第54話 襲来!悪役令嬢四天王
「――以上の様に、デコイを用いた欺瞞戦術は――」
とっくに冬休みは過ぎ去り季節はそろそろ春。窓際に座っているとポカポカな春の陽気に誘われ睡魔が襲ってくる。鯉を餅でキーマカレー? 何のことやら。
「――実際に各属性の魔法で言うと――」
講義を行っているシリウス先生の声は良いお声だ。
マギキンで演じられた前世の声優さんと同じお声だから当然よね。
なにこの極楽。生音声聞きながら寝られるなんて。ウヒヒ。
「――火属性なら《陽炎》、水属性なら《幻影霧》といった具合に……レンドーン!」
「――ひゃっ、ひゃい!?」
「さて、実戦の経験もあるお前ならどう選択する?」
シリウス先生のこの目はお怒りだ。正直何も聞いていなかったけれど、端々に聞こえた単語から答えを探し出す。何か答えないと……。
「私的には、キーマカレーにお餅は合いませんかと……」
――沈黙。
教室が笑いに包まれるということもなく沈黙。
こういう時はいっそ笑われた方が楽よね。後でネタにできるだけ。
あっ、目線の端でルークだけが笑いをこらえているわ。
他の生徒たちは気まずそうに眼を逸らしている。
「レンドーン、どうやらお前の耳には俺の声が子守唄に聞こえていたらしいな」
はいその通りです。皮肉で言ってらっしゃるんでしょうけれど、私には先生のイケボが子守唄に聞こえていました。公式供給でした。
「お料理研究会もいいが講義には集中してもらうぞ。後でペナルティだ」
☆☆☆☆☆
「で、ペナルティがこれってわけね……」
というわけで、ペナルティとして言い渡された使われていない講義室の掃除をしている。
長い歴史を誇るエンゼリア王立魔法学院には、久しく使われていない教室や、開かずの間と化している教室が多数存在する。そんな教室の一つを今度から使うからということで掃除しているわけだ。
「レイナ様、私たちもお手伝いしますので頑張りましょう!」
「さっさと終わらせて寮に帰ろうぜ、お嬢」
テキパキと手を動かしながら声を掛けてくるのは、手伝ってくれているエイミーとリオだ。
アリシアも手伝いを申し出てくれたのだけれど、残念ながら講義とかぶり不在だ。
「ありがとうねエイミー、リオ」
ほとんどの生徒が貴族の子弟であるエンゼリアにおいて、使用人の仕事である掃除をさせるというのは結構厳しい罰の扱いだ。
実際命じられたら拒否する者がいるほどの屈辱的な罰と言うわ。
けれども私たちはみんな、そういった貴族的感性と無縁な人間だ。特に屈辱というわけでもない。
「でも、さすがに数が多いわね……」
この教室は大勢の生徒が入る階段教室。三人で掃除するにはちょっと広すぎる。
こういう時ルークの繊細な魔法操作が羨ましいわね。私だと教室事吹き飛ばしちゃうし。
――その時、教室の扉がバタンと開け放たれた。
「あっらー、埃にまみれてどなたかと思えばレンドーン様じゃなーい」
黒髪の令嬢を先頭に入ってきたのは四人のご令嬢。
そのうち後ろの三人は、名前を知らないけれど見覚えがあるわ。
一人目はアリシアに指導と言う名のイジメをしていた、背の高い赤い髪の令嬢。
二人目はアリシアに酷い罵倒をぶつけていた、ピンク髪ツインテのぶりっ子。
三人目はアリシアを虐めているのかと思ったら逃げ出した、目のクマが目立つ緑髪の人だ。
先頭にいる黒髪の令嬢だけはわからないけれど、他のメンバーからするとどうも私の事を良く思わない方たちみたいですわね。
「ごきげんようレンドーン様。汚らしい格好で、使用人かと思いましたわ」
リーダーらしき令嬢が煽るのに合わせて、後ろの三人もクスクスと笑う。
うーわっ! 性格のキツさが現れているつり目に、艶っつやの黒髪ロング。そしてあふれ出る傲慢な感じ。おまけに取り巻きまでつけて、この人めちゃくちゃ悪役令嬢っぽいじゃない!?
というか誰ですっけ?
本当に誰かわからない。
「ごきげんよう。えーっと、どちらさまでしたか? 私と以前お会いになられました?」
わからない時は素直に聞くのが一番。
そんな私の返答がよほど不満なのか、リーダーらしき黒髪令嬢はみるみる顔を赤くしていった。
「ルーノウですわ! ルシア・ルーノウ!」
なるほど、ルシア・ルーノウさんね……いや、誰だこの人?
私も幼いころから結構パーティーに出席しているけれど存じ上げないわ。
もちろんマギキン知識の中にも存在しない。
「ねえ、エイミー。この方知っている?」
「ええ、まあ。たぶんレイナ様もお会いしたことがあるかと……」
魔導機関係で暴走する以外は完璧令嬢のエイミーが言うのなら間違いないわね。
でもピンときていない私の雰囲気を察してか、名前がわからない黒髪ロング令嬢の顔はますます赤く染まっていく。
「栄光あるルーノウ公爵家をご存じないとは無知にも程がありますわ! 無礼でしてよ!」
「ごめんなさいルーノウ様。でも私どうしても思い出せなくて……」
「――っ! 西にレンドーンあれば東にルーノウありとのお言葉を聞いたことなくて!? だいたい何度もパーティーで顔を会わせています! 本当に信じられない!」
ルーノウ公爵家。そう言えばお父様から対立する派閥の名前として聞いたような……。
確か東部貴族の大領主でしたっけ?
