第61話 私が知るあなたの心
「――であるからして、ここの値は……」
まさか生まれ変わっても数学の授業があるとは、記憶が戻ったばかりのころは思いもよらなかったわ。
そしてエンゼリアにも、数学や歴史といった魔法には関係のない講義は当然存在する。
前世の私はお勉強――特に理数系の科目はそこまで得意じゃなかったけれど、今世の私は幼き日より公爵家の人間として恥ずかしくないようにみっちり鍛えられている。クラリスの教えは実にスパルタだ。
ま、そのおかげで冬休み前のテストのように、なんとか好成績を維持できているんだけど。
「ではこの問題を……ルーノウ君、前で答えなさい」
「はい先生」
初老の教師にあてられて、ルシア・ルーノウが前へと出ていく。
確かあの子も結構勉強できるらしい。筆記試験の成績は私よりも良かったとエイミーが教えてくれた。
「――っ!?」
すらすらと回答を書いていたルシアだけれど、途中で詰まってしまったようだ。
「難しかったようだね、席に戻りなさい」
教師に促されたルシアは一瞬抗議の目線を送っていたけれど、回答は思い浮かばなかったのか悔しそうに着席した。
「さてと、それではこの問題を――」
教師が次のターゲットを探して教室内をぐるりと見渡す。
わー、当たらないで!
私を当てないで!
アリシアとエイミーはわかっている感じだから、彼女たちに当ててちょうだい!
なお、リオは全く分かっていない顔だ。
「レンドーン君、前で答えなさい」
「はい……」
なんということだ、なんということだ……。
「がんばってください」と笑顔で送り出してくれるアリシアとエイミーの笑顔が心にしみる。
「さてと……」
なんと複雑怪奇な文字の羅列……。
いえ待って、これってよく見ると……昨日クラリスとやったところだ!
ありがとうクラリス。やっぱり大事なのは予習復習よね。
「できました!」
「ふむ、ふむふむ。……正解!」
やったね!
喜んでいたら強烈な視線を感じて振り返る。
見ればルシアが凄まじい目つきで私を睨んでいた。怖い。猛犬注意って貼っておいてよ……。
☆☆☆☆☆
「ねえ、さっきの私って嫌味だったかしら?」
「嫌味ですか?」
「私わからなーい」みたいな態度でいざ当てられたら答えられるなんて、クイズ番組で一番視聴者に嫌われるムーブだ。こういう積み重ねが私を悪役令嬢の運命に絡めとり、デッドエンドへと誘うのかもしれない。
「そんなことはないかと。レイナ様は普通に正解しただけだと思いますわ」
「そうかしら? ありがとうエイミー」
「心配しすぎだろ。恨みがある奴は相手がどんなに善行をしようがマイナスにとらえてくるもんさ。ちなみに私はあの問題全くわからなかった」
「ありがとうリオ。……進級できるようにテストは頑張ってね?」
少しネガティブに捉えすぎかしら?
月下の舞踏会で嫌な視線を感じて以降、少し神経質になっている気がするわ。
「大丈夫ですよレイナ様、レイナ様から私にそうしていただいた様に、私もレイナ様を一人にはさせませんから」
「……! そうね、ありがとうアリシア!」
アリシアが私に全幅の信頼を置いてくれているのは伝わってくるわ。
つまりマギキン破滅の予言は成就しない……はず!
そしてこんなに素敵なお友達がいるならどんな敵も怖くありませんわ。オーホッホッホッ!
☆☆☆☆☆
「はあ……」
と強がってみたは良いものの、私の敵はどこにいるのか?
果たしてそんなもの本当にいるのか?
