レオ・ノエル
ギャァァァァッ!?
「何?!」
と、静まり返った森の中に、何かの断末魔が響き渡る。その声を耳にしたノエルは驚きながら身構える。
「行くぞ」
「ちょっと待って。なんで行くの!?」
「いや、確かめないと……」
「行くにしても走っちゃダメ。音と気配は絶対消して!」
「了解」
何かの悲鳴が聞こえた方向へ急ぐレオたち。音と気配を消し慎重かつ迅速に走る二人は、徐々に近付いてくる魔物の気配により警戒を強める。
「でかいね」
「でかいな」
森の木々に身を隠した二人はアングィスを見て停止した。
「あれがアングィスか?」
「そうだけど、かなり大きい」
ノエルが見つけた地面の痕跡よりも大きなアングィスがそこにいた。ノエルが見たのは少し古い跡だったのだ。アングィスはそれからも魔石を食べ続け力を増していった。
二人は森に入ってから、大きな魔物の群れに遭遇していない。いつもよりも静かな森に違和感を抱いていたノエルだったが、まさかアングィスの化成種が森の魔物を食い荒らしているとは思いもしなかった。
「あれは倒せそうか?」
「無理。アングィスの鱗はかなり硬い。それに速いから二人じゃ倒せない」
「金になるか?」
「倒せればね」
ノエルの忠告を聞いたレオは試しに鎌を振るう。
「ちょっと何してんの!?」
驚くノエルを横に、鎌からは風が刃となって飛び出す。アングィスに当たった鎌鼬はアングィスの鱗を斬り裂き血を流す。
「意外と斬れるな」
「シュゥゥ……」
アングィスはレオたちに気づき振り返る。
「何してんの?! 気づかれてなかったんだから逃げればよかったのに」
「援護、頼んだぞ」
「はぁ……」
話を聞いている様子のないレオは、ノエルの制止も聞かずに突貫する。駆け出したレオはアングィスの首を狙い鎌を振り抜く。
「斬首」
どんな魔物だろうと首を切断されれば死は免れない。
「シュゥゥ」
紙一重でレオの鎌を躱したアングィスは怒りを顕に舌を震わせる。浅く切り裂かれた首には血で線ができている。
「たしかに。思ったよりは速いな」
「防御強化!」
「ん?」
アングィスと対峙するレオの体を青い光が包み込む。レオが駆け出した時から発動に取り掛かっていたノエルの魔法だ。
物理攻撃に対する少しの補正効果の付与。体を覆う薄い膜は物理的な障壁となって防御力を底上げする。
アングィスは遠距離や魔法による攻撃手段を持っていないため、魔法を警戒する必要はない。ノエルの援護は知識と経験に基づいた適切なものだった。
「斬り刻む」
断罪の鎌が放つ死の気配にアングィスは逃げに走る。爬虫類特有の這うような動きで森の中を爆進する。
しかし、大きくなりすぎた体が災いし思ったように速度が出ないアングィスは、森の木々を薙ぎ倒しながら逃げていく。
地震でも起こったかのように揺れる大地にノエルの悲鳴がレオの背後から上がる。逃がすわけにはいかずレオは鎌を振る。徐々に距離を詰めるレオに、アングィスは尻尾の先から細切れにされていく。アングィスの体の一部が森に点々と並び目印のようになっている。
ノエルは一人と一匹を見失わないように必死でついていく。
「シャァァ?!」
レオの攻撃により体が元の半分ほどになった頃、アングィスは堪らず振り返った。斬られた体の切れ目からは血が滴っている。
「シャァァァ!!」
逃走を諦めたアングィスは決死の覚悟で正面から突撃していく。巨体でレオを押しつぶす魂胆が丸見えだが、生身の人間がこの重量を耐えきるのは難しい。だが、逃走に失敗した時点でアングィスの死は決定している。
「飛べ」
レオが振り上げた鎌は寸分違わずアングィスの首を跳ね飛ばした。鱗が硬いことで有名なアングィスだったが、斬り口に一切の乱れなく、首がなくなった胴体は大きな音を立てながら崩れ落ちた。
「ノエル、倒したぞ」
アングィスの死体を確認したレオは背後を振り返る。倒木を怖がっていたノエルは途中で援護魔法を中断していた。
「一人で突っ走るな!」
