第82話 今日のお嬢様は驚き要員
年明け。
私の風邪はすっかりと良くなり、もう元気はつらつだ。
元気になればベッドを出てやることやらなきゃいけない。
それがお貴族様の辛いところね。
まずは年始の挨拶に訪れる、傘下諸侯と親族の応対。次に領民の皆さんへの新年のお祝いと、領主であるお父様からの振舞いのお届け。そして今、私は家族そろって王都に滞在している。
私の〈ブレイズホーク〉を各国の代表にお披露目するので、そのパーティーに出席するためだ。実演は別の機体がするそうなので、私は自由にパーティーを楽しんでいいらしいわ。ラッキーね。
「せっかくの新型をどうして見せびらかすのですか?」
「それはねレイナ、技術力の差を国の内外に見せつけることで相手の攻撃を抑止するためだよ」
なるほどねー。
こっちは強い武器を持っているから、迂闊に手を出すとヤケドするわよってことね。
内外と言うことは内乱の警戒もか……仕方はないけれど嫌な世の中だ。まあ物騒な事件多いですものね。主な被害者は私ですけど。それに、例の一派の動きも気になりますし……。
「こんにちはレンドーン卿。おや……それにお嬢さんも」
会場についてすぐ、私たちに声を掛けてきた人物がいた。
あまり会いたいと思わない相手ですわね……。
「やあフォーダーフェルト卿。レイナ紹介するよ、彼は――」
「大丈夫ですお父様、存じ上げております。ごきげんようフォーダーフェルト卿。エンゼリアでお会いした以来ですわね。どうしてこちらに?」
「おや、お父上から聞いていないかい? 私は君のお父上とエンゼリアでの襲撃事件について合同調査しているんだよ」
――合同調査!?
怪しさ満点のこの男が? ドルドゲルスは黒幕の有力候補だと思うけれど、情報漏洩とか大丈夫なのかしら?
「まあそういうことでよろしく頼むよ。今日は発表会とやらを楽しませてもらうとしましょう。かくいう私も技術屋の端くれでね。では失礼」
相変わらず詐欺師の様な胡散臭さをまとった男ね。
顔は整っているけれど、なんか生理的に受けつけないわ。
「あの……、お父様……」
あの男は危険です。私の直感がそう言っています。
だけどハインリッヒは他国の要人。そんな軽率な批判をしていいのでしょうか?
「大丈夫だよ、レイナ」
私が言い淀んでいると、お父様は私をじっと見て静かな口調で、けれども強い意志のこもった言葉でこう言った。
「私もそう思う」
☆☆☆☆☆
「お集りの皆さま、そろそろ発表会を始めさせていただきます」
おっ、もう始まるのね。食べるのも大事だけれど、一応話も聞いときましょう。
って、話をしているのは――、
「説明は私、開発主任のエイミー・キャニングが務めさせていただきますわ」
――エイミー!?
いえ、〈ブレイズホーク〉はエイミーが作ったから当然と言えば当然なんだけれど、私と出会った時はTHEインドアみたいな感じだったのに人前であんなに堂々と喋るなんて。変わったわね。
「既にご存じの方もいらっしゃいます通り、こちらのKKX505――通称〈ブレイズホーク〉は、実戦で赫奕たる戦果を上げています。私の提唱する、新機軸魔導機の有効性が証明されたと言えるでしょう」
すごい……! もうすっかりその道のスペシャリストじゃない。これもう少し時期がずれていたら、普通にエンゼリアの推薦入学状来ていたんじゃないかしら?
ああ、新機軸魔導機がいったい何のことかわからない。私が乗って戦ったのに。ああ、それよりもこの肉料理がとても美味し――ああいえ、ちゃんと聞いていますのよ?
「こちらの機体には、特製の魔導コアが搭載されており――」
そこから三十分くらいは文字の洪水、専門用語のマシンガンパンチだった。
何これ、私って本当にアレに乗って戦闘したのよね?
なんかわからない単語がいっぱい出てくるし、これ本当に動かせていたか自信なくすんですけど……。
「――というわけで、〈ブレイズホーク〉の比類なき力をご理解いただけたかと思います」
参加者からパチパチと拍手が送られているけれど、正式な操縦者である私が全く理解していないのはいいんですかね?
「なにかご質問は……はいそこの方。はい? 実際に動いているところを見なければ納得はできない? もっともなご質問ですね」
そんな疑問を投げかけたのは例のハインリッヒだ。彼の表情はどこか少年の様なワクワク感――とでも表現したらいいかのような表情だ。ねちゃっとした笑みで全て台無し魅力皆無ですけれど。
あれ? でもこれは私、労働しないといけない流れかしら?
