解放者
地球とは違う魔法の存在する世界。
魔物が生まれ冒険者と呼ばれる人々がいる世界。
全ての生き物が平等に生まれ、不平等に死んでいく世界。
そんな世界で、最も不幸で理不尽な運命に見舞われた少年がいた。
少年は外に出ることを夢に見て死んでいった。
心の壊れた少年は人ではなくなってしまった。
愛を忘れた少年は死に場所を求めて旅に出る。
これは、世界で最も不運な少年の物語。
一章
「死刑を執行する!」
制服に身を包んだ男の声で、また一人の人間の命が散った。
声を上げられないように猿轡を咬まされた罪人の首が宙を舞い、その頭がついていた首からは勢いよく血が吹き出ている。
飛び跳ねる返り血に顔を濡らしながら、レオは静かに視線を上げる。
壇上から眺める街の景色はいつ見ても変わらず、レオを見上げる国民の視線も変わらない。
三百年経った今でもそれは変わらず、レオの変わり映えしない日常の光景だった。
教会が支配するこの国では、殺人が最も重く忌避される罪であった。
それは処刑人であるレオ自身にも言えることだ。
この国に奴隷として買われてから三百年。何人もの人間を殺してきたレオの手は、既に裁く人間か裁かれる人間なのか分からなくなっていた。
いや。裁かれるべき人間なのは自分自身でも分かっている。
この世界に生まれてから、レオは何度も命を絶とうとした。
だが世界は、神はそれを許さなかった。死ぬことでしか裁かれないレオの罪は、永遠に裁かれることは無く、レオは常に罪を背負って生きる。
殺されたこともあった。背後から刺され、腹から数本の剣が生えた。確実に心臓を貫かれたレオは、とうとう死ねると、その時は思った。
しかし実際は、死ぬことなくただひたすら体を焼くような痛みに晒されただけだった。
死刑執行人になってから、幾度となくその苦痛を味わった。
老いることも死ぬことも無く、ただただ人を殺し続けた。
レオが死なないと分かってからは食事が出されなくなった。たとえ残飯処理だったとしても食事が無くなることは苦痛だった。
最初の頃は飢えで目眩や色々な症状に苛まれたが、それも慣れてしまえば不思議と感じなくなった。
レオに課せられた呪いは、逃げることを許さない。死ぬことも逃げることもできないレオの心は、早いうちに壊れてしまった。
レオが死なないという情報が国王の耳に入った時が最悪だった。
人類が踏み入ることの出来ない不浄の森。その中央に咲く一輪の花を生身で取りに行かされた。何度も死の苦痛を味わうが、やはり慣れというのが一番恐ろしい。
魔物に食い荒らされ、毒に犯され、植物の酸に肌を焼かれた。しかし、森に入って二週間もすれば何も感じなくなっていた。
そして、森の中央に辿り着いた時、一輪の花を見つけた。
ポツリと咲く花を見た時は、何故だか涙が零れた。どんなに危険で汚れた森に囲まれていようとも、美しく気丈に咲くその花の周りには、色彩豊かな花畑が広がっていた。
ここが死後の世界かと錯覚する程に、その光景は衝撃的で綺麗だった。
その花を丁寧に摘み取ると、レオの体は一気に浄化された。毒によるダメージも嘘のように無くなり、森に向けて歩き出せば、歩いた道が普通の森のように浄化されていく。
その花を持ち帰った時の国王の顔を、レオは今でも忘れない。醜悪で、その花がこの世で一番似合わない表情を浮かべていた。
国に帰れば、またいつものような処刑人の仕事が待っていた。毎度公開処刑で、罪の重さを民に見せつけるための舞台になっていた。
裁かれている罪人を見ているのか、それとも罪を犯すレオを見ているのか、国民の表情はいつも冷たいものだった。
「死刑を執行する!」
何代も継がれる貴族や執政官の声を聞き、レオは鎌を振り下ろす。
死神と呼ばれるようになったのはいつの頃からか。今では首の切り口に綻びが一切出ないほどの技量になっていた。
『規定のレベルに達した為、上限を解放します』
(何だ……?)