森が再び静寂に包まれるとノエルは掴みかかる。
「魔物に食べられる前に森に押し潰されて死ぬかと思った!」
「それよりもあれは金になるんだったか?」
「はあ……」
全く話を聞く様子のないレオにノエルはため息を零す。
「魔石の大きさによってはそれなりに。ただフロッグシューターの依頼は失敗。アングィスが森を食い荒らしていたから、たぶんもう依頼は達成できない。違約金が発生するから、取り分は……少しプラス、くらいかな」
アングィスが森の魔物を食い荒らしたせいで他の魔物の姿はない。今もどこかに身を隠しているのだろうが、新しい魔物が湧くまで悠長に森を彷徨っている時間はない。
「そうか」
怒っても無駄だと悟ったノエルはレオの質問に素直に答えた。そしてそのままレオに指示を出しアングィスの体から魔石を取り出させる。
「かなり大きい。一体どれだけの魔石を食べたんだか。これならもう少しプラスかも」
人の頭ほどもある魔石を取り出したノエルはそれを鞄にしまい込む。ノエルの袋はそれでパンパンになり、これ以上は入らない。かと言ってレオは入れ物の類を持っていないため、必然的にノエルが持つことになる。
「よし、帰る」
アングィスが荒らした森に生物の気配はない。地面は深く掘り起こされ木々があちこちに倒れている。これだけの被害が出ていれば少しの間、魔物は発生しないだろう。
普通は魔物どうしが殺し合うことはないのだが、何かの拍子に魔石を口にした魔物が、力に溺れさらなる力を欲することがある。中毒のように力に依存した個体は、意図的に他の魔物を狙うようになる。そして力をつけた魔物は冒険者の脅威となる。
力を蓄えた魔物が街に進出することもあるため、見つけ次第早急に排除する必要がある。魔石を喰らい知能を得た魔物も存在する。レアケースではあるが全くないとは言い切れないため、化成種は多くの人間たちに危険視されている。
ムーアに戻ってきたノエルは、化成種発生の報告と共にアングィスの魔石を買い取りに出した。持ち帰った魔石は五万リラで買い取られ、依頼の違約金が二万リラのため三万リラを山分けにした。
「やった……」
ギルドで買取を済ませたノエルは静かに両手を握りこんだ。
「一日の稼ぎにしては十分。この三日間本当にどうしようか考えて……」
一人での探索は大きなリスクを伴う。特にノエルは魔法使いのため、魔法の発動までに時間を要する。
さらにDランク以下の依頼は稼ぎがいいとは言えず、ひとまずパーティメンバーが揃ったノエルはほっと胸を撫で下ろした。
ノエルから袋ごと金を受けったレオはポケットがないため腰紐に無理矢理結びつける。
「とりあえずパーティは継続。でも今日みたい勝手な行動は許さないから。よろしく」
釘を刺されたレオはノエルから差し出された手を握り返す。白い絹の手袋越しに握手を交わしたレオは真っ直ぐノエルの目を見つめる。
「私はノエリア・スターリン」
「レオだ」
改めて自己紹介をした二人は握った手を放し近くの椅子に腰掛ける。数時間前に出会った席でノエルはこれからについて話し出す。
「レオはEランクだから私のパーティに入る。パーティ申請を出せば色々面倒事が減る」
「面倒事とは?」
「依頼のポイント管理。パーティ申請を出していないと片方には実績が残らない。つまりレオにはポイントが入らず私一人で依頼を受けたという履歴になる。今回の場合、依頼を失敗したのは私だけで、レオはまだ依頼を受けていない。ってことになる」
「なるほど。金は貰えたが冒険者としての経歴には残っていないということか」
「そう」
レオが納得したことで二人はパーティ申請を出すことにする。
「とりあえず今日は解散。明日は大丈夫?」
「俺はいいんだが、この後暇か? もし良ければ街を案内して欲しいんだが」
「……いいよ」
一瞬の沈黙の後、ノエルは了承した。
ムーア共和国はそれなりに広く商業も発展している。住民の衣食住は保証されているため街の雰囲気も明るい。夕暮れ前のこの時間帯は街の時間がゆっくりと進んでいるような空気感が流れている。
