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紅蓮の公爵令嬢  作者: 青木のう
第2章 Heroine~入学~
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第51話 お嬢様は冬休みを堪能したい

 月下の舞踏会は終わった。

 私が得たものと言えば、私を狙う何者か達の存在と迫る死の可能性。それにエイミーから(たまわ)った、生まれながらの魔導機乗りというありがたくない称号くらいだ。


 ロマンチックな恋の伝説はどこに……?


 そして年明け。私は残り数日となった冬休みに想いを馳せていた。


 もちろん宿題はすでに終わらせてあるわ。クラリスという監督官が宿題もせずに遊びまわることを決して許さないからだ。この冬休み、監督官兼家庭教師役のクラリスにみっちり勉強させられた。


 クラリスはさすが大物貴族レンドーン家の侍女(じじょ)として仕えるだけあって、勉強もわりとまんべんなく教えられるのよね。教え方も上手いし。


「ねえ、クラリス。私冬休みだというのに冬休みらしいことを何もしてないわ」

「……参考までに聞きますが、お嬢様の言う冬休みらしいこと、とは?」


 クリスマスパーティーは何故かあった。まあ元の日本製のゲームに近い異世界ということね。

 お父様とお母様は私が焼いたケーキを感涙しながら食べていたし、ご丁寧にジンジャーブレットマンの文化まであった。


 除夜の鐘は……なかった。

 お雑煮(ぞうに)、おせち、そのほか諸々お正月もない。

 お雑煮のお餅もおせちの数の子も恋しいけれど、ないものねだりをしてもしょうがないわ。


 となると――、


「――雪合戦とか?」

「雪なら積もっていますし、私がお相手しましょうか? それともこの年になって雪合戦の為に他家の貴族の方をお呼びしますか? お呼びしたら来られそうなのが怖いですけど」


 雪合戦かあ。小さなころはみんなと一緒によく一緒にしたなあ。

 パトリックが肉体強化を使って、それに対抗したルークが魔法を使って。何故か最後はディランが巻き込まれるのがいつものパターンだった。


「いえ、寒そうだからやっぱりやめますわ」

「……そうですか。いえ、いいのですが」


 子どもは風の子ってよく言うけれど、もう立派な淑女の私はべちゃべちゃになってまで雪合戦に興じる気持ちはないわね。

 

 勢いで雪合戦って言っちゃったけれども、寒いのは苦手だわ。


 他に何かないかしら?

 思えば前世ではろくに年末年始のお休みもないブラックだったから、こんなに暇で悩むのって贅沢よね。


 前世の記憶が戻って早六年。このありがたさを忘れていたわ……。


「でも暇なのは暇なのよクラリス。何か考えてちょうだい」

「はあ……、せっかくですので読書やご勉学に励まれては? 他の貴族の方々も他家や領民への年始の挨拶(あいさつ)回りでお忙しいでしょうし」

「そうですわよね……」


 私はというと、もう新年の挨拶回りは済ませた。

 というよりも挨拶に来られる側の家なので、年が明けてからはレオナルド叔父様を筆頭に一族の方々が入れ代わり立ち代わり挨拶に訪れていた。


 それにマギキンでは描写がなかったからどうだったか知らないけれど、私は領民の方々にも人気だ。

 みんな顔を会わせると笑顔で挨拶をしてくれる。お料理の為に新鮮な食材を譲ってもらったりもするわ。


 でもそうか。貴族は忙しいのか。……ということは?


「決めたわクラリス。パンよ。パンを食べに行くわ!」

「……もしかしてアップトン様のご自宅に遊びに行きたい、と仰りたいので?」

「その通りよクラリス。……その意外そうな顔は?」

「私はてっきり、もっと突飛なお考えを披露されるものかと……」


 先日のディラン達といい、お淑やかで知的キャラな私を何か勘違いしていらっしゃるのかしら?

