第73話 お嬢様は疑惑を見逃さない
「エンゼリアの中に裏切り者がいる!」
デデンッ! と、サスペンス劇場が始まるがごとくなパトリックの宣言がを聞いて、真っ先に名前が思い浮かぶのは悪役令嬢四天王のリーダーことルシア・ルーノウだ。
犯人は既に登場しているという、推理物の大原則を適用した私の素晴らしい洞察力と、ルーノウ派閥は大陸――そしてドルドゲルスとのつながりが強いと言っていたのが理由だ。
けれども証拠らしい証拠がなければ動機もわからない。マギキンの悪役であるレイナは敵国に通じてテロリズムに走るような真似はしなかったし、ゲーム知識も役に立たないわね。
証拠も無しに叩くのは愚の骨頂。訴え出たとして私の立場を悪くするだけだわ。
パトリックもルーノウ派閥を疑っている雰囲気ですし、ここはお任せして私は学園生活を楽しみましょうか。下手に首をつっこんでトラブルを増やすはデッドエンドの元。触らぬ悪役令嬢に祟りなしと言いますし……でもルシアは触らなくても祟りそうですわよね?
あれから数日。
もう講義は始まっており、今日は必修科目である魔法戦闘の実技講義だ。
「あらレンドーンさん、邪魔だからどいてくださるかしら?」
おっと、噂をすればなんとやら。クラスは変わらないはずなのになんでいるのかと一瞬疑問に思うけれど、二年になって合同授業のクラス組み合わせが変わった感じね。面倒な。
「まあ、ルーノウ様ごきげんよう。もうお身体は大丈夫ですか?」
「――! あなたに心配されなくても私は大丈夫ですわ!」
あら、軽い探りを入れた程度なのに意外な反発。
周囲の注目を集めているし、ディラン殿下もご覧になっていてよ?
「あなたの方こそ大層なご活躍でしたわね。まるで下々の衛兵の様。お手当でも出してあげればいいのかしら? ……でも、そう毎回都合よくいくとは思えませんわよ。お気をつけあそばせ」
この表情、この口調、別に褒めているわけではないのは明らか。しかし私の戦いについての発言を信じると、ルシアはパーティーには居たんだ。まるで見かけた記憶がない。
じゃあ意識を失ったのは逃げる時に?
そんなにすごい勢いで物がぶつかったり吹き飛ばされたりしたら、怪我の方が大変なはずよね。
じゃあなんで――、
「次、レイナ・レンドーン!」
「はい、すぐに! というわけで失礼いたしますわ、ご忠告ありがとうございます。オホホ」
おっと、私の番だ。こんなくだらない言い争いしている場合じゃないわ。
私は嫌味を返すつもりでそう言うと、ルシアがどんな反応をするかも見ずにその場から立ち去った。
☆☆☆☆☆
今日の課題は岩を破壊することだ。
一年生の間に鍛えた魔法をもって、強固な岩を破壊する。
そこまでの難易度はなく、すでにディランやルークは易々と岩を粉砕している。
「さあ、レンドーン。お前の番だぞ」
「はいシリウス先生!」
「お前には助けてもらったが授業は別だ。厳しくいくぞ」
「もちろんですわ」
「ま、お前には朝飯前の課題だろうがな」
緊張するからハードルを上げるのはやめてほしいです……。
まあ実際簡単なのでしょうけれど。
この世界、岩を破壊するのはどうやら紳士淑女の嗜みのようね。……皮肉ですわよ?
「それでは行きます!」
岩ひとつ壊すのにでたらめな火力はいらない。
私は硬い岩を素早く、そして的確に粉砕できる魔法を選択する。
「《魔法式ミキサー》!」
右手に込めた魔力が風の流れを生み出し、収束した《旋風》が螺旋を描く。
魔法を撃ちこまれた岩は、巻き起こる風によって綺麗に粉砕された。
「素晴らしい結果だな。あの戦いで使った魔法か?」
「はい先生。魔力の収束もだいぶ安定してきましたわ」
あの時は無我夢中で放った魔法だけど使いやすいわ。
お料理の為に開発した魔法だけど、意外と威力あるわよね……。
「すごいですレイナ様!」
「ウヒヒ、ありがとうアリシア」
お友達たちのところに戻ると、アリシアやエイミー、リオが労ってくれる。
院長先生御回診みたいに取り巻き引き連れて威張り散らすのはごめんだけれど、こうやってお友達に褒められるのは嬉しいわ。私は褒められると伸びる子です。もっと褒めて!