鎌を振り下ろした瞬間、レオの頭の中に声が響いた。
『全ての能力値の上昇。魔法制限の解除。称号”解放者”を獲得。ステータス閲覧権限を解放』
無機質で一切感情を感じさせないその声は意味のわからないことを告げる。
死刑後の片付けが進む中、レオは鎖に引かれ牢屋へと連れられる。鎌を取り上げられ、無防備になったレオは座り込んだ。先程の声が何なのか、確かめる必要がある。
『神のお告げ。解放者にのみ与えられる権限。絶対普遍の神のお告げを聞くことの出来る権限』
またしても声が響く。
記憶を整理して考える。三百年という長い時間を生きてきたレオだが、このような経験は一度もない。無限にある人生の中で、これ程考えることに没頭したのは初めてのことだ。
「ステータス」
神のお告げの言葉を思い出し呟いてみると、眼前に謎の文字列が浮かび上がった。数字と文字列。それらが示すのは、レオの能力値だ。
「真の理……?」
ステータスの中に謎の単語があるのを見つける。
『真の理とは──』
「うぐっ!?」
頭の中に流れ込んでくる神のお告げ。その情報量の多さにレオは頭痛と吐き気を催す。何も食べていない腹からは胃液すら出ず、気持ち悪い感覚だけが続いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
五分かそこら。この世の理を知ったレオは、憤りを感じていた。この世界がいかに汚く間違っているかに。
欺瞞と悪にまみれた人間が、他者を排し己の利だけを求めて造り上げたこの国に、レオは反吐がでる思いを抱いた。
「奴隷の烙印が消えている」
気持ち悪さがなくなると、左手の甲にあった奴隷の烙印は綺麗さっぱり消えていた。
「明日の処刑で俺は解放される」
奴隷の烙印は焼印のようなものだが、その効力は全くの別物と言っていい。焼印は消すことができるが、この奴隷の烙印、通称『奴隷紋』は消すことができない。一種の呪いのようなもので、これを刻まれた人間はたとえ腕を切り落とそうと奴隷紋の効果から逃げることはできない。
だが呪いが消えた今、レオは自由の身となった。しかし本当の自由を手に入れるには、ここから逃げ出す必要がある。
幸い、この三百年でこの街の構造や戦闘に関する知識、経験は身についている。死刑囚が死ぬまでの数日から数時間。レオは多くの死刑囚たちと話をして知識を得ていた。退屈凌ぎのつもりだったが、思わぬところで役に立った。
今までは奴隷紋の効果で歯向かうことは許されなかったが、今のレオは違う。断罪の鎌があればこの国の兵士など取るに足らない。
頭の中で作戦を立て、確実に逃走するための手段を考える。自由を掴み取るための戦いに向け、レオは深い眠りについた。
「起きろ!」
牢屋を見張る兵士の声で目が覚める。陽の光の届かない地下牢で、感じることの出来る兵士の気配も今日でおさらばだ。
レオは逸る気持ちを押さえつけ、いつものように鎌を受け取る。左手だけは絶対に見られないようにして、舞台へと上がる。
視線を後ろに向ければ国王がでかい態度で座っている。すぐ手前に視線を落とせば、死刑囚が後ろ手に縛られ、猿轡を咬みながら涙を流す。死刑囚の瞳には強い憎しみが宿っている。
(ああ、こいつも冤罪か……)
いつの日か、レオが少しだけ話したことのある年寄りの死刑囚が言っていた。この国は罪を隠し、冤罪で人を殺していると。
国にとって都合の悪いことはこうして揉み消され、その罪をレオが背負ってきた。だがそれも今日で終わり。
「死刑を執行する!」
聞き飽きたその声を合図に、鎌を思い切り振り上げ首を刎ねる。
「え……?」
呟きを漏らしたのは合図を出した男。振り向きざまに首を飛ばされ、何が起こったか分からないという表情だ。だがそれも一瞬のことで、直ぐにその目からは力が失われた。
民衆や兵士の間にざわめきが広がり、瞬く間に動揺の渦が湧き上がった。