言われてみればちょくちょく突っかかってきた子がいたような?
でもマギキンキャラ以外への興味は薄いし、パーティーではお料理に集中していますし……。
「まあ、いいですわ。ですがレンドーン様――いや、レイナ・レンドーン。あなたの暴虐三昧もこれまでです。そしてレンドーン家没落の始まりですわ!」
はて、暴虐三昧?
まったく心当たりはないのだけれど、まさか死の運命への収束でデッドエンドがもう来ちゃった!?
「さあ皆さん、言っておやりなさい!」
「はいルシア様。私はレンドーンに下賤な者という酷い言葉で罵倒をされました」
そう言ったのは最初にアリシアを取り囲んでいた長身の赤髪令嬢だ。
いや、最初に下賤な者と言ったのはあなたでしたわよね?
「まあ、あまりにも傲慢な物言いですわね。可哀そうなアレクサンドラさん。次は?」
「ルシアちゃん、私は魔法で攻撃されたわぁ~」
間延びした声で話すぶりっ子は、アリシアのサンドイッチを馬鹿にしていた令嬢だ。
それもあなたの方が先に魔法を放ちましたわよね?
「怖かったでしょうブリジットさん。なんて凶暴な女なのかしら。他の方は?」
「私は脅されました。従わないのならお前の友人を攻撃すると!」
「レンドーン、なんて卑劣な! キャロルさん、私がついていますわ」
緑髪! あんたにいたっては走り去るところをすれ違っただけじゃない!?
脅したどころか話してすらないわ。
うーん。事実無根と言える事ばかり。心配して損しましたわ。
「どうですレイナ・レンドーン? ここに悪行を並べられた気分は!」
「どうですも何も正当防衛、もしくは虚偽の証言かと」
これらを元に訴え出られても、私がピンチに陥る可能性は低いでしょうね。
でも事実無根でも信じる人は中にはいる。少し厄介だ。
「私のお友達が嘘をついていると? まあいいでしょう。けれど私は、言い逃れできぬあなたの悪事を握っていましてよ?」
悪事? まあ今までの流れから言って事実無根の何かかしら?
講義を聞いていなかったという悪事で現在罰掃除をしていますけど。
「あなたは伝統ある月下の舞踏会に、参加資格のない者を連れ込んだでしょう! 権力乱用も甚だしいわ! 伝統を汚す行為を恥じなさい!」
じ、事実だっー!!!
厄介な人にバレていたわね……。これは権力乱用と言われても仕方ないわ。
でも王子であるディランは元から知っているし、ダメージはない……かな?
「後ろにいるお二方も、この暴虐なるレンドーンに従う必要なんかありませんことよ?」
「私たちは好きでレイナ様とご一緒しているのです!」
「そうだ! それにお嬢は暴虐というより暴食だよ!」
エイミー、リオ、ありがとう! やっぱり持つべきものは友達よね。
でもリオ、私はそんなに食べないわよ。
「あら、レンドーンに味方していいんですのミドルトンさん。お家の立場を悪くしますわよ?」
……お家の立場を悪く?
――そうか!
リオの実家は東部に所領を持つ東部貴族。
もしかしたらだけど、この傲慢なルーノウ家の派閥の傘下なのかしら!?
「それにお父様のご正妻はドルドゲルス貴族の出。親ドルドゲルス派の我がルーノウ派以外に居場所はないのではなくて?」
まずいわ。リオがこのルシアとかいう人に味方をするのなら激ショックだ。
ああ、複雑怪奇な貴族事情が私を苦しめる……!
「え? いや、私がなんでお前の方につくって話になっているんだ?」
「え? いやだから派閥が――」
「派閥なんて私は知らん、それはお父様の問題だろう。それにお父様は最近、正妻殿と仲が悪いみたいだしね」
「――ッ! ミドルトンさん、後悔しますわよ!」
「ここで友達を裏切る方が絶対後悔する。それに私は大半の貴族をクソだと思っている」
リオ、今のあなたは主演女優よ!
見てみなさいあのルシアとかいう人の顔。自分の思い通りにいかなくてご令嬢がしてはいけない顔になっているわよ。無様ですこと。オーッホッホッホ!
その時、教室のドアが再び開け放たれて数人の人物が入ってきた。
「レイナが罰掃除をしていると聞いたのですが、何やらお取込み中でしょうか?」
声を掛けてきたのはディランだ。
そして横にはルーク、パトリック、ライナス。
あら、攻略対象御一行様じゃない。
「――ッ! 何でもありませんわ。では私たちは失礼します。……レンドーン、憶えておきなさいよ」
そう捨て台詞を残して去っていくルシアら悪役令嬢御一行様。
捨て台詞まで悪役令嬢っぽいわね。本家本元の私もびっくりだわ。
「レイナ、何かあったんですか?」
「いいえディラン殿下。特に心配はありませんわ」
解決したとは思えないけれど、無駄にみんなを巻き込みたくないわね……。
「ところで皆様はどうしてこちらに?」
「レイナの掃除を手伝いに来たんですよ」
「オレ達も手伝えば早く終わるだろう?」
あら紳士。
何、今日はリオといい周りの人がカッコよく見えちゃう日?
「さあ、僕は体力があるから重い物を運ぶよ。女性に重い物は持たせられない主義でね」
「俺の繊細な魔法操作にかかれば掃除なんてすぐに終わるぜ」
うん。ツッコミたいことはあるけれど、ここは素直に好意を受け取っておきましょう。
心配事は増えたけれど、まずはお掃除ね!
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