「服?」
「服だな。金に余裕があれば袋も必要だ」
「任せて」
銀色のショートヘアの靡かせながら歩くノエル。後ろをついて歩くレオの姿がみすぼらしいために悪目立ちしている。
「今日はそこそこ稼いだからそれなりに買えるはず」
そう言ってノエルは一つの店に入る。入っていいのかと迷っているレオだったが、中からノエルが顔を出す。
「入って」
その言葉にレオは躊躇いながら店内に入る。中はそこそこ広く布や服が壁際に並んでいる。
「マリーさん、この人に服」
「ノエちゃん久しぶり。服ね?」
マリーさんと呼ばれた人物は三十に届かない、二十代後半の女性だ。紺色のロングスカートを揺らしながらレオをを見定める。
「かっこいいわね。あのノエちゃんに男が……」
「この人はただのパーティメンバー」
ノエルに後ろから叩かれたマリーは、後頭部を擦りながら服をいくつか見繕う。
「こんな感じでどうかしら?」
マリーが用意したのは革製のズボンとチュニック。それとベルト。シンプルだが実用性も高く、冒険者ということを考慮しての選択だ。
「いくらだ?」
「全部で四千リラね」
袋から硬貨を取り出し金を払い、ベルトに鎌を差し込んで背中に背負うようにする。
「悪くない」
奴隷生活をよぎなくされてきたレオにとっては高級品のように感じる。
「袋はある?」
服を物色していたノエルはマリーの方を振り返り問う。
「それなら背中に斜めに背負うタイプの袋がいいかしら」
「それでいい」
服と袋を装備したレオは、早速袋の中に、財布代わりの小袋を無造作に放り込んだ。
「マリーさん、ありがと」
「こちらこそ」
ノエルは手短に挨拶を済ませると次の店に向かう。ノエルたちが次に訪れたのは靴屋だ。今のレオはほぼ素足に近いサンダルで防御力が皆無だ。衛生的にもいいものではない。近接戦闘では蹴りも使うため靴の重要度は高い。
「これがいい」
靴屋でノエルが選んだのは焦茶色のブーツだ。機能性や防御面も考慮しつつ、見た目も悪くない。
ここらで売っているものは値段がそんなに高くないのか、今のレオでも十分に払える品が揃っていた。
「ひとまずは全て揃ったか?」
「うん。最初より全然いい」
ノエルのお墨付きを貰ったところで再びギルドに戻る二人。ギルドに併設された食堂では、仕事から帰ってきた冒険者たちが会話に花を咲かせている。
「今日は、助かった」
「どういたしまして」
礼を言ったレオにノエルは淡白に返す。
「明日もってことでいいか?」
「うん。さよなら」
ノエルは自分の宿に帰り、ギルドの中で別れる。
一人になったレオは、ギルドの中で適当な席に座り一息つく。改めてギルドを見回してみれば、多くの人間がいる。まだ夕方ということもあり、これからもっと多くの人が出入りする。
「何か食べるかにゃ?」
「お前は……」
「フェリシーだにゃ」
受付係の猫人はそう名乗るとレオの目の前に腰を下ろす。
「仕事はいいのか?」
「今は休憩中にゃ。それよりもあんたの事が気になるにゃ。アングィスの化成種を討伐するなんて只者じゃないにゃ。それなりに戦えるみたいだけど、今まで何してたにゃ?」
猫のように目を細めて観察するように視線を向けるフェリシー。
「ただの旅人だよ。それよりもランクアップはどうすれば出来るんだ?」
レオはフェリシーの質問を軽く流し話題を変える。
実力を持て余しているレオにとって依頼を受けられないのは辛い。早いうちにランクアップが出来れば簡単に金も稼げる。
「ランクアップにはそれなりの時間と実績が必要にゃ。でもあの女冒険者とパーティを組むんなら簡単に上がるにゃ。それに金を稼ぐだけなら、ランクが低くても買取で稼げるのにゃ。魔物は無限の資源にゃ」
「ほう。それはいいことを聞いた」
フェリシーから有益な情報を得たレオは、その言葉の意味をよく噛み砕いた。