誰もが動きを止める中、レオは街の外へ向けて走り出す。
壇上から飛び降りると、自然と人混みが真っ二つに割れた。レオの進む道に邪魔する者は一人も居らず、全てを置き去りに駆け抜ける。
「逃がすな!」
誰が言ったか、その声が上がると兵士たちは慌てたように走り出す。だがもう既に遅い。鎧を来た一般兵如きが、レオについてこられるわけもなくどんどんと距離が開く。
「止まれ!」
道の先には門が見え、そこを守っていた兵士たちがぞろぞろと道を塞ぐ。
「鎌鼬」
手に持った三百年の付き合いである相棒を横に振るうと真空の刃が空を飛ぶ。
「ぐぅあぁぁ!?」
鎌から放たれた刃は進路上の兵士たちを斬り裂く。鎧など意味を為さずその体から赤い飛沫が舞う。
断末魔を上げる間もなく首を絶たれる者もいれば、中途半端に避けてしまい腕を落とす者もいた。
阿鼻叫喚となった兵士たちを軽々飛び越え門扉を破壊する。斬り刻まれた門は大きな音を立て崩れ落ちた。
「騎馬隊、追え!」
緊急時に出動できる三十騎の騎馬隊全てが、瓦礫を避けレオの後を追いかける。不死身とは言え馬より速くは走れない。
「悪く思うなよ!」
我武者羅に鎌を振るい次々に死体の山を築き上げていく。乱発される鎌鼬に、馬は脚を無くしバランスを崩す。その上に乗る兵士は、勢いそのままに地面に叩きつけられる。
三十の馬と人の死体を一瞥し、後続がいないことを確認したレオは再び駆け出す。
この世に生まれてから三百年。とうとうレオは自由の身となった。
若い頃は何度も願った。だが最近では考えることすらなくなった自由を、レオは初めて手に入れた。
これでレオは本来の目的を果たすことができる。やっと死ぬ方法を探すことができる。
走った。
レオがシンザンを逃げ出してから何日経っただろうか。レオの記憶の通りであれば既にシンザン王国の領土を超え、ムーア共和国の領土へと入っている。
ムーア共和国はシンザン王国とあまり友好的な関係を持っていない。宗教による圧力もなく、奴隷制度も廃止されている。レオの活動拠点としては申し分ない。
「見えた」
レオの視線の先には、堅牢な門と列を作る人影が見える。入国検査待ちの列にはそこそこの人数が並んでいる。
どうしたものか……。
奴隷だったレオに身分を証明する手段などなく、荷物と言えば鎌しかない。鎌だけ持った人間など、怪しすぎて確実に検査に引っかかる。奴隷だったという過去を上手く利用すれば入れるだろうが、それは希望的観測だ。
結局、取れる手段が思い浮かばなかったレオは、物は試しと列に並ぶ。レオの前にいた人間は後ろに並んだ黒髪の男を不審な目で見るが、レオは特に気にする様子もなく自分の番が来るのを待っていた。
見すぼらしい恰好に黒い髪。年の割には細い体つきだが、身長はそこそこ高い。手には大きな鎌を持ち不気味だけがいやに目立つ。周囲から好奇の視線に晒されるが、レは全く気にしていない。
それから数十分。レオは存外待つことなく自身の番が回ってきた。
「身分証は?」
「奴隷だったから持っていない。今は解放され自由の身だ」
「どこから来た?」
「シンザンの方から」
「……奥で対応しよう」
ひとまず話を聞いてもらえることになり、入国検査をしていたのとは別の兵士が、レオを連れて門の脇にある部屋へと入る。
「シンザンから来たのか。それで奴隷紋は?」
問われたレオは黙って左手を差し出す。奴隷紋は、世界共通で左手の甲と決まっている。
「まあ、逃走奴隷でないのなら通さない理由はない。それに指名手配中というわけでも無さそうだし。問題は無いが……」
言いかけた門兵の言葉尻が濁る。シンザン王国から、ということが問題なのだろう。
ムーア共和国はシンザンと友好的な付き合いをしていない。度々領土を巡ってシンザン王国と戦争をするほどには仲が悪い。その戦争もシンザン王国から仕掛けているため、尚更関係は悪いものとなっている。
「身分証は作ろう。金はあるか?」