「次、ルーノウ!」
あら、次はルシアの番なのね。
そういえばあの子が魔法を使うところは見たことない。
お手並み拝見と行きましょうか。オーホッホッホッ!
……いえ、このモノローグだと私の方が悪役っぽいわね。
呼ばれたルシアの右手には、豪奢な装飾が施された長柄のロッドが握られている。
「いきますわ。《光の加護》よ!」
あれは光属性の強化魔法!
あれで自分自身――もしくはその手に持つ武器を強化したんだわ。
エンゼリアの実技では、魔法に必要な道具は持ち込み可能だ。
例えばディランの《雷霆剣》なんかは、剣に魔法をのせて発動するタイプだ。
さあどうでるの?
次の魔法を使う?
それとも高速で接近して一撃?
「えいっ! えいっ!」
――ええ!?
私の予想に反してルシアは、トコトコと普通に歩いて岩へと近づくと、ロッドを使って力まかせに岩を何度もたたき始めた。
その威力もお粗末なものだ。同系統の魔法を操るパトリックならたぶん一撃で破壊できたであろう岩石を、何度も何度も叩いてやっと破壊した。
「ルーノウ、実戦だと接近する前にやられるぞ」
「……お言葉ですが先生、実戦なんて野蛮なマネはしませんから大丈夫です」
「お前なあ……」
シリウス先生の忠告にもまったく耳をかさないで、ルシアは取り巻き達のところへと足早で戻った。
とても褒められた結果ではないと思うけれど、出迎えた取り巻き達は「さすがですわルシア様!」と絶賛の嵐だ。
「ね、ねえ、ルシアってもしかして……?」
私は隣にいる貴族事情に詳しいエイミーの方へ疑問を投げかける。
エイミーは一つ頷いて私の疑問に答えてくれた。
「ルシア・ルーノウは実技の成績が著しく低いです」
「やっぱり……。ん? でもあの子って推薦入学生じゃなかった?」
顔を会わせることはほとんどないけれど、ルシアは私と同じ個室寮に入寮している。つまり彼女は推薦入学生のはずだ。
エンゼリアの推薦入学生は、年間十人にも満たない狭き門。素晴らしい魔法の才能を示すか、それに匹敵する才能――例えばライナスの芸術のような――を見せなければ選ばれることはないわ。
「表向きは芸術的な才能による推薦ということらしいですが、入選したのはルーノウ家の息のかかった賞だけだという噂が。それに美術部に所属されているわけでもありませんわ」
あー、なるほどね。
もしかしなくてもルシアは不正入学しているわねこれ。
悪役令嬢Bこと、ぶりっ子のブリジットが普通に魔法を使えていたから失念していたわ。
おとぼけ女神曰く、あの悪役令嬢四天王はレイナが良い子になったことにより運命の収束で悪役になった人たち。
つまりマギキン原作でのレイナのように、魔法が苦手な人物がいてもおかしくはない。思い出してみればルシアと図書館で出会った時、それは初心者向けの魔法について書かれた本のコーナーだった。
確定ね。ルシアには推薦入学に相応しいほどの魔法の才能はない。つまりマギキンでのレイナと同じく不正入学だ。
「でもあの子、筆記の方は結構できるのよね? なんでかしら?」
「プライド高そうだし、お嬢と同じあの寮じゃないと嫌だったんじゃないか?」
そう答えたのはリオだ。
なるほど。対立している貴族である私より格下に扱われるのが嫌だったというのは十分な理由ね。事あるごとに突っかかってくるし、明確に私に対抗意識を燃やしているわ。
まず間違いなく、ルシアは不正入学をしているでしょう。
とはいえ、襲撃についての物理的な証拠を握っているわけではない。
それにこの不正入学とドルドゲルスとの内通が繋がるというわけではないわ。
ここはもう少し様子を見る必要がありそうですわね……。
まあ、来るなら来なさい悪役令嬢四天王。バッドエンドを迎えるのは私ではなくてあなた達よ。オーホッホッホッ! ……いえ、やっぱり私の方が悪役っぽいですわよね?
読んでいただきありがとうございます!




