第76話 楽しいハイキングの始まりですわ
今回の前半部分はレスター・レンドーン(レイナ父)視点です。
エンゼリア王立魔法学院襲撃事件――。
謎の仮面の集団によって引き起こされたあの事件では、あわや最愛の娘が命を落とすところだった。
私は国王陛下の命を受けた臣として、そして娘を想う一人の父親として、王都にある建物の一つに居を構えたこの執務室で事件調査の指揮にあたっている。
合同調査室と命名されたそのチームは、文字通り我がグッドウィン王国とドルドゲルス帝国との協力体制による調査チームだ。帝国は当初、協力を渋っていたが、粘り強い交渉の末に幾人かの人員を送ると言う約束を取り付けることに成功した。
今日はその帝国からの人員が到着し、顔合わせをする日だ。
執務室で待っていた私の元に、使用人に案内されたドルドゲルス代表の男が入ってくる。
入ってきた男は噂に聞く、まだ年若く見える男だった。
「はじめましてレンドーン卿。私はハインリッヒ・フォン・フュルスト・フォーダーフェルトです。ハインリッヒ・フォーダーフェルト侯爵と理解していただいて構いません。どうぞよろしく」
整った顔立ちだがどこか爬虫類を思わせる笑みだ。それにわざわざ帝国式の名乗りをする。こういうタイプの男はプライドが高い。
「ああ、よろしく頼むフォーダーフェルト卿。ご存じのようだが、私はレスター・レンドーン公爵だ」
「ええ、レンドーン閣下は我が国でもご有名ですから。しかし王国の全権は、我が国と関係の深いルーノウ公爵あたりと予想していたのですが」
「私が国王陛下から全権を任されている。ご不満かな?」
「いえ、そのようなことはありませんよ。決してね」
丁寧な物腰だが、その笑みはどこかこちらを軽んじているようだ。
各国の有力貴族の情報は調べているし、当然フォーダーフェルト侯爵の情報もいくつか集めている。
しかし、この男には随分と謎が多い。
十数年前に何らかの功績によって、貴族として叙爵された新興の貴族であるということ。それ以前の経歴はまるで謎に包まれているということ。いくつかの謀略に参加し、順調にその地位を高めていったこと。そして、その年若い見た目に反して、実年齢は四十を超えているということ。
「紹介しましょう。ヴェロニカです。低い身分から取り立てた、忠義に厚い私の優秀な片腕ですよ」
フォーダーフェルト侯爵から紹介されたのは、紫色の髪の毛が特徴的な人形のような顔をした年若い女だった。それまで部屋の調度品のように突っ立って存在感を消していた女は、紹介に合わせて私に頭を下げる。
そう言えばもう一つ聞いたことがある。
フォーダーフェルト侯爵は三十人の妻を持つという。
妾を持つことは貴族として珍しくもないが、なんと三十人とは。
愛するエリーゼだけで満足している私からしたら信じられない話だ。
この男、人格的にはつかみどころはないが能力は優秀なようだ。しかし果たして本当に、目の前の人物は協力者として派遣されたのだろうか?
魑魅魍魎の跋扈する貴族社会を生き抜いてきた私の感は、警戒の音を激しく鳴らしていた。
☆☆☆☆☆
「――というわけで行軍演習を行う。演習の班は十人一組とし、三人の現役魔導機乗りの監督官がつく。なお班分けは実力と適性を鑑みてこちらで決めさせてもらう」
行軍演習。
すごく重い荷物背負ってひたすら歩くんだっけ?