「ない」
「仮の身分証を発行するから、とりあえず一週間だ。期限が過ぎたら不法入国扱いになるから気を付けてくれ。金が出来たら正規の身分証を作るからまたここに来るといい。俺はラルスだ」
「レオだ」
ラルスが書いてくれた身分証を受け取り街に入る。ポケットも鞄も無いレオは、身分証と鎌で両手が塞がってしまった。
無事に街に入ったレオは当面の目標を考える。正規の身分証を作るために一週間の猶予があるとはいえ、働き口も見つかっていないレオは、まず金を稼ぐ方法を見つけなければならない。
幸いにも、レオは食費がかからない。宿代もそこらで寝れば問題ない。ムーアはあの地下牢よりも綺麗なため、レオは宿に泊まる必要性を感じていない。
しかし格好はどうにかした方がいいだろう。ボロボロに擦り切れ返り血で赤黒く染また布は、服と形容していいか迷うほどに汚れている。
街の人間の視線がレオを刺す。この街の品位の為にも早急に解決する必要がある。
ここに来るまでに川で水浴びをしたため、臭いに関してはまだマシな方だが、返り血は何度水洗いしても落ちることはなかった。三百年という長い年月はこの服に汚れを染みつかせてしまっていた。
ムーアにはかなりの冒険者が居る。レオの周りには装備を整えた集団を多く見かける。そ
の為、この街の住人は武器を携帯する者を見慣れているのか、レオの大仰な鎌を見てもあまり恐がっている様子はない。どちらかと言えば服の方に視線が集まっている。
冒険者が多い街には必ずギルドがある。小さな街には無い場合もあるが、ムーアほどの規模の街であれば複数あってもおかしくない。
冒険者ギルドでは仕事の斡旋をしている。今のレオにとって最も必要な情報がギルドにはある。
「僥倖だ」
冒険者の仕事は魔物の討伐が主だ。一獲千金を狙うなら確実に冒険者がいいだろう。
レオは早速ギルドを探す。冒険者たちの動きを見ればギルドの大体の位置は予想できる。
街の外に向かう冒険者と内に向かう冒険者。特に、荷物が多く少し汚れた冒険者はギルドに納品に行く可能性が高い。
今の時間帯であれば納品に行くよりも外に向かう方が多いが、それでもレオはギルドを見つけることができた。
不自然にならないように冒険者たちの後をつけ、ギルドを無事に見つけられたレオは、少し緊張を感じる。
街の中でもそれなりの大きさの冒険者ギルド。目の前の通りも大きく人の往来が激しい。
「でかいな……」
中は外見に劣らず広々としていて、小綺麗な室内にレオは感嘆する。だが他にも驚くことがあった。それは治安がいいことだ。
荒くれ者のような見た目の者はいるが、冒険者同士で荒事に発展するようなことはなく、ギルドの中は平穏に時間が流れている。
死刑囚の中には冤罪でない者ももちろんいた。理性というものを欠いた獣と呼ぶに相応しい者たちだった。そんな殺伐としたものを見てきたレオにとって。このギルドは平和そのものと言える。
治安が良いと言ったのには他にも理由がある。亜人がいるのだ。亜人がいる場所では、多少なりとも異種族に対する差別意識により争いが起こる。そういった態度や空気が感じられない。
「仕事を探している」
粗方観察を終えたレオは、ギルドの中を進み受付に声をかける。
「冒険者登録ですかにゃ?」
「ああ」
猫人の受付係はレオの返事を聞くと一枚の紙を用意する。
「ここに名前と色々書いてくださいにゃ。あと身分証も提出するにゃ」
紙を見ると色々と記入する項目があり、身分証の確認をしている間に書き上げる。
「仮ですかにゃ〜……。一応登録はできるけど、正規の物が手に入ったらまた来るにゃ!」
敬語が不慣れなのか、中途半端な言葉遣いの受付。だが仕事は丁寧にこなしているのが、資料の扱いや服装に乱れがないことから分かる。
「分かった」
「それとあんたはEランクにゃ。自分に見合った依頼を受けるにゃ」
「そうか」
