第97話 ルシアの溢れるルサンチマン
「ルシア様、今日も一段とお可愛いですわ」
ふん、当然ね。だって私はルシア・ルーノウ。天に愛された人間よ。この世に吐いて捨てるほどいる凡庸でくだらない人間とは違うわ。
「お嬢様、大広間にて準備が整いました」
「まったく遅いのよ」
私は急ぎ足で大広間へと向かう。今日は私の十歳の誕生日、人生で一番大事と言っても過言ではない魔力測定の日だ。まあ良い結果が出るのはわかりきっているから、私の才能が世間に周知される日と言っても過言ではないわね。
大広間へとたどり着いた私を待っていたのは多くの人々だった。お父様、お母様、一族の方々。ルーノウ派閥の傘下貴族、ブリジットを始めとした取り巻き達。そして――、
「――! お父様、ディラン殿下のお姿が見えませんが」
私の愛するお方、そして将来の伴侶となるお方である第二王子ディラン殿下のお姿がどこにもない。代わりにいらっしゃるのは第一王子であるグレアム殿下だ。そこそこ優秀な方みたいだけれど、年も離れているしタイプでもないのよね。
「おおすまないルシア、第二王子はレンドーンの屋敷にいるのだ」
「……レンドーン」
レンドーン公爵家は我がルーノウ公爵家と犬猿の仲だ。そしてその息女レイナは私と同年同日の生まれ。そして私と同じように、今晩レンドーン家でも魔力測定と誕生日パーティーを行うという話は聞いていた。そこにディラン様がおられる……?
「どうしてですかお父様! 必ずディラン殿下を呼んで欲しいといったじゃないですか!」
「おおルシア、困らせないでくれ。第一王子が来られる方が格も高いではないか」
「そういう意味ではありません!」
「だ、旦那様、お嬢様、そろそろ測定のお時間に……」
「わかっているわよ! うるさいわね!」
恐る恐る声をかけてきた召使いに怒鳴り飛ばす。
きっとレンドーンが卑怯な手を使ったに違いないわ。だってあのレイナ・レンドーンもディラン様を狙っているもの。でもお生憎様、ディラン様が煙たがっていることをあの女は気がついてないみたいね。今頃、ディラン様も早く私に会いたいと心の中で思われていることでしょうよ。
「さあ、始めてちょうだい」
「は、はい!」
私は検査の為に水晶の上に手を置くと、係の魔法使いにそう命令する。
「どう? わかったかしら?」
「し、しばしお待ちを……」
早く高らかに宣言しなさい。この私の栄光への第一歩をね!
「で、でました。こ、これは……!」
「どうしたの? まさかとんでもなく多い魔力量とか!?」
「い、いえその……逆です」
「はあ?」
「ルシア様の魔力はその……非常に微弱なものです」
――この私の魔力が微弱!? そ、そんなばかなことが……!
「……しなさい」
「は、はい?」
「器具の不調により後日測定を行うと宣言しなさい!」
「は、はい!」
「私は体調がすぐれないので部屋に帰るわ!」
後ろから私を呼び止めるお父様の声を振り切るように、大広間へ来た時よりもずっと早歩きで私は自室へと戻った。
何かの……何かの間違いよ。こんなことがあっていいはずがないわ。だって私はルシア・ルーノウなんですもの。もし私に魔法の才能がないのだとしたら……すごく、ものすごくみじめだわ。
翌日、みじめな気持ちになった私をさらにどん底に落とすニュースが飛び込んできた。レイナ・レンドーンが昨晩、この世代一番――いや、王国の記録史上一番と言われる魔法の才能を見せたというのだ。
☆☆☆☆☆
あの悪夢のような誕生日から数年。私とレイナ・レンドーンの差はどんどん開いている。
レイナはディラン殿下だけではなく、多くの人気ある殿方と交友関係を築いている。もちろん魔法面でもその活躍は著しい。“紅蓮の公爵令嬢”と言えば、王都の市民の間で知らぬものはいないほどだ。
「なんで……、どうしてあの女が……!」
私と何が違うというのか。あの場にいるのは私ではなかったのか。あの女の活躍に反して、私とディラン殿下の仲は少しも進展したように思えない。
そして何より癇に障るのは、あの女は私の事を歯牙にもかけないと言うことだ。
社交界では何度か嫌味のある挨拶をしたこともある。なのにあの女ときたら、私の方も振り向かず食事をパクパクと。私の名前でさえまともに覚えようとしない……!