 巻き込まれ体質なだけでそんなにトラブルを起こしてはいない……はずよ。


「まあいいわ。というわけで明日はアリシアのお家に行きます。手配をお願い」

「かしこまりました、お嬢様」



 ☆☆☆☆☆



 その日の夕食の時間。

 堅苦しいお貴族生活の中で私が一番楽しみな時間だ。

 今日の料理もやっぱり美味しい。ご飯が美味しいとみんな幸せよ。


 私はレンドーン家料理人ご自慢のローストビーフに舌鼓(したづつみ)を打ちながら、両親に明日はアリシアのお家を訪問することを伝えていた。


「それは素晴らしいことだね。ところでその友人の家はどこの領なんだい?」


 そう言えばアリシアは平民だから、その土地を預かる貴族の領主は別にいるのよね。

 私の頭はすっかり貴族社会に染まってしまったのか、友人が住んでいるところイコールその家の領地ってナチュラルに認識していたわ。


 確か月下の舞踏会の前にクラリスに行ってもらったのは……、


「南部のバットリー子爵様の領ですわ」

「へえ、バットリー子爵のところか。なるほど……」

「あの、お父様? 何かまずい事でもありましたか?」


 私がバットリー子爵の名前を出した途端、お父様は何やら考えておられる。

 私が知らないだけでもしかして対立する派閥の貴族だったりするのだろうか?

 南部貴族の知り合いって少ないから、いまいち勝手がわからないわ。


 嗚呼、ややこしきかな貴族社会。

 この複雑怪奇さにはいまだに慣れませんわ。


「いいや、何も心配することはないよ」

「良かったですわ。私、アリシアの焼くパンを楽しみにしていますの。お父様にもお土産で買ってきますわね」

「それは楽しみだね。ところでレイナ、バットリー子爵領に行くのなら悪いんだけど()()()()を頼まれてくれるかい?」

()()()()……、ですか?」


 あら、何か仕事が増えちゃったわ。

 責任ある立場の人間はいつ何時(なんとき)も自由にはなれないのかしらね?


「なに、心配するような内容じゃないさ。行きがけにバットリー子爵に手紙を渡してほしいんだ。たったそれだけだよ。長居をする必要は無いからね」

「わかりました。レイナにお任せください!」


 なーんだ、お手紙を渡すだけかー。

 それならいつもお忙しそうなお父様を手助けできるし、断る理由はないわ。


「ああ、頼んだよレイナ。クラリス、レイナは私の正式な代理という事で馬車に紋章を掲げる準備をするようにね」

「かしこまりました、旦那様」


 お父様の言葉に、側に控えていたクラリスが答える。

 レンドーン家の紋章は、深紅に鷹をあしらった文様が中心の目立つデザインだ。

 ちなみに月下の舞踏会で私の着たドレスの色は、これと私の瞳の色にちなんだものだ。


「まあ、大役みたいですわね。緊張してしまいますわ」

「ははは、レイナは緊張する必要は無いさ。南部のあそこら辺は中小貴族がひしめき合っているからね。さて、上手くいくといいけど」


 あら、お父様が政治家の顔をされてらっしゃる。

 私はただアリシアの焼いたパンを食べたいだけなのに、王国の政治シーンが動いてしまいそうな予感がしますわ……。


 私は手紙を渡すだけ。私は手紙を渡すだけ。私は手紙を渡すだけ。

 ようし、何か大変な運び屋になってしまうという疑念は消えたわ。


「私はお父様のこういうところが好きで結婚したのよ」


 今までニコニコと会話を見守っていたお母様が口を開く。

 そうだったのですか。決してお父様が尻に敷かれているというわけではないのですね。


 しかしお母様、レンドーン家は温厚篤実のはずですよね?

 政治家にとって策謀は誠実の範囲内ということでしょうか。没落エンド迎えません?


「明日は楽しんでおいでレイナ。気をつけるんだよ」

「レイナさん、お友達と仲良くね」

「はい、お父様お母様。美味しいパンのお土産を楽しみにしていてくださいね」


読んでいただきありがとうございます!

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