冒険者登録が済めば仕事が受けられる。だが、ランク制度に関してよく分からないレオはとりあえず頷いた。
依頼が貼られているという掲示板を見れば様々な仕事が見つかる。屋根の修理のような雑用から高難易度の討伐依頼と幅広い種類の依頼がある。
「これでいいか」
紙を掲示板から剥がして猫人の受付へ持っていく。
「これを受ける」
「これは無理にゃ。Cランク相当の討伐依頼だから受けられないにゃ」
「この魔物は弱いから大丈夫だ」
「何言ってんのにゃ。Eランクなり立てなんだからちゃんと見てから持ってくるのにゃ」
レオはそう言われて追い返されてしまった。
Eランクではこの依頼は受けられないのか。
受けることのできない依頼書を掲示板に戻しレオは固まった。
Eランクの依頼は稼ぎが良いとは言えない。宿や食事代は考えないとしても、服を買うだけの金は一番初めに確保しなければいけない。
〈パーティメンバー募集中〉
レオが再び掲示板を眺めていると一枚の紙が目に止まる。
詳しく目を通すとパーティのメンバー、それも前衛職を探しているものだった。張り紙の主がCランクというところにレオの注意が向く。
「魔法使いか……」
魔法使いは単体ではあまり強くない。詠唱にかかる時間やコストからパーティを組むという選択は当然のものだ。魔法使いの強さはパーティでこそ発揮されるというのが、一般的な認識だ。
だがレオは、この紙の魔法使いが強いとは思わなかった。パーティメンバー募集開始から既に三日経っているが、まだ集まっていないようだった。
先程からカウンター横の椅子に座ってレオに鋭い視線を浴びせている少女。レオはこの紙を書いた張本人のノエリアだと確信を持っていた。
だが、このCランクはレオにとって魅力的に映った。これを使えば依頼が受けることができる。取り分は少なくなるがCランクの報酬は少なくない。上手くやればきちんと稼ぎが出る。
そう考えレオは真っ直ぐにノエリアの元へ向かう。紙から視線を外しノエリアを真っ直ぐ目指すが、彼女の視線はより鋭くなる一方で、レオと目が合うと、氷のように冷たい視線でレオを射抜いた。
「あの張り紙、あんたか?」
「そう。もしかして加入の申し込み?」
もしかしても何もめっちゃ視線送ってただろ。と言いたくなるレオだったが年長者として優しさで触れないでおく。
「まだメンバーは募集しているか?」
「うん」
近づいてきたレオに、ノエリアは警戒しながらレオの動きに注意を払う。
白銀の髪に、それに負けず劣らずな白い肌。幼さの残る顔だが決して幼すぎず、空を映す海のような瞳はとても綺麗な青色だ。凛々しい猫目は真っ直ぐにレオを捉えている。
「パーティに加えてくれないだろうか」
「あなたのランクはEでしょ? さっき見てたから知ってる。それで私は前衛職を募集しているんだけど大丈夫?」
会話の出だしから断られると思ったレオだったが、ノエリアは募集に際して、ランクはあまり気にしていなかった。大事なのは前衛が務まるかどうかということで、ノエリアも必死だということが分かる。
「問題ない。それよりも俺は金が必要でな。この依頼を受けたいんだがどうだ?」
「そう。その依頼でいいけど、合わなかったらパーティは解消させてもらうから」
「それでいい」
ひとまずノエリアが依頼を受けるということで話がまとまった。
ノエリアは終始冷たい態度で、仲良くなる気など毛頭ないと言った顔だ。
「あんた意外とやるにゃ」
受付の猫人は、レオが早速依頼を受けるための抜け道を見つけたことに感心した。
「無理はするんじゃないにゃ」
受付の心配を背に二人はギルドを後にした。
「ノエリア、魔法は何が使えるんだ?」
「ノエルでいい」
「ふむ。分かった」
ノエルから訂正を受けたレオ。二人が受ける依頼は、この街のすぐ近くにある森に出現する魔物のドロップアイテムの回収だ。