だけどもう少しでエンゼリアへと入学だ。私はお父様に泣きついて、エンゼリアからの推薦状を貰えるように工作してもらった。同じ学園に通えば、きっとディラン殿下も私の方が良いと気がついてくださるはず。
そんな私に、お父様がある人物を紹介してくださった。
「初めましてルシア。私はハインリッヒ・フォン・フュルスト・フォーダーフェルト。君のお父上の友達だよ。君に真実を教えてあげよう」
それがドルドゲルス侯爵、ハインリッヒと名乗る男との最初の出会いだった。
☆☆☆☆☆
『レイナ・レンドーンの力の源を知りたくはないかい?』
エンゼリアに入学してしばらく、私はレイナ・レンドーンと距離を置いていた。あのハインリッヒとかいう男の話の真偽を確かめるためだ。
『彼女の力は常人では到達できない域だ』
悔しいけれど、確かにあの女の魔法の才能はすごい。実際に授業なんかで見ると、噂に聞いていた以上だ。才能と言う言葉では片づけられないほどに――。
『何故だかわかるかい? 彼女は邪神と契約してその力を手に入れた』
配下に調べさせたところ、実際エンゼリアへの入学前、レンドーン家領内の聖堂において、あの女が夜中に謎の儀式を行っていた事を確認した。
『彼女はその邪法によって力を得、他人から役割を奪っている。奪われた者は失うのだよ、本来の役割を』
『それが……私……?』
『それは君が判断する事さ』
もし本当に、あの女が邪神の力によって私の役割を奪ったのなら許さない。それにディラン殿下や他の方も卑怯なあの女に騙されているということだ。
「ちょっと試してみようか」
「何を……?」
「邪神と契約したレイナ・レンドーンを殺せるかをさ」
☆☆☆☆☆
私は手引きしてハインリッヒを月下の舞踏会に潜り込ませた。そして彼の指示通りに、配下を使って計画を実行した。レイナ・レンドーン暗殺計画を。
あの女さえ消えれば全部本来の形になる。私がディラン殿下の隣にいて、多くの人たちから尊敬をもって接されるのだ。しかし――。
「レイナ・レンドーンは生き残ったね」
ハインリッヒはニヤニヤとした表情で楽しそうに言った。どこがそんなに楽しいのかわからない。あの女が邪神の加護を受けているとすれば早く消さないと手遅れになる。
「やはり彼女こそが選ばれし者……」
「選ばれし者……なんのことですの?」
「いいや、こちらの話さ。ところでどうかな? 邪神の使いを滅するための武器は必要ではないかい?」
必要だ。あの女は公爵令嬢、暗殺しようにも常に周囲が警戒している。そう考えると正面からいった方がまだ可能性があるかもしれないが、あの女に正面から勝てる者が思い浮かばない。
「君にこれをあげよう。名を〈シャッテンパンター〉と言う」
「これは……魔導機……?」
ハインリッヒが示したのは見たことの無い形の漆黒の魔導機だった。でも私の魔力では魔導機は……。
「大丈夫さ、この機体には搭乗者の魔力を増幅させる仕組みがある。君の光属性の魔法なら効果も絶大さ」
私の魔力を増幅させる?
いくら本で調べても、少しも成長の見えない私の魔力が?
「私の部下のヴェロニカもつけよう。必要なものがあれば彼女に言うと良い」
☆☆☆☆☆
私はレイナ・レンドーンと魔導機で戦い、二度ならず三度までも敗北した。
だが計画は進行している。我が父ルーノウ公爵がこの国の実権を握り、ドルドゲルスと協力して悪しき邪神を信奉するレンドーンとその一派を殲滅するのだ。
その計画の為に必要な力も手に入れた。オプスクーリタース。禁断の魔導書が私を必ずや勝利へと導き、あの憎きレンドーンを討滅するだろう。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……私から全てをかすめ取ったあの女が憎い!
待っていなさいレンドーン、今日こそ私が血祭りに上げてあげるわ。
読んでいただきありがとうございます!




