「この街の地形は覚えてる」

「本当か!?」

「私はこの街に来てから結構長い。知らない場所の方が少ない、と思う」

この街で暮らしている時間はノエルの方が圧倒的に長い。レオはこの街に来てから森にいた時間の方が長かったため、地形に関しては全く頭に入っていない。

「今いるのは街の北側外縁付近。街の西に大きな川が流れているから、そこに通じている可能性が高い」

「距離は?」

「徒歩一時間くらい。地下水路がどういう形をしているか分からないけど、それくらいはかかる」

「了解だ」

ノエルがいなければレオは今でもこの地下を彷徨っていた。この地下水路が見つかったのは偶然だが、そこから先はノエルがいなければどうにもならなかった。

「それじゃあ、すぐ戻ってくるからレオは待ってて」

「分かった」

ノエルはそう言い残して地下水路から抜け出す。

ノエルは一度宿に戻り荷物を全て回収した。このまま街を出れば、荷物や金銭の問題でいずれ行き詰まる。

それから十数分。レオは、急いで戻ってきたノエルと地下水路を進んでいく。地下水路は暗く、魔法の明かりだけが頼りだ。

地下水路はかなり入り組んでいたが、レオたちはなんとか街の外に辿り着いた。迷うこともほとんどなく、大きな川の流れに合流するように水路は続いていた。

レオたちはシンザン王国から離れるため街の北を目指すことにした。ムーアの北側であれば北ミュール連邦国の領域だ。

ムーア共和国から徒歩七日の場所に、最初の街であるカンディスが見えてくる。そこからさらに北へ進めばミュール帝国に行くことができる。

ミュール帝国は宗教について言及しておらず、国教なども定められていない。

実力至上主義と言われるミュール帝国は、元冒険者がその国を治めている。

亜人差別などの問題は少ないが、代わりに奴隷制度が存在する。だが、シンザン王国のような酷いものではない。借金に苦しむ者たちへの救済措置として奴隷制度が利用されている。

借金で生活できなくなった者の多くが犯罪者へと落ちぶれてしまう。だが、奴隷として働き口を見つけることで犯罪者の出現を抑制している。

そのため、奴隷にも一般的な人権や最低限の尊厳ある生活が保障されている。つまり奴隷の買い手が奴隷に対して非人道的な行いをすれば問答無用で処罰されることになる。ムーア共和国とはまた少し違った平和を求める国である。

道中、カンディスへと向かう商業馬車を見つけたレオたちは同乗させてもらい、誰かに見つかる前に街を離れる。まだ陽が高いうちに、二人はムーア共和国から旅立った。


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