魔物は魔力が結晶化した魔石から生まれる。魔力の濃い場所であれば自然と発生する。それを討伐し、魔物の素材を売り生計を立てているのが冒険者だ。一度魔物から取り出された魔石から再び魔物が発生することはなく、人々は魔石の力を日常生活で有効活用している。
森に向かう途中、二人はお互いの戦力について話し合う。できることできないこと。それぞれ向き不向きを確認し、パーティの役割をはっきりとさせる。
「私は魔法は一応全部使える」
「それはすごいな」
魔法の全属性適正はかなり稀だ。全属性の魔法に適正があるだけで職業には困らないと言われているほどだ。
解放者となったレオも全属性の魔法を使えるようになったが、解放者になる前は風の属性しか使えなかった。
「レオは?」
「俺は、近接で負ける気はない。シンザンの兵士なら何人いようが負けない」
「そう。あまり信用しないでおく」
ノエルはレオの発言を調子に乗ったものと捉えたのか、言葉半分にしか聞いていない。
だが、国の兵士はBランク冒険者に匹敵すると言われている。冒険者が多くいる中で街の治安を維持する兵士たちには高い水準が求められいる。そのため、ノエルがレオの発言を信用していないのも無理はない。
「今回の依頼はフロッグシューターの討伐。採取部位は粘液袋」
「了解」
「フロッグシューターがCランクに指定されている理由は射程の長さと素早い動き。気をつけて」
「分かった」
森に入ってからしばらく。二人は魔物を狩りながらどんどん奥へと入っていく。森の中はジメジメとしており、湿度が高い。近くに川があるのか水が流れる音が聞こえる。
「魔石を放置しておくと化成種が生まれるから気をつけて」
「化成種?」
「魔物が魔石を食べると、普通の個体よりも強くなる。それが化成種。だから化成種が発生しないように魔石はしっかり回収する必要がある」
「ほう」
「化成種によって街が一つ滅んだ。なんて話もあるから、化成種は見つかり次第討伐隊が組まれる」
化成種の危険性をレオに説明したノエルは、レオが倒した魔物のドロップアイテムを回収した。
二人が森に入ってから数十分。ノエルが魔法を使う機会はほとんどなく、レオが見つけた次の瞬間には魔物を細断していった。
レオの強さに初めは驚いたノエルだったが、レオがあれだけ自信を持っていた理由にも納得がいった。
レオはこれまでの戦いで一度も攻撃を受けていない。それどころか、魔物が動き出すよりも早く自身が攻撃を仕掛けている。
近接攻撃が主となる前衛だが、レオは遠距離攻撃の手段も持っていた。遠距離での攻撃はノエルの役割のはずだったが、レオはそれを完全に無視していた。仕方なくノエルはサポーターのように魔石を集めている。
「レオ。レオの強さは分かった」
「ふむ」
「明日からもパーティを組んでくれるとありがたい」
「それは俺からも頼みたいな。Eランクじゃあ受けられる依頼に限りがあるからな」
ノエルの申し出にレオは迷わず即決した。Cランクのノエルとパーティを組まなければ、レオはランクが上がるまで少ない賃金で生活することになる。
「後一つで依頼が終わる。頑張ろう」
「了解」
ノエルは荷物の詰まった袋を背負い直し、レオは鎌を手にさらに森を進んでいく。
「レオ、止まって」
「ん?」
ノエルは指示を出しレオを制止する。ノエルは足元の痕跡と周囲の状況を見ている。何かを引きずるような跡が地面にはくっきりと残っている。周囲に魔物の気配は感じず、静かな森だけが広がっている。
「この大きさ……化成種のアングィス?」
「どうした?」
「この先に化成種のアングィスがいるかもしれない」
「アングィス?」
「アングィスは蛇型の魔物。だけどこの大きさは規格外。かなり食べてる」
ノエルの説明にレオは蛇そのままをイメージする。爬虫類の瞳に、鱗に覆われた体。そして牙の生えた口からは長い舌が出ている。
レオの想像は概ね間違っていなかったが、その大きさはレオの想像を遥かに超えるものだった。