第84話 クライマックスは突然に
このグッドウィン王国で、私の知っているマギキンのシナリオとは違う何かが蠢いている……とシリアスに思ったものの、現状私にできる事と言えばレンドーン家の諜報網にさらなる調査を命じることだけ。まあ念を入れてというやつね。
だいたい、この世界は私の知っているマギキンとは既に大きく違うわ。キャラの性格はすでに原作からかけ離れているし、何より魔導機なんて元はカケラも存在しなかったロボットが存在している。今更事件の一つ二つ追加されたところで変わりないかもね。
悪役令嬢に転生して十七年――そして前世の記憶が戻って早数年。幾度ものロボットバトルという乙女ゲームに似つかわしくない状況を経験した私は、もはや少しの事では動揺しない鋼の貴族メンタルを習得し……ているといいなあ。
私は巷で“紅蓮の公爵令嬢”なんて呼ばれていますけれど、実際はか弱い乙女なんです。ギブミー平穏。ギブミー安心。望んだのはスローライフ。私の歩む道にやたら波乱や戦いが転がっていますけれど、私があのおとぼけ女神に望んだのはスローライフなんです。
☆☆☆☆☆
というわけで、冬休みが明けて私はエンゼリアへと戻ってきた。この学院で日々魔法のお勉強をしているという要素が、今や私に残された数少ない憧れのマギキン生活要素かもしれないわね。嗚呼、乙女の癒しと愛の楽園はどこに……?
冬休みが明けたということは、そろそろアリシアがどのルートに進むか判明するはずだわ。そこで私――レイナ・レンドーンの今後が決まる。
アリシアとはもう仲良しだし、悪い方向には運ばないと思う。けれども油断は禁物。運命の収束とやらが私をデッドエンドに追い詰める可能性は大きい。私は絶対に運命を乗り越えてやりますわ!
と、決意を新たにしたある日。
私はお料理研究会の打ち合わせのため、アリシアを探していた。
「どこにいるのかしら?」
途中サリアとすれ違ったから聞いてみたけれど知らなかった。考えてみれば、私はアリシアが一人でいる時に何をしているかは知らないわ。
マギキンでのアリシアは、人気のないお庭に一人でいることが多かった。敵役である悪役令嬢レイナとその一派から逃れるためだ。
もっとも、私はアリシアに嫌がらせをしていないし、サリアによると寮でも話す友達が増えて楽しそうにしているって言っていたので、この世界では大丈夫だと思う。
そんなことを考えながら探していると、
「あ、あそこにいた。誰かと一緒……悪役令嬢A子!?」
図書館へと向かう道から少し離れたあまり目立たない庭園の一画で、いつだったかの時みたいにアリシアが悪役令嬢Aことアレクサンドラ・アルトゥーベに詰め寄られていた。
あの子、また性懲りもなく!
以前脅かしてやったのを忘れたようね。正月ボケかしら?
「待ちなさい! あなた何をやっているの!?」
「レ、レイナ様……!」
「くっ!? レンドーン!」
私の登場を、アリシアは希望を見出したような驚きの表情、アレクサンドラは苦虫を噛み潰したような実に対照的な表情で出迎えてくれた。
「大丈夫アリシア? 何もされていないかしら?」
「ええ、大丈夫ですレイナ様。来てくれてありがとうございます!」
「ちょっとアルトゥーベ様、一体何をされていたんですの? 事と次第によっては許しませんわよ?」
まあ明らかにギルティな感じだし、最初から許すつもりありませんけれど。
アレクサンドラは私の言葉に対してかギリギリと歯を食いしばり、その瞳の色は怒りに燃えている。この子の方がよっぽど苛烈な性格の“紅蓮のなんたら”さんじゃないのかしら?
「レンドーン、そのような下賤な女をかばうとは貴族の面汚しですわ!」
下賤! またアリシアの事を下賤と言った。下賤って言う方が下賤なんですー!