大いなる疑念の渦に囚われた私は、自室には帰らずに部室にいる。
部室。そう部室だ。お料理研究会は正式に認可されたエンゼリア王立魔法学院の活動だから、小さいながらもちゃんと部室が存在する。
残念ながら調理設備は存在しない為、もっぱら私が一人で暇になった時のプライベートスペースと化しているわ。お菓子を食べたり、仮眠したり、この間図書館で借りた本を読んだりだ。
「どうしたんだ? 溜息なんかついて」
「うわっ!? ルーク、いつからいたの?」
「結構前からいたぞ?」
じゃあなんで話しかけないのよと口から出かかったけれど、もしかしたらルークなりに物憂げな顔でいた私を心配してくれたのかもしれない。
「また腹でも壊したのかと思ってな。食い過ぎは良くないといきなり言うのもなあ……」
心配はしてくれたみたいだけど、思いっきり的外れだし私相手じゃなかったら頬をはたかれてしかるべきですわよ?
「悩み事です! な、や、み、ご、と!」
「へえ……、お前も悩んだりするんだなあ」
「しますわよ!?」
例えば誰かのキャラがマギキンと著しく違ったり、例えば誰かから突然勝負を挑まれたり、例えば誰かから思い悩んでいるところを食べ過ぎと言われたりね!
「あはは、悪い悪い」
「もう! 本当に悪いと思っていますの!? このアホルーク!」
「ストレートに罵倒だな……」
いくら顔が良いからって、そう何度も笑いでごまかされないわよ!
女性に優しくって自分で宣言していたじゃありませんか。
私の抗議の目線を受けてか、ルークは少し考えたような顔をして口を開いた。
「お前みたいに天に愛されたような才能を持って、生まれも良くて、その上みんなに好かれている奴でも悩みがあるんだなってな」
「もしその言葉が私の事を表すのなら、あなたにそっくりお返ししますわルーク」
「俺も他人から見たらそうなのかもな。でもな、恥ずかしいが俺はお前に嫉妬するんだぜ」
ルークの言葉には、いつになく真面目な雰囲気が漂っている。
嫉妬?
ルークがこの私に……?
「俺だって天才だと言われるが、お前の才能はまた一段違う。魔法を極めんとする者として、やっぱり抱く感情は嫉妬になっちまうんだよ」
「……ルーク、私あなたがそんな風に考えているなんて――」
――知らなかった。
――思いもよらなかった。
――考えもつかなかった。
思い浮かぶのはルークの事を考えていなかった私の過ちばかりだ。
マギキンでのルークは、その魔法の才能に並び立つものはいないキャラだった。
アリシアの才能はすごいが知識や技術はルークが勝っており、万能の天才ディランにも魔法に関してはルークが二歩はリードしていた。
およそ嫉妬とは無縁のキャラだったと思う。
けれど私の存在がルークにとってのイレギュラーとなった。
――私がいたからルーク・トラウトというキャラは歪んだ……?
「私は今の今まで、あなたが子どもっぽい喧嘩を売ってきたのだと思っていたわ……」
「まあ事実そうだな。なんだ、気にしてんのか?」
「気にするわよ! 嫉妬なんて言われたら」
「ははは、悪い悪い。言い方が悪かったな。嫉妬しているってことは努力してお前にいつか勝つってことだ。まあ良いライバルでいてくれ」
「けれど、私の力は――」
私の魔法の才能はあの女神に貰ったものだ。たぶん常人には到達できない力なんだろう。
不本意ながらチートしていることを再認識し、少し胸が痛んで言葉につまる。
「おいおい、何も来年再来年の話じゃねえぞ。俺が爺さんになってお前が婆さんになっても、最後に俺が勝てばそれで俺の勝ちなのさ!」
そうか。私は無意識にマギキンのエンディング=再来年の事を考えていた。
けれどルークは違う。
この世界に生きるルークは、エンディングの向こう側の事を考えている。
何年かかっても、例え相手が神の神秘だろうと打ち破る野望を抱いている。
「魔法でも料理でも最後に俺が勝ーつ! 弟子は師匠を超えるもんだぜ? だからそれまでよろしくな!」
「……はい、よろしくね! でも師匠はやめて」
「おう! だからそう落ち込むなよ」
「あーあ、ルークの遠大な野望を聞いていたら悩みなんてどうでもよくなりましたわ。ウヒヒ」
「ははは、なら良かったぜ」
夕暮れに染まる部室で、私たちは心の底から笑いあった。
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