嫌よ。今日の私は美味しいお料理を食べてのんびり過ごしたいの。
「ご安心ください。それではご紹介いたしましょう、〈ブレイズホーク〉と同様の理論に基づいて設計された機体、KKX506――通称〈ブリザードファルコン〉!」
ええーっ、新型!?
エイミーの紹介と共に現れたのは〈ブレイズホーク〉に似た青い機体だ。
腰に剣を佩き、マントをしている為パッと見色違いに見えるけれど、細部を見ると全然違う。たぶん同系統フレームだけれど、性能が違うとかいうやつだ。
「そして搭乗者のルーク・トラウトです!」
「ええーっ! ルーク!? なんで!?」
予想外の人物の登場に、私は今度こそ大声をあげて驚いた。
周囲からちらりと見られ、私はさっと口を覆う。
レンドーン家の令嬢が大声で叫んでいたなんて噂を流されるわけにはいかないわ。
「そうなんですよ、ルークが新型を手に入れたのです。僕じゃなくてね……」
「わっ、ディラン!? いつからそこに?」
重要な国の発表会だからいるとは思っていたけれど、まさか突然後ろから現れるとは。
しかもなんかルークが羨ましそうだし。
――ま、まさか! ディランもエイミーのことが好き!?
アリシアじゃなくてエイミーが逆転ヒロインなの!?
「あの……、頑張ってくださいね。私は邪魔しませんから」
「……レイナが何を考えているかはわかりませんが、たぶん全く的外れですからね」
ディランと一緒にあれこれ騒いでいると、ルークの駆る〈ブリザードファルコン〉による実演が無事に終了したのか、会場はこの日一番の拍手喝采に包まれた。
☆☆☆☆☆
「すごいわねエイミー、参加しているいろんな国の人が驚いていたわよ! それに人前であんなに立派に喋るなんて!」
「い、いえ! まさかレイナ様にご覧になっていただけるとは。私感動で泣いてしまいますわ!」
私とディランは、出演の終わったエイミーとルークと合流していた。
二人とも満足げな表情で、それがこの発表会が成功したことを物語っているわ。
「それにして驚きましたわ。まさかルークの専用機も出来ているなんて」
「へへっ、レイナだけに良い格好はさせないぜ。出力はお前の〈ブレイズホーク〉の方が大きいが、俺はいろいろ器用だからな」
どうせ私は不器用高火力女ですよーだ!
さっきトラウト公爵をお見かけしたし、絶対に言いつけてやる。
「ところでディランはずっと私たちと一緒に居ていいんですか? 挨拶回りとかは?」
「必要な挨拶は済ませました。それにみんなといると、厄介なお誘いが近づいてきませんからね」
「厄介な誘い?」
「まあありがたいことなんですが、こういうパーティーの場だと女性からしきりに声を掛けられまして……」
なるほど。モテる男も大変ね。マギキンでのレイナはディランにつきまとってはうんざりされていた。別にレイナがいなくてもそこは変わらないのね。
「今日もルシア嬢が長々と……」
あら、珍しく直接的な愚痴を。
残念ねルシア。殿下のお心はアリシアかエイミーみたいよ。
……あれ、だとしたら?
「殿下、ルーノウ様はいつも殿下をお引き留めになるのですか?」
「ええ、昔から毎度ですね」
「昨年の、襲撃があった卒業パーティーはいかがでしたか? 殿下はルーノウ様が意識を失ったことを仰っていましたけれど……」
「そう言えば……あの時は見かけませんでしたね。意識を失った話は人づてに聞いたものです」
やっぱりあの時ルシアを見かけなかったのは偶然じゃなかった?
ルシアが敵の手引きをして、自分は身を隠していたとしたら辻褄が……いえ、それだといつどうして意識を失ったのかっていう疑問が残るわね。
「そういえば、一昨年の月下の舞踏会でも見かけなかったような……?」
月下の舞踏会にもいなかった?
いえ、あれは強制参加だからいないことはないはず。それにルシアは私がアリシアを連れ込む手引きをしたのを知っていたわ。じゃあなんで姿を見られていないの?
「レイナ、どうかしましたか?」
「あ、え? オホホ、なんでもありませんわ」
ルシアはやっぱり怪しい。
でも、どうして意識を失ったかあたりが重要みたいね。
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