フェリシーは受付という仕事上、冒険者のことに関してはかなりの知識がある。おすすめの道具店などの情報も教えて貰ったレオは感謝を口にし立ち上がる。
「お前と話すのは楽しいにゃ。また話すにゃ」
「ああ」
フェリシーはそう言って受付カウンターに戻っていった。と言っても、直ぐに仕事があるわけではなく、カウンターで頬杖をついて暇そうにだらけている。
「すまん、飯はどうすれば食べれる?」
フェリシーの言っていたことを思い出したレオはカウンターに行く。
奴隷として生活をしてきたせいで、注文の仕方が分からないのだ。それどころか、料理というものを食べたことすらない。牢で出されるのは料理と呼べない残飯処理。その残飯すらも百年以上は食べていない。
「あっちのカウンターで注文するにゃ。ただ、今はたぶんやってないにゃ。夜に備えて色々準備してるにゃ。冒険者はよく食べるにゃ」
「食えないのに聞いてきたのか?」
「……すまんにゃ」
特にやることもないレオは、仕方なくギルドを出た。フェリシーが言っていたことを実行に移そうと、レオは言葉を思い出す。
『魔物は無限の資源にゃ』
頭の中でフェリシーの言葉を反芻する。今のレオは装備を調えるために金を使ってしまったため、手元に大した金額は残っていない。折角見繕ってもらった服を汚すわけにもいかず、宿には泊まろうと考えているレオ。
しかし、宿代がいくらかかるか分からないため金を稼ぐ必要がある。ノエルとの次の探索までかなり時間があるので、魔物を狩りに、レオはもう一度街の外に出ることにした。
「行くか」
レオは昼に来た森に再度訪れる。
二人で森に入った時には他の冒険者が数人いたが、夜間近となっては帰ってくる人間の方が多い。
アングィスとは遭遇しなかったんだろうかという疑問を抱いたレオだったが、道行く冒険者たちを見ても、化成種を見たという人間はいない。
アングィスを発見したのは森の奥。森に着いたレオは、草木を掻き分けながらどんどんと奥へ進む。
立ち塞がる魔物を狩りながら着々と魔石を集めていくと、ドロップアイテムも拾っていたため、すぐ袋がいっぱいになった。
「どうするか」
レオの体感では、森に入ってからおよそ三時間。森の入り口まで戻ってきたレオ空はを見上げる。
頭上の空は完全に日が落ち、世間では夕食の時間だ。探索から帰った冒険者たちが、自分の得物と戦利品を掲げ凱旋する頃合いだ。街は賑わいに溢れている頃だろうと、レオは街の方面に視線を向ける。
「袋をもう一つ買うか」
森から街までは走って三十分。さらにマリーの店まで三十分。二時間もあれば往復できる。今よりも大きめの袋を買うことを考えれば、手持ちの金と三時間分の魔石で金額は足りる。
レオは予定を決めると即座に行動に移った。
なるべく急いで街道を駆け抜ける。森の夜は星や月の明かりすら遮られ真っ暗だ。それに比べ、街道は森の中よりも幾分か明るく感じる。
はるか上空には満点の星空が広がり、月明かりと共に道を照らしている。街道を進む影は一つしかなく街の方からは宴の匂いが香る。
「夕飯を食べるのも悪くない」
レオは街に向かう途中で予定を追加して速度を上げた。およそ二百年ぶりの食事に腹が鳴る。
飢えという感覚が麻痺する程に何も食べていなかった体は、歓喜を上げるように速さを増していく。食欲に駆られたレオはあっという間に街に到達した。
「フェリシー、買取はやっているか?」
「やってるのにゃ。ここに出すにゃ」
受付ではフェリシーがまだ仕事をしていたため、レオは真っ直ぐとそこに向かう。フェリシーに言われた通りに袋の中身を全て出した。
「魔石は計量、ドロップアイテムは鑑定に回すにゃ」
フェリシーはそう言って、ドロップアイテムを裏に運ぶと、自身は魔石の計量を行う。
「それにしてもかなり持ってきたにゃ。あれからずっとかにゃ?」
「ああ」
「魔石だけで三万リラ。ドロップアイテムの方はもうちょっと待つにゃ。あの量だとたぶん二万リラぐらいにゃ」
合計で五万リラ。フェリシーの予想は正しく、数分後には受け皿に乗った二万リラが運ばれてきた。