前世の自衛隊特集かなんかのテレビで見たわ。
けれど今シリウス先生が言ったのは、徒歩ではなく魔導機を使っての行軍だ。
生徒たちは十人ずつの班に分かれて魔導機による行軍を行い、一晩の野宿を経て学院へと帰ってくる。
これを告げられた生徒たちの大半は当然不満顔。
それはそうよね。だってここは麗しのエンゼリア。生徒たちの大半は世の大変さを知らないお坊ちゃまお嬢ちゃま方。杖をひょいと振って、華麗に魔法を唱えるだけの学院と思って入った子も沢山いるでしょうね。私も前世でマギキンをプレイしていた時はそう思っていたわ。
けれどエンゼリアには、次世代の強靭なリーダーを育てるという理念がある。それはノブレスオブリージュ、王国風に言えばノーブルオブリゲーションの精神に基づいて、地位のある者は率先して義務を果たし、王国と国民に奉仕しなければならないというね。
社会的な地位を維持するのは大変なのだ。椅子にふんぞり返って偉ぶればそれでいいというのは致命的な勘違い。ただお茶会やダンスをたしなんで好きに生きますというのも重大な思い違い。
そしてこの行軍も単に今年から魔導機を用いるようになっただけで、去年までは“楽しいハイキング”と称した重装備の徒歩によるガチの行軍だったと言うわ。
まだ魔導機に乗って行う分だけマシと言えるわね。初めて魔導機に感謝よ。
そして肝心の班分けだけど――、
「――! 知っている子がいない!」
私の配属された班のメンバーは、よくて何度か話をしたことがあるというレベルの知らない子だらけ。先生、こういうのってある程度気心の知れた人間同士で固めるんじゃないんですか?
「レイナ様だけ別ですね……。残念です」
そう落ち込むアリシアの班は、なんと攻略対象キャラ勢ぞろい。
これはイベントが進むわね。しょせん私は悪役令嬢ということよ……。
「エイミー、私の機体って直してくれているのよね?」
「え? ええ、もちろんですわ。間に合いませんでしたけれど……」
「間に合わなかった? 修理が?」
「い、いえ修理は終わっていますわ」
なんか歯切れが悪いけれど、エイミーのことだし修理はバッチリよね。
そんなエイミーはリオと同じ班。つまり完全に私だけぼっち。
はあ、貴族の義務ですし楽しいハイキングをがんばりますか。
☆☆☆☆☆
行軍演習は班に分かれて行われるけど、その日程はいくらかずらされている。
私の所属する班はなんとその第一弾だ。緊張するわ。
「俺が監督官のコンラッドだ。それにジョナスとノーラ。俺たちコンラッド隊が諸君らをエスコートする。しかし勘違いするな、いかにお貴族様だろうと指示には従ってもらうぞ。では、よろしく頼む」
いかにもたたき上げといった強面スキンヘッドという風貌のコンラッド監督官の言葉に、私たち十人の生徒は緊張して返事を返す。ちなみにジョナス氏は細身の男性、ノーラ氏は勇ましい女性だ。
「じゃあよろしくね、皆さん」
「は、はいレンドーン様!」
同じ班のメンバーに声を掛けたけれど、私に対する返事も緊張している。
いえ、むしろコンラッド教官よりも私を恐れているのかしら?
目指す和気あいあいは前途多難ね……。
班のメンバーは、実技でも筆記でもとりわけ目立った成績ではない子たちだ。
言っちゃ悪いけれどマギキン基準で言うならモブだらけ。物語が始まる気配はないわ。
まあ、ルーノウ派閥の息がかかって露骨に敵対している子がいないのは幸運ね。
この班分けについて、シリウス先生はわざわざ私に説明してくれた。
『お前が所属する班にはお前と仲の良いやつを入れなかった。何故だかわかるか?』
『いいえ、わからないです』
『お前は優秀だからな。優秀な人間を側で見ることによって他のメンバーが伸びるのに期待しているのと、もう一つはお前の成長だな』
『私の成長……ですか?』
『ああ。いずれお前は多くの人間を率いる立場になる。これを機に学ぶと良い。部活を率いるのとはまた違う感覚だしな』
つまり成長してほしい親心みたいなところでしょうか?
でも私が望むのは、多くの人間を率いるのよりもスローライフなんですけれど。
ありがた迷惑的なやつだこれー!
私はアリシアやエイミー、リオとわいわい楽しく遠足する感じで大丈夫でした。それにSF染みたロボットに乗っているけれど、まだスローライフはあきらめてはいませんよ?
“紅蓮の公爵令嬢”レイナではなくて、“平穏に過ごす者”レイナのルートに入るフラグはどこなの?
「先頭はジョナス、俺は後衛から全体を見る。ノーラは自由に動いてフォローしてやれ。ではコンラッド班、行軍開始!」
強面の鬼教官。もはや乗り慣れつつあるSF染みたロボット。そして主要キャラの不在。思い描いたスローライフ生活とは対極に位置する楽しいハイキングこと軍人さながらの行軍訓練は、こうして始まった。
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