第71話 私の努力はあの方の為に
今回はエイミー視点です。
「やはり、パーツが悲鳴を上げていますわね」
卒業パーティー襲撃事件があった翌日。私――エイミー・キャニングは、レイナ様用にカスタムされたKK105T〈トレーニングイーグル〉の破損状況を確認していた。
多数の魔導機と交戦し、さらには謎の漆黒の新型機とも矛を交えている。当然外装の負担は激しい。だがそれ以上に目を引くのは、内部メカニックの損傷だ。
この機体は高出力の魔導コアに合わせてフレームや可動部の強化を行っている。しかし、それでもここまで損傷しているのだ。レイナ様の本気は想定以上でしたわ。だとすれば、私がやるべきことはひとつか――。
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「で、わざわざうちの本領まで来て何の用なんだ、キャニング?」
夏休みに入ってすぐに約束を取りつけ、やって来たのは魔法の大家トラウト公爵家の本領だ。
「ではルーク様、単刀直入に申します。トラウト家の魔法の秘伝、その全てを教えて頂けませんか?」
「はあ!? 自分が何言っているのかわかってんのか? お前はトラウト家が代々受け継いできた門外不出の秘伝を教えろと言ってんのか!?」
「ええ、そう言いましたよ。教えてくださいな」
ルーク様はジロリと私を睨みつける。冗談めいてレイナ様に向けるそれと違って、凍てつくような瞳だ。絶対零度の”氷の貴公子”の異名は伊達じゃない。でもまあ、そうなりますわよね。
私の言っていることは、魔導の道を研鑽してきた一族に対して最も無礼な物言い。即時首をはねられてもおかしくはありませんわ。
「……目的はなんだ?」
その瞳に映るのは疑問。私が単なる知識の簒奪者では無いというあたりをつけた質問。
「私が望むのはレイナ様専用の魔導機を造る事です」
「レイナの……専用機?」
「ええ、もはや通常のカスタム機ではレイナ様についていけません」
レイナ様の増していく力。魔導機の損耗。私はルーク様に丁寧に説明した。
「俺は魔導機のことはいまいちわからんが、あいつの力が尋常ではないのは紛れもない事実だ。だが、何故そんなに開発を急ぐ?」
「――ドルドゲルス。ルーク様もお感じでしょう、かの国の脅威を」
昨年の式典襲撃、そして今回の仮面の集団によるエンゼリア襲撃事件。使われたのはどちらもドルドゲルス製の魔導機でした。そのことで我が国は正式に抗議をしたのですけど、ドルドゲルスは流出機体との一点張り。当然のように製造ナンバーも削られていましたわ。
そして卒業パーティーにはかの国からの来賓も出席しており、グッドウィン王国側のずさんな警備で危険が及んだので賠償せよとの回答。ゆえに表向きは、国内の反動分子による犯行ということになっていますの。
しかし敵地浸透用の特殊装備をした〈シュトルム〉や例の漆黒の機体を見る限り、背後にドルドゲルスがいることは間違いありません。一刻も早く我が国の魔導機技術を進めなければ。
が、魔導とは本来秘匿されるもの。それは派閥争いではなく、伝統という名の壁。伝統ある魔法使いの家系それぞれに、秘伝の極意が存在する。しかしそれらを用いなければ、この世界最強の魔導機――レイナ様専用機の完成はない。
「……理屈はわかった、当主――父上との交渉は俺がしてやる。秘伝の全部を明かすのはさすがに無理だろうが、先代や父上はレイナに甘いから必ず協力してくれるだろう」
「――! ありがとうございます!」
「まあな。だが予算はどうするつもりだ? 夏休みの課題にしては高くつくぜ?」
「それならご安心を。この国の予算を握っている方は誰かご存じで?」
私はそう言って、二枚の書類をルーク様に見せてさし上げる。
「これは……!」
「レンドーン公爵のサインの入った予算の承認書と、アデル侯爵のサインの入った実験のデータを提供する代わりに必要な演習場や資材をそろえるという契約書です」
これで準備は整いました。立場的にそうなのですけれど、レイナ様って人脈強いですわよね。本来なら通りようのない計画が、レイナ様のお名前出せばあら不思議。有力者が何人も協力を申し出てくれて、しまいには王族の方も。
「ほう、用意がいいもんだな。さて、父上と交渉するか」
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ルーク様とトラウト公爵の交渉は順調に終わった。私の提案に公爵閣下は理解を示された。そして何より事前にルーク様が言っていたように、トラウト公爵はレイナ様の才能と人格を大層気に入っているようでした。ルーク様は気がついていないようですけれど、言葉の端々には”息子の嫁に欲しい”という気持ちが溢れていました。
「さて、俺が手助けできるのはここまでだ。後はがんばりな」
「ありがとうございますルーク様、夏休みの間お世話になりますね」
「……お世話に? まさかお前夏休みの間この屋敷にいるつもりか!?」
「公爵閣下には滞在の許可をいただきましたわ」
「そういう問題じゃねえ!」
「私だってレイナ様と遊びたいですわ。ですけどここで作業と研究を行う方が効率良いので。さすがは魔法の大家ですわね」
「お前なあ……」
エンゼリアでの襲撃事件を受けて、王国貴族には夏の長期バカンスを自粛するよう通達が出ている。私は元からバカンスに行く予定はなかったが、トラウト公爵の長期不在がないというのは好都合だ。聞きたいときに聞くチャンスを逃すということがない。そしてトラウト家の先代は、あの老マッドンと並ぶ生ける伝説でもある。
「なあキャニング、お前がそこまで一生懸命なのはなんでなんだ? 単なる知識欲じゃないんだろ?」
「理由は単純、レイナ様が好きだからですわ」
もちろん魔導機も好きだ。私の行動基準が魔導機であるのは間違いない。だがそれと同じくらいレイナ様が大事だ。
私の予想通りなら、おそらくあのお方は激しい戦いに身を投じていくこととなる。好きなモノは好きと言って良いと私を肯定してくれて救ってくれた、高貴なるあのお方に相応しい鎧と剣を。それが今の私の原動力だ。
「……驚きましたか?」
「いいや。あいつを好きな気持ちはその……、わかる」
「いえ、それを私に言われましても……」
「うるせえな、俺もわかんねえんだよ。まあ頑張りな、助けが必要なら暇なときは手を貸してやらあ」
ルーク様は後ろを向きながら、そう言って立ち去って行った。
一部の――いや多くのエンゼリアの女子生徒は、人気のルーク様に近しい今の私の状況を羨むかもしれない。だけど私が興味あるのは魔導機。人間ならレイナ様で、その次がリオ。そして三番目にルーク様を含むその他知り合いの方々だ。だからルーク様の近くにいるからどうとかいう感情は、私には微塵もない。
「さてと、レイナ様の為にがんばりますか」
最強の魔導機を造り上げる。私がやろうとしていることは困難なのかもしれない。けれど大切なあの人の為にも私は成し遂げると心に決めている。”紅蓮の公爵令嬢”に相応しき魔導機を。
あのお方が戦場で舞うための優雅なドレスを造る。あのお方を阻む敵を討つための剣を造る。
やるべき事とやりたい事は一致している。偉大な使命に突き動かされる私を止めることなどできませんわ! あ、興奮しすぎて鼻血がア……!?
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☆北部貴族
王国北部に領土を持つ貴族。痩せた土地や厳しい土地が多く作物に期待ができない為、伝統的に魔法や策謀に傾倒する家系が多い。中心貴族は魔法の大家であるトラウト公爵家。他にはオスーナ侯爵家、シモンズ騎士爵家もここの貴族。
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