「これだけ魔物のドロップアイテムを集められる冒険者は中々いないにゃ。あんたは運がいいにゃ」
「そうか?」
「そうにゃ。ドロップアイテムは狙って取れるものじゃないにゃ」
フェリシーから五万リラを受け取ったレオはマリーの店へ向かう。マリーであれば今の三倍近い袋も用意できるだろうという考えだったが、
「閉まってる……」
マリーの店の前まで来たレオはその場で立ち尽くす。
だが考えてみれば当然だ。今の時間帯は宿屋や酒場の独壇場。ただの仕立て屋がこの時間に店を開ける理由はない。それぞれの生活リズムがあるということを、レオは失念していた。
「マリーさんに用事か?」
レオが店の前で立ち止まっていると、声をかけられ左を振り向く。
「マリーさんとこはこの時間帯はやってねえな。どうだ、もし良かったら俺の店見てくか?」
「いいのか?」
「当たりめぇよ。商売人たるもの、自ら呼び込むのも仕事のうちだ」
豪気に振る舞う男はドワーフだ。寸銅体型に顎髭を蓄え年老いたようにも見えるが、その目からは衰えを感じない。
「俺はテルだ」
「レオだ」
短い自己紹介を済ませるとテルはズカズカと先を歩く。テルの店は、マリーの店から程近い、街の出口方向の裏路地にあった。
「ここで作って、普段は広場の朝市で売ってる」
「そうなのか。しかし、なんであんなところに居たんだ? 見たところ酒場帰りというわけでもなさそうだが」
「この時間はいつも散歩してるんだよ。たまにマリーの客を奪えたりするからな」
テルはそう言って豪快に笑う。
魔道具のスイッチを入れると明かりが灯る。暗かった店内がぼんやりとした光に照らされる。
机の上は乱雑に散らかっているようだが、作業台と商品を扱う場所は丁寧に整頓されている。部屋の中は清潔で、汚いと言うよりも散らかっているだけのようだ。
「お前さんが欲しいのは何だ?」
「この袋の三倍近い袋が欲しい」
「袋か。用途は? それと希望があれば聞きたい。大きさだけなら袋はあるが、使い方によっちゃあ強度が足りなくなる」
「迷宮から魔石や素材を持ち帰る」
テルはある程度予想していたように笑う。
「普通の布じゃ破れちまう。重さもそうだが、魔物の素材には丈夫で鋭い物もあるだろう。そうなると魔物の素材を用いた袋か革製のもの。ただ革製のものはあまり勧めない。革製品は嵩張るからな。使わない時は折り畳んでその袋にしまうんだろ? うちで用意できるとすればこれだ」
そう言ってテルが取り出したのは白い袋だ。一見普通の袋に見えるが手に取ってみればその違いが分かる。
まずは触り心地。普通の布に比べ滑らかで引っ掛かりが少ない。そして軽さ。三倍の容量にも関わらず今持っている袋と同程度の重さしかない。
「その袋は衝撃、切断、炎にも強い。ある魔物の糸を混ぜて作ってあるんだがこれが面白いように上手くいってな。今じゃ貴族の服なんかにも使われてんだ」
「いくらだ?」
「大きさ、素材、技術料込で三万五千リラだ。だが今日のあんたとの出会いを祝して三万リラに負けてやろう」
テルは、がははと豪快に笑い値段を負けた。
「また俺の店を使ってくれよ」
「ありがとう」
「俺から指名依頼があったら受けてくれよ!」
「分かった」
店の前で見送るテルに、レオは軽く手を上げ街の外に再び出て行く。
「あ、夕食を忘れていた」
森の近くまで来たレオはうっかり夕食を忘れていたことに気がついた。今まで食べないことが当たり前だったために、その考えがすっかり頭から消えていた。
仕方ないと、食事はまた今度に回したレオ。ふと確認していなかったことを思い出した。
「身分証を発行するのには一体いくら必要なんだろうか」
ノエルと次に会う時までに発行できていなくとも、出来るだけの金は用意していたい。パーティを組むのにも身分証の提示が必要になるため、正規の身分証を手に入れていないと手続きができない。
レオは金の使い方を生活を考えながら、森の魔物を蹂躙していった。