「そこの女、平民の出なのにあれほどの魔力なんて……。きっと不正を行っているに違いありませんわ!」
呆れた。不正を行っているのはあんたのボスよ。
嫉妬からくる怒り。それに支配された者は他者に対して攻撃的で理不尽な憎しみを抱く。マギキンでのレイナがそれで、そして今の彼女もそうだ。
「下賤な身でいつも殿下やルーク様のお近くに! あまつさえ皆様と功績を上げたと虚の噂を流すとは……!」
「虚じゃないわ。アリシアはディラン殿下たちと共に、私やコンラッド隊のみんなを助けてくれました。それにアリシアはそれを自ら言いふらすような子じゃありませんわ」
「うるさい! みんな騙されているのよ! あなた方のせいで私からは人が離れて……!」
言われてみれば前回と違い今回は一人だ。アレクサンドラは元々何人か取り巻きを率いていたわね。それが私に煽られたことで崩壊していったと。
でも彼女は座学でも実技でもパッとした成績を残せていないし、カリスマも持ち合わせてはいない。アリシアを虐めることで優位に立っていただけだ。つまり文句を言われる筋合いはない。難癖よ。
「その女が私の――いえ、私たちの全てを狂わせた」
どうしても相いれないってわけね……。
いえ待って、このセリフは――!
『下賤な身の分際で全てを手に入れて!』
「下賤な身の分際で全てを手に入れて!」
知っている。聞いたことがある。
このセリフは――、
『あなたがそこに立っている事が私という存在の否定なのよ』
「あなたがそこに立っている事が私という存在の否定なのよ」
私の脳裏に鮮やかに前世の記憶が蘇る。このセリフはマギキンのディランルートでのクライマックス。罪を暴露されたレイナが、逆上してアリシアに詰め寄るシーンのセリフだ。
本当は三年目の卒業パーティーの時、まだまだ先のはずだけれど。
つまりこの後に起こることは――
『あなたがそこに立つのは罪。だから私はあなたを殺して、私を取り戻す!』
「あなたがそこに立つのは罪。だから私は――」
「危ないわアリシア!」
私はアリシアを抱きしめるようにかばって前に出る。
何か魔法を。いやダメ、この距離ならナイフの方が早い――。
「おっと失礼。でもレディがこんな物を持っていては危ないですよ?」
「な、なにをっ!?」
「ディラン!」
突然現れたのはディランだ。その手には大振りのナイフが握られている。どうやらアレクサンドラがその懐からナイフを取り出す前に取り上げたようね。
「悪いですが、これは僕が預からせてもらいますよ。レイナ、アリシア、怪我はないかい?」
「ええ、大丈夫ですディラン」
クライマックスイベントが起きたのが時季外れなら、ディランの現れ方もイレギュラーだ。
本当ならアリシアとの間に割って入り、剣で一閃するはずよ。
フラグ立てに成功してグッドならナイフを弾き飛ばすだけ。
フラグ失敗のバッドエンドならレイナごと切りつける。
今回はそのどちらでもないわ。
「……くっ!」
「ああっ、逃げるな!」
「いいんですレイナ様、ディラン殿下」
ホッとしたのもつかの間、逃げ出したアレクサンドラを追おうとする私をアリシアが制止した。
「いいの、アリシア?」
「ええ、彼女をここでつるし上げても問題は解決しないと思いますから。もっとも、レイナ様に刃を向けようとしたことは許しませんけどね」
「アリシアがそう言うのなら……」
ナイフは出す前にディランが取り上げたし、起こった事実だけ言えば事件は未遂だ。ここはヒロインの言う事に従いましょうかね。
「それにしても助かりましたわ。でもどうしてこちらに?」
「魔導機格納庫でエイミーと話をした帰りです」
なるほど。魔導機格納庫は図書館とは逆サイド。立ち寄る場所が異なれば現れるルートも違うわけね。
「それに愛する女性の為ならわけありません。いつでも駆けつけますよ」
ウヒヒ、なんとお熱いアリシアへの愛。やっぱり私の知らないところで、攻略対象キャラたちのアリシア争奪戦は始まっているんですわね!
え、やっぱりわかってないみたいだね?
なんのことですかディラン。あなたの愛はきっとアリシアに届いているわよ。
けれど私が気になるのは、何故このタイミングでディランルートのクライマックスイベントが変則的な形で再現されたかね。危うく私も刺されるところだったし、これも死の運命の収束?
これって他のエンドも半端な形で起こる可能性があるわね。
拝啓運命様、少し加減してくれてもよろしくてよ?
読んでいただきありがとうございます!




